*捏造、ジャンル、CPごちゃまぜ注意 log


(stsk 昭和初期くらいお狐さまな琥太郎とようじょ月子)








その当時、私は六つか七つになるくらいの小さな子供だった。
夏の日は長く、夕暮れの色は濃く、見ていると何だか苦しくなるくらいの橙色が空を支配していた。仄かに赤みを帯びた影を見下ろしながら、私は下駄で田んぼの畦道を駆けていた。赤い金魚帯がひらひらと揺れる。あちこちで蝉や蜩が何かに焦がれるように鳴いている。虫の声というのは上から聞こえるはずなのに、私には地から這うように聞こえるから不思議だった。内臓を押し上げられるような気がして、また汗が一筋垂れる。
今日は年に一度村で行われる夏祭りがある。村の外れにある一番お山に近い神社で行われる祭は奉られているお稲荷さまの為だとも聞く。そんな詳しい事情を知らない私はとにかく早くお祭りに行きたくて必死だった。幼なじみの哉太と錫也は先に行ってしまっている。私は延々と続くような畦道に焦れながら息を切らしていた。通り過ぎる木々達が時々人影に見えては心臓を揺らす。
夕暮れ時はね、逢魔ヶ時と言ってね、この世の別の世界が一番近付く時間帯なんだ。だから一人で出歩いてはいけないよ、お前は特に女の子なんだから。
祖母のそんな言葉を何と無く思い出していた。遅い時間に私達を一人で出歩かせない為の作り話だとは何と無くわかってはいるけれど、本能に植え付けられたような恐怖が取り除けるはずもなく私は更に焦って神社を目指した。

畦道を抜け民間を抜けその更に奥、ひっそりと佇む神社に繋がる石段は果てなく長い。でもこれさえ上り切れば待ち望んだ光景が私を迎えてくれるはずだ。畦道を抜けた頃から聞こえていたお囃子の音が胸を弾ませた。一段飛ばしで階段をのぼる。早く、早く。近付く人の声、お囃子の音。あともう少し、最後の一段を蹴り上げると並んだ出店、沢山の人。音の渦に飲まれながらその光景を見つめる。さあ、早く、私もこの中へ。真っ赤な鳥居をくぐり抜けた瞬間だった。ぴん、と張った糸が切れたような音がして、先程までいた沢山の人間が一瞬にしていなくなってしまった。虫の声も祭囃子も消えて、無音の世界が広がる。ねぇ、皆何処へ消えてしまったの。人のいなくなった境内をゆっくり歩きながら祭の残滓である出店を見て回る。風車、風鈴、金魚、お面、林檎飴、提灯。祭の赤色に視界が支配される。

「……誰か、いますか」

そう呟いてまた一歩踏み出せば、風もないのに一斉に風鈴が揺れ始めた。その反対側、赤い風車の群れがカタカタと笑い声のような音を立てて回り始める。

ちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりん
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ

音の濁流に飲まれる。桶の中にいたはずの金魚が空中を泳ぎだし、赤や黒の尾鰭を揺らして私の前を横切る。私は浴衣を掴んだまま立ち尽くすしかなかった。

「……迷子か?」

どうして気付かなかったんだろう。顔を上げると狐のお面を付けた男の子が立っていた。私よりは結構年上かもしれない。浴衣から出た白い腕が、何だかお父さんのそれに少し似ていた。

「私、夏祭りに来て、鳥居を抜けたら、」
「……そうか。悪い事をしたな」

男の子、いや、お兄さんは私の手を握るとゆっくり境内の奥へと歩き出す。

「お兄さんもお祭りに来たの?」
「いや、俺は少し違うな」

お面を付けているから表情はわからないけれども、何と無く困っている気がしたのでそれ以上は聞かなかった。

「お前みたいなのを捕まえるつもりは無かったんだ。悪かったな」

そう言うと彼はどこからともなく林檎飴を出して私に渡した。

「これはお詫びだ。夏祭り、楽しんでおいで」

彼はそう言うと神社の中へと消えて行ってしまった。神社の人なのかもしれない。私はついて行こうか少し躊躇って、やはりお祭りに戻る事にした。振り返ると境内は元に戻っていて、人とお囃子の音とで溢れていた。

「月子!」
「あ、かなちゃん!すずちゃん!」
「お前何やってたんだよ、ずっと探してたんだぞ」
「何って……」

振り返っても神社の中に人の気配はなく、でも私の右手には確かに真っ赤な林檎飴が握られていたのだった。
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