.




stardust

http://nanos.jp/xxvorxx/ | Photo by Sky Ruins
Prince of Tennis
Short story
君を独り占めできる権利(金リョ)

 全国大会も決勝を迎えようとする日の前日、金太郎は目的の人物を探してアリーナの中をさ迷っていた。手を頭の後ろで組んで鼻歌混じりで歩く姿はどこか楽しそうだ。元々、あまり方向感覚は鈍い金太郎は絶賛迷子中であるのだが、当の本人は気付いていない。ただ彼は、その目的の人物に会えることが楽しみで楽しみで堪らなかった。

(コシマエどこにおるんやろ?)

 金太郎が探している目的の人物は、準決勝で金太郎の所属する四天宝寺と対戦した青学の一年ルーキーだった。西のルーキーとして注目されているのに対し、金太郎が『コシマエ』と呼ぶリョーマは東のルーキーとして注目されている。それは遥か遠い大阪まで名を轟かせており、金太郎はその噂の少年に会ってみたい衝動を押さえつけることができなかった。
 元々、自制心など持ち合わせていない金太郎は、考えるよりも即行動というある意味本能のまま、部長である白石達を押しきり一人先に東京へと向かった。結論的に言えば、静岡で新幹線を降りてしまったために(富士山=東京だと思っていたようだ)、金太郎がアリーナに到着したのは後から大阪を出発した四天宝寺の部員たちと同じ頃だったのだが。その時金太郎は、アリーナの中に設置されたテニスコートの反対側に目的の人物を見つけたのである。
 越前リョーマ(金太郎はコシマエリョーマと思っていた)は、金太郎が想像していたイメージとは全くかけ離れた存在だった。先輩たちのからかいも多少なりに入っているが、東京から大阪までに噂が伝わる間に噂は様々な尾を引いて収集出来ないまでに肥大していた。その噂のまま東のルーキーのイメージを構築していた金太郎の越前リョーマ像は、おおよそ人間とは言い難い風貌をしていたのだが、金太郎自身はそれを信じていたのだ。
 しかし、実際噂のルーキーを目にしてみると、金太郎はあまりの驚きに目を見開くことしかできなかった。越前リョーマという少年は、そこにいた誰もが想像していたイメージよりも遥かに小柄で、そしてとても美しかった。
 金太郎と同じくらいの背丈のようだが、遠くから見ても金太郎よりも身体の線が細いことが見てとれた。肌もとても白く、真っ白な帽子から覗く黒髪はライトの光を浴びてキラキラと輝いているようだった。整った鼻筋に明るい色合いの小さな唇。そして誰もの目を引いたのが、その力強い琥珀色の瞳だった。多少つり上がった大きな猫のような瞳に宿る光は、とても力強く、まるで頂点に立つ『王子』のような気品を持ち合わせている。東のルーキーという名だけでなく『テニスの王子様』という異名をもつ足る由縁を彼らは対峙した瞬間に理解した。
 会ってみたかった少年を前にして金太郎は、初めて会ったその少年に一瞬にして心を奪われたのである。そして、越前リョーマという少年は、その後会う度に金太郎の心を離して止まなかった。
 テニスコートの中に立つリョーマは、金太郎が初めて会った時に感じた印象よりも、更に力強い輝きを放っていた。自分よりも華奢な身体で、とても巨大な相手と対峙した時も、遥かに実力のある相手と対峙した時も、リョーマは臆することなく不敵に笑い、そして力強いテニスを見せてくれた。その度に金太郎は、リョーマという少年に惹かれ、そうしてテニスコートで対峙した瞬間に、全てを奪われてしまったのだ。リョーマと金太郎がラケットを交えたのはたった一球だった。シングルス1の前に決着がついてしまったため、金太郎とリョーマの試合は行われなかったのだが、どうしてもリョーマと打ち合いたいのだと頼みこみ一球だけ彼らはラケットを交えた。白熱するラリー。固唾を飲んで見守るギャラリーなどシャットダウンされ、その場所には金太郎とリョーマしかいないような感覚に陥った。お互い同じ年ということもあり、絶対に負けたくないという気持ちが沸き上がる。徐々に熱くなる心に金太郎は彼に恋い焦がれているのだと自覚した。
 結局その勝負は、引き分けという形で幕を閉じたのだが、金太郎はとても満足だった。出来ることならばまた彼と試合をしたいが、それよりもその時はリョーマを見るとざわめく心の正体を理解することができて、スッキリしたような気分だった。元々、マイペースな金太郎は周囲から鈍感と言われているが、野生の本能はそれを補っていた。欲しいと思えば、それが何を欲しているのか理解すれば、簡単にその答えに行き着くのだ。つまり金太郎はリョーマの全てが欲しかった。その心も身体も、そうして彼を自分だけのものにする権利も全て欲しかった。これが恋意外の何物であるというのだろうか。金太郎はまだ出会ったばかりのこの少年に恋をしたのである。
 それからの金太郎の行動は直向きだった。もっと喋りたいし、もっと触れあいたいという欲求を満たすために、金太郎は時間があればリョーマを探し歩いた。その日も、特に何か用事があるわけではないのだが、リョーマの側にいたくて、リョーマに側にいてほしくて、金太郎はポテポテとアリーナの中を歩いていたのだ。

(青学んとこにもおらんかったしなー)

 既に彼の先輩にあたる顔触れには接触済みだ。リョーマを溺愛している彼等も相手が金太郎だという安心感か、快く対応してくれた。これが例えばリョーマに邪な感情を抱く他の他校生ならば、彼等ものらりくらりとかわし、逆に撃退するのだろうが、リョーマのライバルの金太郎ならば大丈夫だろうと安心しているようだ。金太郎もその他校生達と何ら変わらぬ想いを持ち合わせていたのだが、そこは告げることはせず、快く答えてくれた彼らに満面な笑みを浮かべて感謝の言葉を述べた。
 まぁ、結論的に言えば青学の面子もリョーマの居場所は解らなかったようなのだが、おおよそ愛飲しているファンタでも探し求めていったのではないかというアドバイスをもらい、アリーナの中に設置された数ヶ所の自動販売機巡りをすることとなったのだ。
 それでも、想い人と会うためと考えれば心は踊る。そうやって三ヶ所目の自販機のコーナーにやってきた金太郎は、その自販機のベンチの影に、目的の青と白のコントラストなジャージと白い帽子を見つける。

「コシマ…」

 探し求めていたリョーマの姿に喜びのため大声を上げて名前を呼ぼうとした金太郎は、リョーマの周囲に群がる人だかりを見るとピタリと足を止めてしまった。
 リョーマの周囲は、彼を囲むようにして人だかりができていた。お互いを敬遠しあったり、競ってリョーマに話しかけたりと行動は様々だったが、ザッと見積もっても10人前後の人間がリョーマを囲っている。その彼らが身に纏うジャージは、青学のものよりも僅かにくすんだ水色と白のモノや、色鮮やかな黄色と黒、または一面緑のモノなど様々だった。
 金太郎は、突然胃の辺りがムカムカしているような気分に陥った。あまり感じることのない気分に頭を傾げたが、これが嫉妬かとふと思い浮かび納得する。ムカムカした気分のままジッとリョーマに視線を送ってみるが、未だ自分の存在には気付いていない様子のリョーマに金太郎は眉を釣り上げた。彼は話しかけてくる人間を面倒臭そうにあしらいながら、ベンチに腰掛け、ファンタを口にしている。いつまでたってもコチラに気がつかないリョーマに苛立ち、立ち止まった足を再度踏み出した金太郎はズンズンと彼らに近づくと、今度は臆することなくリョーマの名前を呼んだ。

「コシマエ!」

 すると、ようやっと金太郎の存在に気が付いたのか、スッと顔を上げたリョーマがコチラへと視線を向ける。絡み合った琥珀色の瞳に金太郎は少しだけ心が軽くなったような気がした。彼の瞳が自分を見つめている。それだけで先程まで感じていた嫌な感情がスーっと静かに凪ぎいていったのだ。

「……遠山?」

 どこか硬い表情で近付いてくる金太郎にリョーマは何事かと金太郎の名を呼ぶ。彼の周囲に取り巻く青年たちも金太郎の存在に気が付いたのか、お互い顔を見合わせ、首を傾げていた。どうやら彼らにとっても金太郎は青学の部員たちが考えているように、驚異ではないらしい。リョーマと同じ年頃の友人、もしくは良きライバルと考えているようで、それが無性に悔しくて金太郎は、ズンズンとベンチに腰かけるリョーマの前まで歩み寄ると、どこか不機嫌そうな面持ちでまくし立てた。

「探したで!この後アリーナん中探検しよう言うとったのに、忘れるとか酷いんちゃう?」
「え…?」

 そう一方的にまくし立てれば、リョーマは目を見開いて訝しげな様子を見せる。しかし、そんなことはお構い無しに金太郎は、リョーマの左手を握ると、彼の手を力強く引きベンチから立ち上がらせた。

「堪忍やで!コシマエ返してもらいますわ!」
「ちょっと!遠山!?」

 そうして、未だに呆けている周囲の人間にペコッと頭を下げると、当然手を引かれ慌てるリョーマの手を更に力強く握り、彼らから遠ざかるようにと足を速めた。
 遠ざかっていく金太郎とリョーマの背を誰しもがポカンとした面持ちで見つめる。しかし、二人が消えた所まで見送ると、お互いの顔を見やったり、不機嫌そうに顔をしかめたりしつつ、仕方がないかと解散していった。
 その一方で、リョーマの手を引いて歩きだした金太郎は、あの自販機が見えなくなるまで遠くにくるとリョーマに背を向けたままピタリと足を止めた。

「ねぇ?そんな約束してたっけ?」

 無言のまま引っ張る金太郎に黙ったままついてきたリョーマは、突然足を止めた金太郎に不思議そうな視線を向ける。リョーマからすると身に覚えのない約束が不思議だったようだ。そのリョーマの言葉を聞いた金太郎はビクッと肩を揺らす。そうして…ばつの悪そうな表情を浮かべるとモゴモゴと口を開いた。

「……してへん」

 リョーマが考えていた通り、金太郎が先程一方的に捲し立てた発言は完全に出鱈目だった。ただ、リョーマの傍に自分以外の人間がいるのが耐えられなくて、許せなくて、彼らからリョーマを引き離すためだけに彼の手を引いたのだ。
 しかし、よくよく考えてみれば、余りに幼稚な考えと行動をしてしまったのではないかと胸に不安が過る。すっと掴んでいた手を離した金太郎は、ゴンタクレの彼にしては珍しく肩を落としてうなだれているようだ。

「はぁ…。まぁいいや。あの人達からどうやって逃げるか考えてたとこだったし」

 思いがけず金太郎の頼りない姿を見たリョーマは、一瞬だけ言葉を詰まらせると小さく溜め息を漏らす。そうしてポリポリと頬をかいて、先程まで彼と繋いでいた手を未だしょぼくれる金太郎にズイッと差し出した。

「はい」
「え?」

 突然手を差し出してきたリョーマに、金太郎はポカンと口を開く。そうして、リョーマの手とリョーマの顔を見比べて間抜けな顔を晒していた。

「え?じゃないでしょ。探検、するんじゃないの?」

 いつまで経っても自分の手を取らない金太郎に、リョーマはムッと顔をしかめる。そうして、呆れたように瞳を細めると、早く握れと言わんばかりに一歩歩み寄る。リョーマの思いがけない行動にポカンとしていた金太郎はカッと顔を真っ赤にして声を荒げた。

「え、ええんか!?」
「暇だし」

 ズイっとリョーマに近づいた金太郎は、顔を赤面して詰め寄った。あまりの剣幕に顔に唾がかかったのか、少しだけ眉を潜めたリョーマが素っ気なく答える。しかし、そんなリョーマの様子も感極まる金太郎からすると気にならないようだ。
 金太郎はトクントクンと脈打つ心臓に涙がこみ上げた。先ほどまで身体中を支配していた不安や嫉妬が拡散し、反して穏やかな暖かな感情が脳内を駆け巡ったのだ。目の前で自分に素っ気なく手を差し出す少年に、あぁ、自分は彼が好きなのだなと再実感する。

「ありがとな…。コシマエ…」
「別に礼を言われることなんかしてないよ」

 どこか泣きそうな顔で礼を言う金太郎に、リョーマはクスッと可笑しそうに笑った。そんな彼の普段見ることのできない優しげな微笑みに心がぎゅっと締め付けられたような気分を感じて、胸のあたりを右手で押さえつける。金太郎は、こんなにも自分の心を乱れさせるこの少年が愛しくて、自分だけのものになればいいのにと思わずにはいられなかった。



君をり占めできる権利
(誰にも渡したくないから)
← | tns | →


After word(あとがき)
金リョ。普段の野獣系押せ押せ金ちゃんから少し離れて、歳相応な姿を意識してみました。ルーキーズかわいいよぉ!
2012/06/13
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -