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「#エロ」のBL小説を読む
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 久々の長期オフで、実家に帰るついでに、越前はふらふらと繁華街を歩いていた。この辺はすぐ町並みが変わる。中学の三年間、この町にいた頃に立ち寄った店なんて、もうほとんど残っちゃいない。帰国する度にそれに一抹の寂しさを覚える。たった三年間しかいなかったのに、おかしなものだ。しかし、それほどに、あの三年間は濃かったのだ。先輩のこともあるけれど、なにより、唯一無二のライバルが、ずっと西で笑っていた。あいつと試合をするために全国に進んでいたようなものだった。もうずっと連絡は取っていない。そもそも、無精な自分は向こうから連絡を取ってくるようなまめな相手でもない限り現在の消息など自分が知っているはずもない。そして、あいつは実際、まめなどと言う言葉と真逆の位置にいるような男だった。だから、あいつと連絡が取れていなくてもなにも不思議はない。そう思いながらも、久しぶりに来た日本で、感傷めいた物思いに耽ってしまったせいか、久しぶりにあいつと会うのも悪くはないと思ってしまった。きっと、白石さんあたりに聞けばわかるだろう。「まめ」な方の人間であるあいつが在籍していた学校の元部長を思い描きながら、ふと、反対側の歩道に目を向けた。
 意識などしているはずもない。ただ、目を向けただけ。けれど、もしかしたらこのときの俺の瞳は、その瞬間、運命の女神に支配されていたのかもしれない。どんな女神かって?そりゃあ当然、

 忘れもしない、中一の全国大会。そこで、俺と遠山の運命に、ほんの少しいたずらを加えた、底意地の悪い女神様に決まっている。


「ーーー遠山!」


 なぜ、あの翻る赤髪が、ここにあるのだろう。あいつに似合うのは、ほんの数度だけしか行ったことのない、けれど懐かしさを感じてしまう、勢いのいいあの町が、なにより似合うというのに。
 でも、なぜいるか、なんて答えは聞かずともわかるのだろう。それが俺には恐ろしかった。なぜなら、あの赤髪が、この町にとけ込んで、何の違和感も抱かせなかったから。
 なぜ、なんて、自ずと知れるのだ。
 あいつはきっともう、あの町にいることこそ、違和感を抱かせる。
 
 きれいに筋肉のついた長身の、肩甲骨のあたりまで伸びた赤髪が翻る。俺に視線を合わせた瞬間、ぱあ、と太陽のように笑う、変わらない笑顔が逆に恐ろしかった。


「コシマエ!」



 *



「久しぶりやなあ、コシマエ!!こないなところでなにしとるん?」

「いや、ふつうに里帰りだけど。」


 灼熱の太陽のような、ひとかけらのかげりもないような笑顔は変わっておらず、それが逆に変わってしまった遠山の外見と相まって違和感を生み出していた。だけど、その変わらない笑顔だけで、自分たちが中学の頃のように会話をしてしまうのだから不思議なものだった。
 肩を越す明るい髪は変わっていない。けれど、昔は同じ高さだった大きな目はずいぶんと上に行ってしまい、今でも時折会う手塚さんよりも背が高いだろう。もう張り合う気すら起きなくなった長身が纏うのは、まるでホストのような、柄物のシャツに細身のジャケット、そして派手なアクセサリーだった。


「コシマエ、プロになったんやっけ?どこいっとったん?」

「イギリスだけど……テレビとかでやってたよ。」

「ああ、すまんなあ。わい、テレビみんのや。」

「へえ。」


 まあ、遠山はニュースなんか見ないだろう、と無理矢理自分を納得させた。他の理由を考えるのが恐ろしかった。
 遠山はなにやってたの、とは聞けなかった。聞けば、遠山は何のためらいもなく答えてくれただろう。けれど、この背丈と同じように、いやそれ以上に開いてしまった自分と遠山の距離を、感じたくはなかった。


 テニスをしよう、という流れになったのは、自分たちの間では当然のことだろう。自分の拠点の一つとしている日本なのだから俺の名前で登録してあるクラブくらいは当然あって、、連絡すればすぐにコートをあけてくれるとのことだった。
 俺は習慣のようにラケットバックを持ち歩いていたが、遠山はもちろん持っていなかった。ラケットあるの、と聞けば、こっちには持ってきてへんなあ、と何でもないように笑った。


「こっち、って東京?」

「実家においてきとんねん。最初はもってきとったんやけど、女が邪魔やて怒るから、しゃあないねん。」

「女、って。」

「初めてわいを拾った女やったかなあ。あいつの部屋に住んどったんやけど、まあ金あらへんし、こっちで使うことなんてあらへんし、実家に送ったんや。」


 やから、ラケット貸してなあ、と笑う、けど俺はそれになにも返せなかった。傲慢かも知れないけれど、俺の唯一のライバルが、そんな生き方をしているなんて、信じたくなかったのだ。
 道はどこで分かたれたのだろう。中学の時、最後の全国大会、その後。当然のように俺は海を渡ってプロデビューをしたけれど、遠山はその後、持て余すその才能をどうしたのだろう。
 行かんで、珍しく眉を歪めていたことを思い出す。暗黙の了解のようになっていた俺の卒業後のデビューの話を初めてしたとき、遠山はひどく驚いた顔をして、その後それを、泣きそうに歪めた。お前ってほんとにそういうの鈍いよね、とからかっても、その表情は変わることはなくて、逆に困ってしまったものだった。
 わいもプロになる!なんて、言うと思った、と苦笑したものだった。そして、その場で、お前には無理だよ、といった。選手同士のいじめ、スポンサー獲得競争、プロというのはテニスだけやっていればいいものではないのだ。あの破天荒なおやじですらそこである程度丸くならざるを得なかったというのだから、遠山がそこで生活できるはずもない。
 なにより、変わってほしくなかったのだ。プロテニス界という、汚い世界なんか見ずに、ただテニスが好きなだけ、遠山の好きなようにテニスをやれる世界に、ずっといてほしかっただけだった。今から思えば考えが浅かったと思う。いずれは大人になるしかないこの世で、遠山の好きなようにずっとテニスをやれるなんてこと、あるわけがなかった。大人になったときのことを考えようとしなかったなんて、馬鹿以外の何者でもない。
 その報いなのかも知れない。傲慢なことは百も承知だった。遠山はこの生活に満足しているのかも知れない。けれど、俺は遠山に、こんな女に頼るしかないような生活なんてしてほしくなかった。こんな、女に縋って、女に従って、ラケットを捨てざるをを得ないような生活なんて。
 もし、あのとき。
 一緒にプロになろう、といっていたら、何か変わったのだろうか。
 考えても詮無いことだなんて、承知していた。


 *


「着いたよ。」

「おお、テニスやるんひさびさやー!楽しみやなあ!腕がなるでー!!」


 ばたばたとコートに入っていった遠山に、自然と視線が集まる。その視線は、不信感が含まれているものが大半だ。それはそうだろう。ホストのような格好をして、ラケット片手に大声でコートに入っていくなんて、注目を集めるに決まっている。それをぐるりと人睨みして、遠山に続いてコートに入る。


「which?」

「laugh!」


 声にうなずいてラケットを回せば、カラン、と音を立ててラケットが転がる。


「遠山、だね。」

「手加減せんでー!」


 ばさり、ジャケットを脱ぎ捨てて腕まくりする遠山に、中学時代のように挑発的に笑う。そうすればそいつは、あのころと変わらない、ぎらぎらとした獣の目で笑うのだ。



 *



「っかー!6ー7か!悔しいわ!」

「まだまだだね。」


 はあ、と深呼吸するように熱い吐息を逃しながら言えば、その科白久々やなあ、とくしゃりと笑う。
 ぎりぎりだった。本当に。
 全力を出して、それでも少しでも気を抜けば一瞬ですべて持って行かれただろう。あり得ないほどの重い球と、追いつけないほどの瞬発力。最後に競り勝ったのは、運と経験の差だろう。

 恐れていたことは、現実にはならなかったはずだった。
 恐れていたのは、遠山の実力が、あの頃の見る影もないほどに、無惨になっていること。どれくらいか知らないがテニスから離れて、ラケットも握らず、平日の昼間に町中をふらふらと歩いているような有様なら、もしや、と。
 けれど、それは杞憂で。今も、世界ランク上位に間違いなく入る自分を相手に互角に戦った。
 それに、自分は喜べると思っていたのに。


「……っなんで、」

「コシマエ?どないしたん?」


 何で、それほどの才能が。
 それほどの才能を持ちながら、のうのうとテニスを捨て、女に従って生きていけるのか。

 何で、その才能は今、埋められようとしているのか。


 もし、あのとき、一緒に海を渡っていたら。
 あのとき、無理だなんて言わなかったら。

 もし、俺ら二人が、出会っていなかったら。

 こんな悲しくて、むなしくて、胸に鉛を落とし込まれたような思いなんてしなくてすんだんじゃないか、なんて。考えても意味のない、ifの話。
 傲慢なんて承知の上で、それでも巡るのは、今の派手なスーツを着た遠山のこと。
 後悔なんてしていないんだろう。その生活で、お前はお前なりに満たされているんだろう。それでも、俺は。

 かの女神がせせら笑う声が、どこかで聞こえた気がした。




 だから運命に抗わなければよかったんだ、と誰かが言った。
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