抱かれ方しか知らないくせに
細い背中だった。少女としか表現しようのないような、自分とは比べるべくもない、守られるしか存在方法のない背中だった。
*
オルレアンでの残党狩り。いつものことだった。気は進まないが仕方がない。七つの特異点を修正し、世界が完全に元に戻るまでは、復元させた特異点も定期的に見回らなければならないのだという。この間はひさしぶりに冬木に行ったし、その前はロンドンだった。
「進行方向に魔力反応がある。これは……、ドラゴンだな。複数体。」
「おっけー。じゃあ、キャスターたちは隠れててね」
「おう。わかってら」
心配性だな、と思いながら他の控えの面々とともに霊体化する。マスターが冬木を攻略した直後に召喚された自分は、初期に来ただけあってマスターたる少女にも重用され、今となってはかなり強さも取り戻した。いくら相性があるとはいえ今更オルレアンのドラゴンごときに遅れはとらないが、マスターの意向とあらば仕方がない。適材適所というやつだ。生き生きとドラゴンを狩るハサンや荊軻を眺めていると、ふとマスターが意識を逸らしたのに気付いた。
(―――珍しい)
当たり前だが、彼女が戦闘中に目線を逸らすことはほとんどない。見るに堪えない場面であろうと、炎の中心のような大きな瞳は、常に自分たちサーヴァントに向いている。だからこそ、そんなマスターが戦闘中に意識を逸らすとは何事かと、その視線の先を追った。
と、同時に。
「あぶない!」
よく通るメゾソプラノが、鋭く叫ぶ声がした。慌てて見やれば、マスターはすでに動き出している。向かう先は自分が一瞬目を向けた先、迷いこんだのかぽつりと佇むこの時代の少年、それに襲いかかる、ドラゴンの鋭い爪!
「っのバカ……!」
慌てて霊体化を解いて、見知らぬ少年を庇う白い背中に覆いかぶさる。矢避けの加護は間に合わない。まともにダメージを食らって、思わず呻いた。
「キャスター!」
「っ…!オルタ!」
「心得た」
いつの間にかドラゴンの後ろに忍び寄っていたアルトリア・オルタが、ドラゴンを一刀の元に伏した。さらさらと崩れさるドラゴンにふうと息を吐いて、痛みに顔をしかめた。
「キミ、怪我はない?」
メゾソプラノが、そう問いかける声がした。相手はキャスターではなく、未だ瞳におびえが残る少年だ。ちらり、目をやれば、少年はキャスターを見、そしてよそいき用の、やさしげな笑みを浮かべたマスターを見て、真っ青に顔を染めた。
「ばけもの……!」
彼女の腕から飛びのいた少年は、そう言うとおもむろに小石を投げた。とっさのことに庇うすべもなかったそれは、正確にやわらかな頬をとらえる。細かい面が擦れたのだろう、小さないくつもの擦り傷から、たらりと細く赤がこぼれた。
「ってめえ!」
「キャスター、やめて!」
衝動的にルーンを描きかけるキャスターに、制止の声が重なる。ぴたりと指が止まった隙に、少年はくるりと踵を返して走り去った。
「マスター、大丈夫か」
「魔術師殿、治療を」
「大丈夫だよ、ありがとう荊軻、ハサン。でも、私の前にキャスターの治療!」
そう言うと、口をはさむ隙もなく、応急処置として魔力を注がれる。あとはベースキャンプに戻り、本格的に治療をされれば問題はないだろう。
「おい、あんたはいいのか」
「あたしは戻ってドクターに絆創膏でも貼ってもらうよ。平気平気。それよりごめんね、キャスター。庇わせちゃって」
「あー……」
本当は説教をしようと思っていたのだ。無茶はするなと。彼女は生身の人間で、傷を負ってもはい元通りとはいかないし、替えの人間はいない、ただ一人のマスターなのだ。だからもっと自分の身を大事にしろと、そう言おうと思っていた。
だけど、申し訳なさそうな半笑いの表情からは、隠そうとしているのだろう深い後悔がうかがえた。そんなことは、きっと誰よりも理解しているのだ、この少女は。理解して、少女を守るためならば自らの身を投げ出す者が何人もいることを理解して、それでも身体が動いてしまったのだろう。そんな少女に、追い打ちを掛けるように、わかっていることを責め立てるほど、キャスターは鬼にはなれなかった。
「まあ、いいよ、今回は。次はないけどな」
「……ありがと、キャスター」
へにゃりと、気の抜けたように笑ってから、彼女は切り替えたように立ちあがった。ベースキャンプに移動するから準備してと、他の面々をてきぱきと促す。
ドロップ品の回収に移るサーヴァントから目を逸らして、ふと彼女は遠くを見つめた。なにかあるのか、と思いかけて、それが先ほど少年が去った方向であると思い至る。
細い背中だった。少女としか表現しようのないような、自分とは比べるべくもない、守られるしか存在方法のない背中だった。
勝手に背負うんじゃないとは、流石に英雄たるクー・フーリンから言えたことではなかった。
英雄ってのは結局自分勝手なもんなんだ、って話。古代人特有の女に抱かれる価値しかないと見なす価値観が割と好きなんですけどニキにそれは反映されるのかなっていうのは微妙。と思いつつ。