一緒にいれば大丈夫
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その日は、豪雨と言っても差し支えないような、ひどい雨が降っていた。
時間がたち、夜が更けてもその勢いは変わらず、むしろ増していく一方である。
雷も激しく鳴っていて、まるで街から人々を追いやっているようだった。
いつ停電するか分からず、パソコンもうかつに点けられない。遊星とブルーノは手持無沙汰気味に、ろうそくやマッチを準備し始めた。
「うん、これでいつ停電しても大丈夫だね!」
「そういやテレビで、雷が落ちて、その電気が流れ込んでパソコンやられちまうこともあるって言ってたけど、その対策はしてんのかよ?」
「ああ、プラグも抜いてある」
「ふむ、まあ今日は早めに寝るか」
それぞれがろうそくを持ち、寝室(ブルーノはソファだが)に向かう中、遊星はここまで一言も話していないリューナに気がついた。
「リューナ、どうかしたのか?」
「なっ、んでもないわ?大丈夫よ?」
明らかに彼女の声は震えている。良く見ると、声だけでなく身体も震えている。
「…怖い、のか?」
「そ、んな訳ないでしょう?」
図星をつかれたような表情をするが、それも一瞬で、すぐに胸をはり、いつもの態度をとろうとする。その時、一番大きな雷鳴が二人を襲った。
「きゃああ!!!!」
同時にガレージから光が失われる。その場でしゃがみこみ、耳をふさぐリューナを遊星は抱きしめた。
「!?」
「大丈夫だ、俺はここにいる」
そのぬくもりは一瞬で、遊星はすぐに離れてしまう。どうしたのか、とリューナが顔を上げると、稲光が目に飛び込んできた。間をおかず、ドーン、という大きい音が響く。
「…!!」
ほぼ同時に腕を掴まれる。それにも驚き、大げさに身体がびくっと跳ねた。
「ゆう、せ」
「離れてすまない、リューナ。ろうそくに火をつけていたんだ」
窓を背に、外の様子をリューナに見せないように遊星は立つ。その顔はろうそくの淡い火に照らされていた。
「部屋に戻って、もう寝てしまおう」
掴んでいる腕をそのまま上げる。少女の身体はそれに抵抗せず立ち上がった。
遊星の部屋には窓がないため、外の様子を見ることはできない。しかし音だけはお構いなしに二人の鼓膜に飛び込んでくる。それがリューナを苛んでいることに、彼は気付いていた。
「手、繋いでよ」
「ああ」
ザァ、と雨音が強くなる。ゴロゴロと雷鳴が鳴るたびにリューナの身体がびく、と跳ねる。
「離さないで」
「分かってる」
命令するような口調も、怖さを隠すためのものだと遊星は知ってる。しかし口調とは裏腹に、手は未だ小刻みに震えていた。
しばらくすると落ち着いたのか、震えが止まる。
「もう、大丈夫」
「そうか」
遊星はゆっくりと手を離す。燭台を机の上に置き、彼はグローブとジャケットを脱ぎ、リューナもブーツを脱いで、寝る仕度を始める。
リューナの寝床は遊星の部屋と同室である。彼がプログラムを組んでいる間は滅多に部屋で寝ないことと、部屋で寝る時も短時間だったり、寝る時間がリューナと被らなかったりすることも要因ではあるが、一番大きいのは部屋がなかったためである。
またこれ以上ベッドも買えないし置けないこともあり、リューナは遊星が部屋に戻ってきても踏まない位置に布団を敷いて眠りにつくのが習慣であった。
今日もそれに漏れず、薄暗い中、手探りで布団がしまってあるとこをを探り当て、敷布団を持ちあげようとしたその時。遊星が声をかける。
「ベッドで寝ればいい」
「私はいいけど、貴方はどうするの?」
間を置かず遊星は答える。
「俺もベッドで寝る」
「…えっ?」
本気なの、と思わず聞き返すが、彼の声は真剣そのものだった。
「…一緒に寝るっていうこと?」
「そうだが、嫌か?」
「嫌…ではないけど、でも」
「ならいいだろう」
先にベッドにもぐりこんだ遊星は、掛け布団をめくり、リューナを誘う。
「怖がっている”彼女”を一人で寝させるわけにはいかないからな」
そういう口調はひどく優しくて、一瞬外がどんな天気か忘れてしまう。
しかし直後にまた大きな雷鳴が響いて、リューナの思考を現実に引き戻した。
「…っ!」
「ほら、怖いんだろう。来てくれ」
じれったくなったのか、ベッドに下半身を潜らせたまま、リューナの手を引く。力が強く、よろめいた彼女は、遊星に覆いかぶさるようにベッドに手をついた。
すかさず、腰を抱いて完全に敷布団の中に引き込むと、ふっ、と息を吐いてろうそくの火を消す。あたりは完全に闇に包まれた。
「…何してくれてるのかしら」
「怖いんだろう?」
「だから私は怖くなんか」
「いいから」
リューナを抱く腕に力を込める。顔が遊星の胸に押しつけられ苦しいが、素直にそれに甘えると、次第に心地よくなっていった。
「…」
ぽんぽん、と優しく背中を叩かれるのと、遊星の心音が合わさって、安心からかやんわりと眠りに誘われる。もう少しで寝そう、という時に、彼の声が聞こえた。
「これからも、こうやって一緒に寝たい」
まるで独り言のようなそのセリフに、リューナはそろり、と顔を上げる。
暗くて彼の顔は見られなかったが、自分を抱く腕は予想以上に気持ち良い。
「…いいわよ」
「良かった」
満足そうに笑う遊星の表情を知ることは出来なかったが、リューナは、彼の腕の中で眠りに堕ちていった。
完璧に眠ったことを確認すると、彼は守るように抱きしめ直す。
そしてリューナの額にキスを落とすと、目を閉じ、外の音に意識を向ける。
「…だいぶ、収まってきたな」
朝には晴れていることを期待して、遊星は意識を手放した。
(いつか一緒に寝ようと誘う気だったが、口実が出来て良かった)
(リューナを抱いて寝られるなら、こんな天気も悪くない)
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裏にしようか表にしようか散々迷った挙句こうなった。
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