柳 | ナノ
「もうすぐ幸村部長の誕生日っスね」

赤也の口から零れたその言葉に、柳は思わず黙り込む。
どんな反応を返せばいいのか分からなかった。
拍子抜けしたのだ。
このどちらかと言えばいい加減な後輩が、部活を引退ししばらくは関わりもなくなっていた自分の教室へわざわざ訪れたのだから、何か大それたことでも起きたのではないかと心配するのは当然の理で、なのに彼の口から紡ぎ出された言葉は幸村の誕生日の提示という意外なものだったからだ。
だいたい赤也が他人の誕生日をその日の一週間も前から把握していたことにも驚いた。
勿論柳は幸村の誕生日のことはひと月も前から念頭において生活していて、今日はプレゼントを買いに行こうだなどと予定を立ててもいたのだが、赤也はそんなキャラではないだろう。

「お前が人の誕生日を覚えているなんて意外だな、赤也」

結果的に口をついて出たのはこんな言葉で、だけれどそれ以外に何も思いつかなかったのだから仕方がない。
侮られているかのような言葉をかけられた赤也はそれでも怒る様子もなくヘラヘラしている。
入学当初ならこれだけのやりとりでも怒っていただろうから、随分と心に余裕が出来たのだろう。

「もうすぐ俺も三年生になるんスよ?
部長になってから半年も経ってる、お世話になった先輩の誕生日も知らなかったら後輩に示しがつかねえでしょ」
「……それもそうだな」

そうなのだが、やはり自分のよく知る赤也が言うような台詞には思えない。
それだけ成長したということなのだろう。
喜ばしいことだ、しかし不思議と淋しくもある。

「柳先輩?」
「なんだ」
「いや……なにもねえけど、なんか微妙な顔してねえスか」
「そんなことはない」
「体調でも悪いんスか」
「いたって健康だ」
「そうすか、」

赤也がホっとしたように頬を緩ませる。
心配をかけてしまったのだろうか、そうだとしたら申し訳ないが、だからといって実はお前の成長が少し淋しいのだとも言えないので苦笑を返した。

「今日の放課後は柳先輩とデートに行こうと思ってたんスよ」
「は?」

数年に一度しか発さないであろう間抜けな声が出た。
それでも、

「いいっスか」

急に後輩らしい表情に戻った赤也に首を傾げられると、柳は首を縦に振ることしか出来なかった。
今まで以上に表情を明るくした赤也は、それじゃあ放課後校門の前で待ってるっスと言い残して教室を出ていく。
残された柳はため息をつく、しかし自分が内心放課後を楽しみにしているということは自覚していた。


**********



「どこに行きます?」
「そうだな……」

赤也はデートだなどと言ったがなんのことはない、幸村の誕生日プレゼントを二人で選びにいこうとしていただけらしい。

「精市に何を買うのか決めているのか」
「決めてたらどこに行きます? なんて言わないっスよ」
「それもそうだな」

学校近辺では買えるものも少ないだろうから街に出てみないか、と提案し、さらに先ほど浮かんだとある疑念を赤也にぶつける。

「プレゼントを買うのに充分な金銭を持っているのか」
「心配しなくても今月の小遣い全部残してるっス」
「ほう……それは珍しいな」

軽く喫驚する柳に赤也は笑い掛け、

「もうすぐ三年になるんスから」

と、またしても進級を意識したようなことを言った。
駅に向かって道なりに伸びていた柳の影が動きを止める。

「……赤也」
「なんスか」
「なにかあったのか」
「……どうしてっスか。
何もないっスよ」

柳先輩こそ何かあったんじゃないスか、変っスよ――なんて言い返されて柳は言葉に詰まった。
確かに今日の自分は変だ、いつも通りだとは言い難い。
しかれそれは赤也のあからさまに普段とは違う様子に気持ちを引かれてしまったからであって、昼休みに赤也に会うまでは至って冷静な普段通りの柳だった。

「……お前がいやに進級することを強調しているからだ」
「俺が?」
「ああ。今までは進級に関して自覚的ではなかったように思えたが」

しばらくの沈黙、そして赤也は呟く。
柳先輩には何でも分かっちまうんスね、――と。

「分かられたら困るのか」
「いや……そんなことはねえっスけど。
……むしろ、分かってもらえた方が嬉しい気もするし」
「不明瞭だな」

照れたように笑う赤也にかけたかったのはそんな言葉ではなかった。
それでも赤也は冷たいともとれる柳のその発言を気にした様子もなかったので少し安堵する。

「実は俺、今日気づいたんスよ。
あとひと月もしたら先輩達はいなくなっちまうって。
気づいたらすげえ焦っちまって、俺も早く先輩達みてえに大人になんねえとって……」
「そんなことか」
「俺にとっては一大事だったんスよ」
「そうか」
「そうっスよ……つーか現在進行中で一大事っス」
「焦らなくても気がつけば“らしく”なる」
「そうっスかね」
「ああ。俺もそうだった」
「先輩は二年のときからそんな感じだったっスけどね」

赤也はそんなことを言うが、柳は自分は随分と変わったと思う。
二年生の頃は今のように赤也を顧みることも出来なかった。
赤也の世話を焼いてやりたいと思うようになったのは初めてダブルスを組んだ頃からで、それなのにその後すぐに柳は部活を引退してしまった。
赤也が高校に上がってきたら、消化不良に終わった自分の中の欲求を満たそうと思っていたのかもしれない。
だから赤也が成長しようとしていることに寂寥を覚えるのだろう。

「複雑な心境だ」
「は? 何がっスか」
「……赤也、」
「はい?」
「あまり急いて“らしく”なろうとするな」

それは柳の欲だった。
赤也が守る義理など少しもない、ちっぽけな欲。
しかし柳の言葉を受けた赤也はいつものようにヘラヘラと笑って言うのだ。

「参謀が言うならそうするっスよ」

柳の言葉を疑るなんて考えは少しもないようだった。

「まだまだ、だな」

どこぞの一年エースのようなことを言って柳は微笑した。






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