幸村 | ナノ
「おはよう、藤村」
「ああ、おはよう。今日は随分ご機嫌麗しいね、幸村」
「え、わかった?うれしいなぁ、愛ゆえだね」
「多分誰でもわかるよ」
冷たいなぁ、と言いながら笑みを崩さないのは隣の席の幸村精市だ。顔良し頭良し性格良し、の割と完璧に近い好人物だがいかんせんおふざけが過ぎることがあるのが玉に瑕だ。だが人間は順応する生き物である。今では彼のからかいにいちいち顔を赤くしていた頃が懐かしい。
「で?何があったの?」
「何があったっていうか、これからあるっていう方が正しいかな?」
「ふーん」
まあ今日何かあるのは間違いない。バレンタインは終わってホワイトデーはちょっと先の微妙な時期にも関わらず朝から女の子は騒がしいし、彼はいつもより荷物が多い。ということは、
「今日、俺の誕生日なんだ」
「…へぇ、そっか。おめでとう」
まさかの自己申告に度肝を抜かれた。あれ、なんかキャラ違くないか。なんというか、すごく丸井に似てる。お菓子をせがむ丸井に。
…いやいやそれは気のせいだ。みんなのアイドル・幸村精市がそんな強欲なはずないだろう。ああ幸村、失礼なこと考えてごめんね―――。
「プレゼント、くれるよね」
「ごめん私金欠なんだ」
コンマ0.1秒を心掛けた。裏切りの代償としては安いもんだ。さっきの私の謝罪を返していただきたい。
「え〜、くれないの?」
「残念ながらね」
「じゃあ愛でもいいよ」
「真田の愛のムチという名の裏拳をもらってくればいいんじゃないかな」
「やだよあれ痛いもの」
ねぇだからちょうだいよ、と心なしか詰め寄られる距離は一体なんだ。そのいつもは持っていない紙袋に詰められた色とりどりのプレゼントらしきものはなんだ。まだ足りないのかお前しかもまだ増えるんだろう。これ以上私から一体何を搾り取るつもりだ。
「日直、あいさつー」
ああやっと幸村から解放される。
*
今日の幸村はとかくうざい。休み時間のたびに絡んできて、いつもならありえないことに授業中が癒しの時間と成り果てた。
というわけで、午後の安らぎと金欠を天秤にかけた結果、安らぎが勝った私は購買に向かった。
ぽんぽんと手の上でイチゴミルクのブリックパックを弄ぶ。ブリックパックっていつも割高な気がして買わないんだが、今日はしかたない。そもそも飲むのは私じゃないし、缶ジュースより見栄えはいいだろう。敢えてのイチゴミルクチョイスの理由は似合わなそうだから。このくらいの嫌がらせは許せ。
ガラッ、と思いっきり扉を開けても視線は集まらない。重畳重畳。基本的に我が道をゆく奴らが多いクラスメートは今日も優秀で………ないのが約一名。
「あ、おかえり藤村。はやくはやく」
キラキラした視線になぜかやる気が失せる。ぶっちゃけ心折れそうだ。
「幸村……、真田達のとこ行かないの?」
「今日は藤村と食べるんだよ。あ、誘いに来た子には言っといたから」
「へー…」
そうなんだ知らなかったな。別に一緒に昼食べるのは今日くらいかまわんが、キラキラに耐えられそうにない。おそらく渡せばおさまるだろう。もったいぶらず早く渡そう。
「はい」
コトン、と幸村の机にピンク色を置いて、さっさと自分の鞄に向き直る。ミッションコンプリート。私は弁当を食べる。
「…え?」
「誕生日プレゼントだよ。安物で悪いけど朝も言ったけど金欠だから。まあ気持ちってことで」
「…………」
おいおい無反応?いくら気に入らないからって流石にひどくないか、と横を向いた私は、信じられないものを見た。
「あり、がと…」
ふんわりと頬を染めて、少しうつむきがちに、でもすごくうれしそうに、たかがジュース(しかもイチゴミルク)を見つめて笑って。
え、ちょっとまって、何その反応。
もちろん狙ってるんですよね?
(やばい)(ちょっとときめいた)
神の掌で煌めいて様に提出