海が見守る恋

朝倉が転校する。
そんな話を朝倉達が教室でしながら、告白しないのかと訊かれていたのを聞いた。朝倉には好きな人がいるらしい。もしそれが俺だったら、なんて期待をしてはいけない筈はない。俺は朝倉を好きなんだから。

「何、阿部君」

出来るだけ人目に付かない場所を考えたけど、校内でそんな場所はそう無い。告白場所にありがちな屋上にも、入れなかった。
断られるのを承知で、始業時間に合わせて学校近くの防波堤に呼び出した。真面目な朝倉が来てくれるなんて思っていなかった俺は、一気に期待した。
潮風に髪を靡かせて、右手で髪を押さえながら朝倉は、「何、阿部君」と俺の名前を言った。

真っ直ぐに見据えられて、これからする告白を見透かされているように思って視線を海面に向けた。強い風に造られた波が、ざばんと音を出してコンクリートにぶつかり飛沫をあげている。その風や波に急かされるように、朝倉に言った。

「好きだったんだ、ずっと」

「ありがとう」
そう言って現れたほのかな笑顔は可愛かった。でもね、と朝倉は続けた。
「私、好きな人がいるんだ」

煩い波の音も強い風も、時の流れですら、朝倉の言葉に停止した。朝倉が止まって見えて、俺も止まっているようで。消去ボタンを押される一瞬に身構えたメールみたいだった。断られるとしても、転校を理由にだと思っていた。朝倉の好きな人は、俺じゃなかった。風が運ぶ潮香の中、やっと声を出す。

「振られ序でに教えて。好きな人って誰」

教えてくれるなんて思ってないけど、別に意地悪で訊いたんじゃないし、そいつを恨むわけじゃない。ただ訊きたかっただけ。好奇心と言えばそうかもしれない。

「クラスの人。眼鏡っ子」

防波堤の淵に座りながら朝倉が言った。踵でとんとんとコンクリートを蹴りながら、長い髪を耳に掛けている。さらさらした髪は直ぐに、風に乱されていった。 クラスの眼鏡掛けた男子は、 一人しかいなかった。
知っている。あいつ、悠哉も朝倉が好きだって事。

「学校行こうか」

そう言って手を伸ばすと、見上げた朝倉は眩しそうに目を細めて俺の手を取った。このまま盗んでしまえたらいいのにと思った。立ち上がるとするりと手を離し、スカートの後ろをはたきながら、「さぼりって初めて」と朝倉が言っ た。 人目に付かない場所が良かっただけだけど、わざわざ海を選んだみたいで急に恥ずかし くなった。

学校へ行くと、俺だけ散々怒られた。朝倉の分だと思えば別に良かった。潮の香りが制服からする。朝倉とお揃いのような気がしたけど、振られた今ではそれも切なかった。

それから一週間して、朝倉は転校して行った。そして悠哉は、そんな朝倉に告白しないままだった。
『転校する』
それが強い動機にならないあいつを変だと思った。俺が単純だと言えばそうなのかもしれない。でも、好きな子が転校するというシチュエーションに、告白しないやつの方が少ないんじゃないかと思う。

(元気でな、朝倉)
(阿部君もね)
fin.




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