日吉と滝 | ナノ
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 ふ、と手の上が軽くなった感覚がして、咄嗟に伸ばした手は空を切った。


「げっ…!」


 ガシャン、と高い音を立てて陶器が砕け散って、その数秒後、珍しく目を丸くした滝さんがひょこりとカウンターから顔を出した。


「あーあ、やっちゃったねー」

「…わかってますよ」


 割れた皿を見て言われた言葉に、むすりと顔が歪むのを抑えられない。


「しかたないなぁ。掃除機持っておいでよ、だいたい片付けておくから」

「…すみません」


 流石に自分の家の物を滝さんに持って来させるわけにはいかない。申し訳ないが、俺以上に家の手伝いをしている人だからなんとかしてくれるだろう。そう思いつつ、やたら長い廊下を走らないように気をつけた。





「持って来ました」


 床にかがんだ後ろ姿に声を掛けると、びくりと肩が震えたのとほぼ同時、「いっ、」という声が聞こえた。


「滝さん?」

「やっちゃった…」


 ベタだなぁ、と言いながらひらりと振った、その右手には赤い血が浮いている。


「手当て…!」

「あー、いいから、先に掃除機かけてよ。それからやって」

「……わかりました。すみません」


 スイッチを入れるとチリチリと内部で細かい陶器片のはじける音がする。吸い残しがあると危ないから丁寧に掃除機をかけてから振り向くと、その辺にしまってあったらしい救急箱をテーブルに置いた滝さんが座って待っていた。


「はいよろしくー」

「わかりました」


 すとりと足元にしゃがんで、その手をとる。傷口は洗い流してきたらしい。掴んだ指先だけひんやりとしている。それなりに深かったのか、待っている間にも赤色が滲み出している。ひどい罪悪感に、顔があげられない。


「…すみません、待たせた上に怪我までさせてしまって」

「いや、別にいいけどね」


 そう言うわりに声には不満げな響きが含まれていて、自分の不甲斐なさに唇を噛み締めながら絆創膏を巻く。するとそれとは逆の手でペシペシと軽く頬を叩かれて、顔を上げるように促される。


「それよりさ、」

「はい?」

「日吉さっきからすみませんばっかり言ってるよね。おっかしーの」

「え、ああ…」


 言われてみれば確かにそうだ。つまりそれほど彼に迷惑をかけたというわけか。なんだか申し訳なさが増してきて、らしくなく再び頭を下げようとすれば、その直前にペシリと頭を叩かれて未遂に終わる。


「ま、いいか」

「え?」

「手当て、ありがと。日吉?」


 にこり、意味ありげに微笑まれて。促すようにかわいらしく首を傾げられたけど。





日吉若には言えない台詞
(待っててくれてありがとう、とか)(言うべきなんだろうか)




河童さんへ