『ねえ、ご主人たちにイタズラしてみない?』
きっかけはレッドのその一言だった。



『お前は何を言ってるんだ』
『主たちにイタズラなど…不可解にも程がある』
スターダストとグングニールがそれぞれ断るが、レッドはめげない。
『えー!だってさー、こうして出してくれるのは嬉しいけど、遊んでくれないじゃん』
『主達には主達のやるべきことがある。文句を言うな』
氷龍が宥めるものの、それでもレッドはめげなかった。
『もう、グングニールは固すぎる!こうなったら俺様一人でやっちゃうもんね!』
ぴゅう、と飛んで行こうとするレッドをスターダストとグングニールが止める。
待て待て待て、と二人で彼の足を引っ張るものだから、たまたま通りかかったブルーノから「仲良しだね」という評価を受けていた。



『やるにしてもだ。主達を不快にしたり危害を加えたりする行為であってはならない』
『そんなの当然じゃん!グングニールは俺様のことどう思ってるの!?』
『いや…』
よく釘を刺したとスターダストは胸を撫で下ろす。
レッドは少々やりすぎる嫌いがあるため、彼の懸念事項となっていた。
やいのやいのと話す2体に、スターダストは号令を出す。
『確かに今日だって、召喚してそのまま「遊んでなさい」だ』
『スターダスト!話し分かるじゃん!』
『星屑殿!?』
『だが、イタズラはそれぞれのマスターにのみすること。例えばレッドが私のマスターにイタズラすることは許さない』


かくしてレッドは意気揚々とジャックの元へ飛び立つ。
グングニールはスターダストに、本当にいいのか、という目を向けた。
『…レッド殿が何をするか、我には全く予想がつかない』
『私もだ』
『良かったのか?…その、色々と』
『私は一応忠告した。あとはあいつ次第だろう』
信頼しているのか放任主義なのか、スターダストの口調は淡々としている。
吉と出るか凶と出るか自分も分からない友人のことを懸念しながら、氷龍はその場に寝そべった。
『…お前は、主人に何かするのか?』
その呼び掛けに首をもたげるが、すぐにスターダストから目を反らす。
『我が何かをする理由がない。主を困惑させるだけだ』
『そうか?たまにはこちらから触れ合いを求めてもいいと思うが』
隣に座り、促すスターダストは楽しそうでどこか寂しげである。
いつもと様子が違う友人を怪訝な顔で見つめるグングニールは、首を傾げて質問した。
『…貴殿は、何故悪戯にこだわる?まるで主達を困らせたいようだ』
『…困らせたい訳じゃない。私たちが傍にいるということに気付いて欲しいだけだ』
ふい、と顔ごと氷龍から反らす。
尻尾が左右に揺れて、恥ずかしがっていることをグングニールは悟った。
冷風を撒き散らしながら翼を広げる。
『存外寂しがりやなのだな、星屑殿は』
『……違う、そういう訳じゃない』
『そういうことにしておこう』
そのまま彼は主人であるリューナの元へと飛んでいく。
違うと言っているのに、と呟いたスターダストも、遊星に何かをするべくその場から離れた。



とは言っても。
イタズラ、などという概念に乏しいグングニールは途方に暮れていた。
せめてレッドに何をするか聞いておけば良かったとも思うが、今となっては後の祭りである。
『…どうする、か』
「グングニール、どうしたの?」
『っ!!』
カツ、とヒールを鳴らして目の前に立つのは、今まさにどうイタズラしようか悩んでいた相手。
素直に言う訳にもいかず、グングニールは『なんでもない』と言って誤魔化した。
「そう?それならまあいいけど…もう少ししたら出掛けるわよ」
『分かった』
ますます氷龍は焦る。
出掛けるというのなら、その前に悪戯をするべきだろう。
だがしかし、その内容は浮かんで来ない。
しなければしないでいいはずなのだが、グングニールは何かしなければ、というある種の使命感にとり憑かれていた。
必然的に表情は強張る。
「…グングニール、大丈夫?」
『な、にが、だ?』
「怖い顔してる。出掛けたくないなら言いなさいな」
『違う、そういう訳じゃない…』
「ふーん?」
ならいいけど、と続けるリューナは踵を返して彼から遠ざかる。
これではいけないと、グングニールはとうとう決行することにした。
内容はもう、とやかく言っている場合ではない。
『、主!』
急いで飛んで、彼女の肩に留まる。
なに、と振り向くリューナの顔がくるであろう場所に自らの頭を近付けて。
「どうした、の…っ」

むにん、と頬と頭が触れあう。
一瞬何が起こったか分からない主人は目を丸くするが、対照的にグングニールは目を堅く瞑っていた。
「…何の真似かしら」
『…』
「別に怒ってる訳じゃないけど…どうしたのかしらって聞いてるの」
『ならその怒っているような口調をやめていただきたい』
そろりと目を開け、リューナと目を合わせる。
言葉通り怒ってはないようだったが、氷龍の肝を冷やしたのは確実だった。
『…その…これはだな』



『マスター』
「…」
カタカタキーボードを打ち込む主人の後ろでスターダストは呼び掛ける。
しかし遊星はよほど集中しているらしく、応える気配はない。
むう、とスターダストは頬を膨らませるものの、それで事態が打開できる訳でもない。
今こそ、と踏ん切りをつけて行動に移そうとするも、なかなか上手くいかない。
それでも許可を出したのは自分だと、彼は意を決した。
『マスター!』
ばさ、と翼を広げる。
漸く振り返った彼のマスターの顔に貼りつくと、そのまま視界を奪った。
彼のまつ毛の動きがくすぐったいがスターダストは離れない。
「スターダスト…?」
『…マスターは、もう少し休めばいいんだ』
ぽつりとこぼす自分のモンスターに遊星は戸惑う。そっと手を彼の頭に乗せて撫でてやると、そこで星屑は離れた。
『もう少し休んで、私達と遊べばいいんだ』
拗ねたような、寂しいような。
照れか恥ずかしさからか今主人を覆った翼で自分の顔を隠すと、そのまま遊星に背を向ける。
遊星は遊星で、スターダストがこういうことをするとは思っていなかったため、こみあげてくる嬉しさと可愛さを隠すために口を手で覆った。
「…寂しかったのか?」
それでも声色は隠せない。
確実に悟られそうな声でそう聞くが、スターダストは何も言わなかった。
後ろを向いたまま一度だけ頷く。
「…そうか」
『我儘いってごめんなさい、マスター…』
「いや、構わない」
そっと彼を抱いて椅子に座る。
そのまま撫でていってやると、ふと思いついたように口を開いた。
「…そういえば、どうしてああいうことをしようと思ったんだ?」
優しい声で、責められている訳ではないと龍は悟る。
少し考えて彼は遊星にもたれつつ答えることにした。
躊躇いは、消えなかったが。
『え、ええと…実は…』




ひゅう、と飛んでいった先には本を読んでいる主人の姿。
コーヒーを飲みながらページをめくる彼を視界に入れたレッドは、飛んでいる勢いのまま本を奪った。
「っな!?」
『ご主人、遊んでよ』
「ええい返せ!」
ジャックの手をひらりひらりとかわしていくレッドには返す気配はない。
段々馬鹿らしくなってきたジャックは、ソファに腰をどっしりと押し付けた。
妨害がなくなったモンスターはつまらなさそうに主人の周りを旋回する。
『もうおしまい?つまんないー』
「うるさい」
さすがに今口に運んでいるコーヒーを奪う訳にはいかない。
レッドはそれでもジャックから目を離さなくて、何かを要求し続けた。
いい加減その視線がうっとうしくて、ジャックはカップを置く。
「…なんだ」
『外いい天気だしさあ、お散歩しようよ!』
「…」
黙りこくった彼は目を窓に向ける。
そこには確かに雲一つなく、晴天が広がっていた。
はあ、と溜息を吐いたジャックは立ち上がり、レッドを肩に乗せる。
「そうだな、たまには行くとするか」
『やったあ!ご主人話分かるじゃん!』
「行くは行くが、お前は大人しくしていろ」
『分かってるって』
これは分かってないな、とジャックは思いながらも口にはしない。
クロウに「金をあまり使うなよ」と釘を刺されながらも、彼は玄関を開けて外に足を踏み出した。


はずだったのだが。
足は地についていない。
どういうことかと思って振り向くと、そこには大きくなったレッドが自分を抱えていた。
「…何をしている」
『え?何って、散歩だけど?』
「何故散歩でお前に抱えられる必要がある」
『散歩って絶対歩かなきゃいけない訳じゃないでしょ?なら何も問題はないじゃん?』
「ないわけあるか!ちょ、降ろせぇええ!」
『これならお金使おうと思っても使えないし一石二鳥じゃーん』
ぐんぐん高度をあげて行く。
ネオ童実野シティが一望できる高さまで飛んでいくと、レッドはその場でぐるりと一周した。
『どう?気持ちいいでしょ』
「ふん、まあまあだな」
『でしょー』
どうやらレッドは主人が傍にいればなんでもいいらしい。
彼の無碍な返答にもめげず、龍は旧サテライト地域に飛んでいった。
「…で、何故またこういうことをしでかしたのか聞かせてもらおうか」
『……何、ご主人。どういうことなのさ』
「とぼけるな、お前のことだ、何かあるのだろう」
『何それ俺様信用ないの!?』
「ない訳ではないが…お前はいつも突拍子のないことをする」
『…怒らない?』
「場合による」
『じゃあ言わない』
「言わない場合は場合によらず怒る」
『俺様八方塞がりじゃん!……えー…実はねー…』




「イタズラ、ねえ…」
「イタズラとはな」
「イタズラだと…!?」
ポッポタイムのリビングに集められた3体の龍はそれぞれ主人の前で小さくなる。
リューナと遊星の表情は柔らかいが、ジャックのそれには呆れが混じっている。
『いいじゃん、たまには』
『レッドは黙っていてくれ』
『…』
しかし理由が理由の為主人たちは安易に怒る訳にはいかない。
ああもう、とリューナがグングニールを肩に乗せると、素直に言えばいいのに、と言って彼を撫でた。
それに続いて遊星もスターダストを肩に招く。
「傍にいると気付いて欲しい、か…」
『…』
「気付くも何も、もうお前達がいることが当たり前になっている。そんな心配は無用だ」
『マスター…!』
「そうよ、グングニール。これからも私の傍に」
『御意』
ジャックはジャックでレッドに手を差し伸べるが、彼は手に乗っただけだった。
肩に乗ったら棘が刺さるじゃんとのことだったが、その発言にリューナは笑いそうになるが堪える。
本人達には気付かれていないようだが、肩のグングニールは首を傾げていた。
「イタズラするのはいいけど、口で言って済むことならそうしなさい」
気を取り直して彼女は告げる。
遊星も異論はないようで、スターダストを撫でつつ頷いた。

『…でもご主人、口で言って飛ばせてくれた?』
「…と思うのか?」
変わらずジャックの態度は冷たい。
彼の手から飛び立ったレッドは気にしていないようで、『だよねー』と言って主人の背を押した。
ぐいぐい遠慮ないそれに逆らわず、させたいようにさせていくと玄関にたどり着く。
『口で言って済まないならイタズラしてもいいってことだよね!』
「え、違うわ、そういうつもりじゃ…」
リューナは止めるが、レッドは先程と同じようにジャックを抱える。
2、3羽ばたいたかと思うと、そのまま虚空へと舞い上がった。
「こらああああ!」とジャックが叫ぶ声が聞こえるが、それもやがて聞こえなくなる。
「大丈夫かしら」
『…レッドが主人に危害を加えるとは思えんが』
『私もそう思う』
「…なら大丈夫だろう」
部屋に戻る遊星の後をスターダストはついて飛ぶ。
その後ろを一度振り返ったリューナとグングニールもつくが、ジャックとレッドが帰って来たのは夜更けてからだった。


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モンスターは可愛い。
可愛いは正義。
モンスターは正義。証明終了。

というだけの話。
イタズラの内容が幼稚だけど気にしない。





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