▼ さそわれたのは赤い蜂
「キイチゴのね、ジャムを作ったんだ」
いいでしょう、と首をかしげる幸村の手元のサンドイッチには、確かに赤紫色をしたジャムが挟まっている。
「うまそうだな」
「真田もいる?」
「いや、俺は、」
「はいあーん」
返事に開いたはずの口に柔らかいパンをひとかけ放りこまれ、仕方なく咀嚼する。都合よく人の話を聞かないことなどいつものことだ。それこそ、出会った瞬間、その存在そのものにとらわれたときから。
「…甘い」
「そりゃあそうだよ。あんだけ砂糖入れたんだから」
「砂糖?」
なぜわざわざそんなものを、と言いかけたところで、自分がそのジャムの作り方を知らないことに気づく。あまり好んで食べることはないし、家にあったとしても市販品だ。作り方など考えたこともなかった。
「そう。鍋いっぱいにキイチゴ入れて、たくさんの砂糖入れて、隠し味にレモンとか入れて、それで火にかけながらまぜるの。大変なんだよ」
大変、という言葉のわりにそこに浮かぶのは楽しげな笑みだ。そんなにジャム作りは楽しかったのか、それとも別の要因か。
「それでね、俺すごいこと発見しちゃった」
「ほう」
相槌を打ちながら膝の上に置かれた弁当を食べ進める。使っている箸は、以前修学旅行で沖縄に行ったときに幸村が買わせた少し派手ながらおそろいの箸だ。自分が面白がって買わせたくせにいざ目の前で使われると恥ずかしいのかこちらをあまり見ようとしないあたり、ひどくいじらしい。
「キイチゴってね、こうやって書くんだって」
言いながら適当な石を拾って地面に文字を書き出す。汚い、と注意しようとしてやめた。綺麗好きな幸村は教室に行く前に手を洗うくらい、言われなくてもやるだろう。
「見て、真田」
手を払いながら体を起こした幸村と入れ違いに地面を見れば、普段より少し不恰好な幸村の字で、3つの漢字が書いてあった。
懸 鉤 子
「鉤に、懸かる、子ども。つまり、とらわれた子どもって感じなのかなって」
だとしたら、それは、まるで。
「まるで、俺みたいだ」
鮮やかな文様の入った箸を落としそうになって、あわてて持ち直した。
顔を覗きこんできた幸村は嬉しそうに笑って、こてりと体をもたせかけた。
「ねえ、ずっと、とらえてて」
「…言われずとも」
離す気などない。
さそわれたのは赤い蜂
title by まばたき
prev / next