▼ my dear color
太陽が十分昇りきってるのを確認して階段を降りれば、こんな時間に見ることはまずない枯れ色が台所に立っていた。
「…なにやっとん、クーちゃん」
「まずおはよう、やろ。もう10時やで、夏休みやからていつまで寝てるん」
「ええやろ休みなんやから!…やなくて、部活は?」
「今日は流石に休みや。オカンは買い物行っとるし、あと友香里だけやで。はよ朝メシ食べや、片付かんやろ」
言いながらみそ汁の入った鍋の火をつけて、冷蔵庫から牛乳とボトルコーヒーを出す。それをぼんやりと眺めていると、「何やっとるの」と声が飛んだ。
「はよ座り。すぐできるさかい、ラップ外しといてや」
「はぁーい」
寝起きでまだ重い体を椅子に落とせば、ラップを開ける間もなくご飯とみそ汁と牛乳が目の前に置かれた。
アイスコーヒーを持って友香里の向かいに座り、そのまま新聞を開く蔵ノ介は既に髪も服装も完璧に整っている。おそらく朝降りてきた時にはもうその状態だっただろう。髪はボサボサ、パジャマのままの友香里とは大違いだった。
「クーちゃん今日どっか行くん?」
「別に?今日は誰とも約束してへんし」
「せやったら…」
もう少し、家にいるらしい恰好をすればいいのに。
そんなこと、言ったところで無駄にしかならないから、言わないけれど。
以前、テニス部副部長の小石川が、部活の何やらが足りないと言って突然家に来たことがあった。蔵ノ介が部屋にその書類を取りに行っている間、小石川はわずかに苦笑して、「やっぱり白石は家でも隙がないんやな」と呟いた。
そう、隙がない。まさしくその通りだ。
『パーフェクトテニス』と呼ばれていることは知っているけれど、なにも私生活まで完璧にしなくたっていいのに、と思う。思うだけで、言ったことはない。彼を、困らせたくはないのだ。
元々の要領の良さもあるけど、蔵ノ介が完璧であろうとすることは彼にとってもはや呼吸と同じだ。
寂しいから家でくらい隙を見せてくれなんて、言えるわけないのだ。
「友香里?」
「え?」
「食べ終わったんなら片付けるで?」
新聞を閉じながら首を傾げるその、枯れ色が濡れているのを最後に見たのはどれくらい前だろう。
風呂上がりは動くのが怠くてしばらく髪が濡れたままぼんやりしていることが多い友香里と違い、蔵ノ介はすぐにドライヤーを使って完全に乾かしてから友香里たちの前に姿をあらわす。
薄い枯れ色のその髪は、濡れると少し濃いミルクティー色になる。自分には持ち得ないその色が、友香里は昔から大好きだった。
小さいときにはよく見ていたその色は、今はほとんど見れなくなってしまったのだけれど。
ちらりと見れば、いつも通り乱れのない枯れ色は台所で動き回っている。あんなことを思い出してしまったせいか、無性にあのミルクティー色が見たい。幸い今日は自分もなにも予定はない。とくれば――、
「クーちゃん!プール行くでプール!!」
「は?何言うとんいきなり」
「ええから!暇なんやろ?!」
「まあせやけど…」
「ほんなら行くで!」
わかったわかった、と苦笑する蔵ノ介に、やったぁと思わず跳びはねる。
ほんならはよ着替えしてきぃや、と言いながら手を拭く蔵ノ介に、絶対ね!と言って階段を駆け上がる。
寂しくなんてない。兄だからみっともないとこ見せられないと思ってることなんて知ってる。それが寂しいんだけど、その分甘やかしてもらってることも知っているから、寂しくなんてない。だから完璧じゃなくていいなんて間違っても言わないから。
せめて、見せて欲しいの。
my dear color
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