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stardust

http://nanos.jp/xxvorxx/ | Photo by Sky Ruins
Prince of Tennis
Short story
悪魔にKiss(切リョ)

 「好きだよ」とポーカフェイスのまま惜しげもなく告げるリョーマのことが、オレは溜まらなく好きだった。あいつは、ふとした瞬間に思い立ったかのようにオレの目を見てそう告げる。普段は生意気で天ノ弱で中々素直にならないくせに、その時ばかりは世界中の誰よりも素直に言葉を口にした。オレはあいつのたまに見せるその素直さがとても苦手で、そしてとても好きだった。うっと胸の中から熱いものがこみ上げて、なぜだか泣きたくなってしまうような切なさが身体中を支配する。オレの目から離されることのないあいつの翡翠色の目が、オレだけを見ているような錯覚に襲われてオレは無性に泣きたくなるんだ。あいつがそう告げる度に決まって黙りこんでしまうオレをあいつはじっと見つめている。その瞳がどことなく優しげだから、余計にたちが悪かった。
 その日、珍しく青学と立海で偶々重なった休日を過ごすため、昨日からリョーマはオレの家に来ていた。オレは神奈川に住んでいて、リョーマは東京に住んでいる。お互いの家に行くためには電車で一時間程度乗り合わせなければならないが、それでもオレはこいつとの柳先輩曰くプチ遠距離が嫌いではなかった。お互いテニスの強豪校に通っているため中々休日が重なることは少ないが、今日のように重なると前日の練習後どちらかの家に泊まるというのがオレたちの日常だ。昨日も練習の終了後、神奈川に来たあいつを迎えに行って、オレの家で飯を食って、風呂に入って、夜は一緒にテレビを見ながら同じベッドで眠る。流石に家族がいる手前事に及ぶことは出来なかった(あいつが嫌がるから)が、オレよりも一回り小さくて暖かいあいつを抱きしめて寝るととてもいい気分で眠りにつくことができた。そんな些細な日常がとても幸せのように感じるのだと、朝目覚めた時にあいつが隣にいるのを見てオレは柄にもなくそう思った。
 そうして遅い朝食をとった後、本当は近くのテニスコートに出かける予定だったのだが(何したいか?と聞くとあいつはテニスとしか答えないから笑いそうになる)、生憎朝から外は出かけることも憂鬱な土砂降りの雨で、仕方がなくオレたちはオレの部屋に引きこもって最近買ったゲームをすることにした。
 一人用のアクションゲームのため、リョーマにコントローラーを渡すとオレはベッドに凭れ掛かるようにして腰掛ける昨日ジャッカル先輩に貸してもらったテニス雑誌を適当に読み流す。あいつはオレのすぐ隣でベッドに腰掛けて真剣な表情でテレビ画面に向きあっていた。数時間くらい黙々とゲームに集中しているリョーマを、オレはたまにテニス雑誌から顔を上げて盗み見ていた。

「なに?」
「……別になんでもねぇよ」

 オレが何度もチラチラと見ていることが解ったのが、ゲームに集中したままあいつが小さく声を上げる。もしくはゲームにどことなく飽きてきたのかもしれない。しかし、オレに声をかけたにも関わらず、未だにゲームから視線をそらすことなく集中しているリョーマにオレはどこかムッとして、顔をプイっと背けながら不貞腐れた声を上げてしまった。自分から「ゲームでもするか?」と勧めておきながら、なんて理不尽なことだろうかと解っていながらも、やはり長いこと放置されているのはいい気分ではない。一つ年上の癖に子どもみたいなオレの態度に、リョーマは呆れたように小さくため息を吐き出した。

「赤也」
「…?なんだ?」

 テレビ画面からちょうどGAME OVERの音が聞こえたと思うと、あいつがオレの名前を呼ぶ。なんだか自分が子どもみたいなことをしていると自覚しているからか、素直にあいつの言葉に答えることが出来なかったオレはボソボソと小さく言葉を吐き出した。リョーマはそんなオレの心意をお見通しだと言わんばかりに、コントローラーをベッドの上にほっぽり出すと少し笑みを含んだ柔らかい声をオレに向けた。

「こっち来なよ」
「うぉ!」

 途端、突然ものすごい力でグイッと身体が引っ張られてオレは間抜けな声を上げながら、ベッドの上に引き上げられる。ボスンと顔面からベッドに倒れこむような形になったオレは、突然何が起こったのか理解することもできず、隣で寝転ぶリョーマをポカンと見つめることしかできなかった。
 リョーマは、オレの腕を引っ張ると普段鍛えている腕力でオレをベッドの上に引き上げ、二人して倒れこむ形になったのだろう。体格差は結構あると自覚していたのに、簡単に引き上げられてしまったことが悔しくて、オレは少し乱暴にあいつの頭をかき混ぜた。

「ってめ…。いきなり何しやがる!リョーマ!」
「ふふ。アンタの驚いた顔傑作」

 ベッドに寝転びながら、ぐしゃぐしゃと頭を乱暴に撫でるオレに気分を害した様子もなくリョーマはクスクスと笑う。そうして、悪戯を終えた子どものような顔を浮かべると、ふにっとオレの鼻に人差し指を当てて目を細めた。その柔らかな瞳を見た瞬間、オレは言い知れぬむず痒さを感じて、結局乱暴に触れていた手から力を抜いてあいつのサラサラの髪を梳いてしまう。けれど、行為とは裏腹にどうしても言葉を素直に伝えることはできなかった。

「ふざけんな…」

 そんなオレの乱暴な言葉が本心ではないということを気づいているのかリョーマは何も告げずにやんわりと目を閉じるだけだ。そうしてオレ達の合間には心地よい沈黙が降り立った。
 ベッドの上でリョーマと向き合うように寝転がるオレは、じっと視線を送る。枕に顔を埋めるようにして目を閉じているリョーマは誰よりも綺麗に見えた。閉じた目を覆うように長い睫毛がゆるゆると揺れ、柔らかそうな血色のいい唇は優しげな笑みを浮かべている。整った鼻筋にシミひとつない白い肌。触れる髪はオレのくるくるの髪とは違ってとても細く真っ直ぐで、サラサラと指の合間から溢れるようだった。身体はオレよりもずっと小柄で、折れてしまうんじゃないかと疑いたくなるほど華奢だ。
 じっと観察すればするほど、リョーマがとても美しい容姿をしているということに気付かされる。けれどもあいつの美しさはは、その容姿だけには留まらず、あいつが持っているオーラというか雰囲気が更にそれを際立たせているのだとオレは思っていた。あいつは同学年の奴らに比べれば、どこか落ち着いていて洗礼された空気を持っている。見たもの全てに強いインパクトを与えるようなその雰囲気が、あいつを『王子様』などと呼ぶ所以になっているのだろう。
 そして、何よりもあいつの中で強い印象を与えるのが、オレがあいつの中で最も好きな琥珀色の瞳だ。

「なに?」

 無言のままじっと見つめるオレの視線に、パチリとリョーマの瞳が開かれる。途端、オレの瞳はあいつの目から逸らすことができなくなった。あいつの目は日本人の瞳よりも少し色素が薄く、光のあたり具合によってはキラキラ光る金色みたいに見える。形は少しつりあがった大きな瞳で、それはどことなく猫を思わせるような形だった。そして、その大きな琥珀色の瞳は常に勝気な色を宿しており、それがリョーマを生意気だと更に思わせる要因になっている。オレはそんな生意気さも好ましく思っているから全く気にならない。逆にそれがリョーマの良さだと胸を張って言ってしまえる。どんな強敵が目の前に立ちはだかっても、決して臆することなくリョーマの目はギラギラと強い光を放つ。どれだけハードな練習が待ち構えていても、どれだけ困難な状況に追いやられても、どれだけ苦しい戦いを強いられても、あいつの瞳からその光が消えることはなかった。オレがリョーマの中で惹かれたのはそこだ。
 けれどもオレは知っている。あいつの瞳に宿る強い光に惹かれたのは、決してオレだけではないということを。あいつはオレから見ても色んな奴から好かれていた。青学の連中だけじゃなくて他校の連中、挙げ句の果てにはオレの先輩達もあいつには熱を上げているからたまったものじゃない。
 何の因果かオレはリョーマと付き合う事が出来たのだが、そのポジションもいつ誰に取られるかもしれないという思いが実は心の中に巣食っていた。オレは誰かに劣等感を抱いているわけではない。けれども、幸村部長や真田副部長、氷帝の跡部さんや青学の手塚さんに言い寄られているこいつを見る度に、いつかオレよりもあの人達のところに行くんじゃないのかと思うことがあった。オレは、幸村部長達よりもテニスの実力も低くて、優しくもなくて、素直でもなくて。どっちかと言えば、生意気だし(まか、それはリョーマもだが)、寛容でもないし、すぐに理性を飛ばすし、乱暴だ。そう自覚していても中々自分の欠点を克服することが出来ないからオレは負の感情に雁字搦めになる。いつかリョーマはオレではない他の人間を愛すようになるのかもしれないという姿形さえもない奴に抱く嫉妬と憎悪。それに、リョーマを信じ切れない自分に対する落胆を。

「ねぇ、赤也」

 ふと、無言のままそんなことを考えていたオレの思考を遮るようにリョーマがオレの名前を呼ぶ。ハッと意識を浮上させたオレが目を見開いてリョーマを見つめていると、リョーマはオレの心を鷲掴むような慈愛に満ちた笑みを浮かべて、そっとオレの頭を撫でた。

「好きだよ」
「っ!」

 あまりの衝撃にひゅっと息を吸い込む。何度聞いてもあいつのその素直な言葉はオレを驚かせるには十分で、オレは息をするのも忘れたかのようにあいつを見つめることしかできなかった。リョーマは、触っても気持ちよくもないだろうにやわやわとオレの頭を撫でると、目を見開くオレに優しげな笑みを携えたまま言葉を告げる。

「アンタがさ、何心配してるか知らないけど、オレがそう言ってるんだから自信持てば?」

 リョーマは人の好意には鈍感なくせに、たまに敏感に人の感情を読み取る。こうしてオレが無意味な嫉妬と自己嫌悪に囚われる度にそれを敏感に察知して、普段は素直にそんなことを言わない癖に、その時はオレに惜しみもない言葉を告げてくれるのだ。安心させるように、オレがもう不安に思わないでいいように、少しだけ不器用な手つきでオレの頭を撫でて愛を伝える。そうして、最後はオレを励ますように自信満々な笑みを浮かべて胸を張って言うのだ。「アンタはオレの好きな人なんだから、誰に負けるわけがない」のだと。
 オレはそんなリョーマの優しさや愛情を見せつけられる度に、心の奥から止めどなく熱い思いがこみ上げてきて、大声を上げて泣き出したい気分になる。けれどそれは決して悲しい涙なのではなくて、もっと別の、幸せで堪らないのだということをあらわす涙だ。この眼の前で笑う綺麗な少年が、何よりも大切で、誰よりも愛しくて、そして、あいつから誰より愛されているのだと、そう理解する度にオレは、世界中の幸せを手に入れたかのような気分になる。
 今もこみ上げてきた涙を、けれど決して泣くまいと必死に我慢して歪な顔をしたまま、未だに優しげな顔をしているリョーマから顔をそむけるようにしてあいつの首元に顔を埋めることしかできない。

「……ぅるせぇ…」

 くぐもった声で小さく反抗的な言葉を返すオレの頭をあいつはポンポンと一定のリズムで軽く撫でた。それは、どことなく子どもをあやすような手つきだったが、それさえも心地よくて、オレはあいつよりも一つ年上の癖に縋りつくようにリョーマの身体を抱きしめる。
 すると、首筋に埋めたオレの耳元に囁くかのように、やっぱりあいつは普段あまり聞くことのできない優しげな声で小さく呟いた。

「ま、そういう所も嫌いじゃないんだけどね」

 そう言って半場抱きかかえるような形のままオレの瞼辺りにキスをするリョーマに、オレはあいつの首元に更に深く顔を埋めて、わずかに零れ落ちた涙を誤魔化すことしかできなかった。



悪魔にKiss
(オレの心臓はあいつの言葉に殺される)
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After word(あとがき)
切リョ。実は意外にネガティブな赤也と年下の癖にすごく男前なリョーマくん。基本的に私は受けの性格が男前なのが好きです。なので、精神的にちょっと弱い所がありそうな千石とか赤也とかはそういったリョーマくんの男前っぷりに泣きそうになればいいと思っています。そして切リョが好き。立海の中では仁王リョの次くらいに好きです。でも、個人的には赤也は乱暴だけど、性格も桃ちゃんみたいに頼れる先輩で変態が多い立海三年生陣に対し意外と爽やかだったらいい(おい)
2012/05/24
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