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▼ スピカだから恋をするのだ

 ふぁ、と欠伸をして、そのまま机に突っ伏した。教科書は頬にくっついてべたべたするから机の上にはノートのみだ。
 数学は嫌いではない。しかし、いまやっている単元は少し苦手で、その上昨日の寝不足が祟ったのかやたら眠い。
 こんなんだったら最初からしかるべきサボり場所に行くべきだった。いやでもこの間サボりすぎて幸村君に怒られたばっかだし。
 まあ今更こんなこと考えても仕方ない。次は体育だからそれまでの我慢だ、などと思いながらまぶしい日の光とは反対側に顔を動かすと、横一列に並んだクラスメートの机が見えた。

(おお、新世界)

 ズラ、と並んだ机の上ではいろんな大きさの手が自由に動き回っている。せかせかとノートをとるために動き回る手、眠いのか手に力が入っておらず今にもシャーペンを落としそうな手。そのなかで、

(あ、仁王だ。)

 一直線に並んでいるため隣の生徒に被って顔は見えないが、あの手は仁王だと、妙に確信できた。日焼けはしない体質だと言っていた、隣に座る女子よりも白いそして自分より一回りも大きい。予習を済ませてあったのか、余り動かず、時折サラサラとノートに書き付けるその手は、自分の赤髪をくしゃりとつぶしたり、ラケットをくるくると回す、きれいな手。その手が、その手で触れられることは実は嫌いじゃない。なんだかあたたかくてきもちよくて、ひどく安心する。

 すきだなぁ。

 ぽつり、自分の唇がかたどった言葉を自覚した途端、ぼんやりとした気分が一気に吹っ飛んだ。

(ってちがうだろぃ?!)

 もしかしたらあの手は仁王ではないのかもしれない、いやそうに違いない。仁王の席は女子二人挟んだ隣だからあの辺であってるはずだとかそんなことは関係ない。とにかくあれは仁王の手ではないと思わないと
――――――この顔のほてりがおさまりそうにない。
(寝る!俺は眠いんだ!)
 無理矢理顔を背けて、薄暗い腕の中で目を閉じれば、ゆっくりと睡魔が侵入してきた。






「ブーンちゃん」


 くしゃ、と太陽光で少し熱くなった髪をつぶされるいつもの感覚で、目がさめた。


「あ?におー?」

「もう授業終わったぜよ」


 まだ眠いんか?とひらひら目の前で振られる手をじっと凝視して、はぁ、とため息をつく。


「やっぱり仁王だったのかよぃ」

「何じゃいきなり。人の顔見てため息なんぞ吐きよって」

「なんでもない!」


 着替え行くぞ!と慌てたように席を立ったブン太の耳がわずかに赤いのに首を傾げた仁王は、まあいいかと、先を行く自分より小さな手を追いかけた。



スピカだから恋をするのだ




title by まばたき

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