だんだん季節が真夏に近づいていくにつれ、会計室に向かう足取りが重くなるのは仕方のないことだと思う。別に処理しなくてはいけない書類が増えたとか、他の委員会が予算を奪いにきたとかそういうことではない。ただ最近になって経験した蒸し風呂みたいな会計室の暑さは、自然と団蔵の足取りを重くさせてしまっていた。
(…会計室、クーラーも扇風機もないからなぁ)
例えば作法委員会はクーラーが設置された素晴らしい環境の中で悠々と会議や作業をしているし、用具委員会も古い扇風機はあるという。他の委員会も似たようなもので、初夏の気候をしのげるように扇風機ぐらいは置いてあるのに、会計委員会にはそれがない。それというもの委員長の文次郎が「暑さに耐えることも鍛錬の一つ! 委員会中にクーラーや扇風機などいらん!」と団蔵にとってはこの季節神に近い扇風機を全否定したからである。おかげで会計委員は時には汗だくになりながら書類を処理しなくてはいけなくなってしまった。そう、まさに今日みたいな太陽の輝く日は汗だくになりながら書類を処理しなくてはいけない日なのである。嫌だと訴える体に鞭を打ち、団蔵はようやくのろのろと会計室にたどり着くと、蒸し風呂状態であろう会計室の扉を開けた。
「失礼しまーす…あれ?」
そこには誰の姿も無く、会計室の書類がかさりと風で動いただけだった。団蔵が会計室に入るときに、必ずいる委員長の姿さえ見当たらない。ただ鞄が置いてあるのをみると、一度は会計室を訪れたらしい。安藤先生にでも呼ばれたのかな。団蔵は首をひねりながらも荷物を置き、窓際に駆け寄って大きく伸びをした。外には憎たらしいほどの青空が広がり、吹き付ける風も爽やかさはいまひとつ感じられない。それでも時折強く吹く風は、天然の扇風機になる。そうしてしばらくの間風を感じていると、がらりと戸が開いた。振り向くと、そこには委員長が何かを抱えながら立っていた。
「団蔵か?」
「し、潮江先輩!」
慌てて窓枠から離れ、敬礼でもするように姿勢を正す。その様子に文次郎は少しだけ顔をしかめながら、会計室に足を踏み入れた。
「そんなに怯えんでもいい」
「す、すみません。ちょっとぼぉとしててびっくりしたんです」
そう言って軽く頭を下げると、首筋に何か冷たい物が触れる。思わずひゃあと悲鳴をあげると、文次郎が笑ったような気がした。
「な、なんですかこれ?」
「見れば分かるだろうが。ペットボトルだ」
やる。そう言って、団蔵の手にサイダーが渡される。冷たい感覚が、手から伝わり気持ちいい。喉も渇いているし、早く飲みたいと喉が叫ぶ。それでもまずお金を渡さなければ、と団蔵はポケットに幾らか入っている小銭を探った。
「あのお金…」
探りながら聞くと、ぎろりと睨まれる。文次郎は残りのペットボトルを机に置くと、顔をそむけながら言った。
「…それは俺の奢りだ」
「えぇ!?」
確かに先ほど文次郎が置いたペットボトルの数は3つで、団蔵と文次郎を抜いた残りの会計委員の数だ。それでも団蔵は、文次郎の奢りということが、いや何かを貰ったことが信じられなくてじっとペットボトルを見つめる。喉もからからだし暑いし、早く飲みたい。でも、はじめて文次郎から貰ったものを簡単になくすのはなんだか勿体なくてなかなかフタを開けられなかった。こんなことを言えばきっと文次郎は呆れるのだろうけれど。彼から貰えば、サイダーだって特別なものになってしまうのだ。
「…団蔵?」
「は、はい! すみませんありがとうございます、今すぐ飲みます!」
慌ててフタを開けると、ぷしゅという炭酸独特の音と泡が上がる。それを喉に流し込めば、今まで飲んだ中で一番美味しい特別なサイダーの味がした。
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企画きっかけで知り合いました水無月さんのサイトのフリリクに参加して図々しくも書いていただきましたよ!
もう文章がね、なんだろ、綺麗っていうか、すっとして整ってる、のかな?とにかく素敵で一目惚れしてうざ絡みしてます(笑)水無月さんごめんなさい。でもこれからもちょくちょく絡ませていただきたいと思います◎