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▼ 手加減なんてしてやらない

 無骨なギターの音のさらに向こうから、底ぬけに明るい声が自分の名を呼ぶのを聞いた。


「ざーいぜん!なあなあ聞いてーな!あんな、さっき自分の甥っ子が…」


 返事はしない。隣で身振り手振りを交えながら、さっきまで遊んでいたうちの甥っ子がいかに可愛かったかを語るこの人は、相手が反応を返してくれることが重要なわけではなく、だれかにそのことを話した、という事実が重要なのだ。
 だから俺は、見た目はゴツい割に密閉性が低いヘッドホンを外すことも、音楽を止めることも、古典の宿題を埋めていく手を止めることもない。第一、この人の話を真面目に聞こうとすると、次々と話が飛んでいつまでたっても終わらないのだ。女子高生かっちゅーの。
 まぁ声が聞こえてるのは謙也さんもわかってるだろうから、気にしたことはない。


「なあ財前…聞こえとる?」


 さっきまでかしましく話していた声が唐突に落ち着いて、聞き取りづらくなる。
 仕方なく音量をいくらか下げて、ようやっと靄がかったような言葉が聞こえてきた。


「聞こえとらんよな、うん。大丈夫や」


 せやから聞こえとるって。
 ちらりと見た謙也さんはなにやらわずかに頬を赤らめながらゴニョゴニョ言ってて、ああでも、こういうときの謙也さんはよくも悪くも面倒くさい。とりあえず関わらない方向で、と視線を再び教科書に戻した俺の耳に、声が聞こえた。
 ちいさな、ともすればこの甘ったるいラブソングにまぎれてしまいそうな。


「……すき」


 思わず、固まってしまったことは俺のせいではない。そんな、
 なんて、不意打ち。

 ああもうどうしよう、すごくかわいい。謙也さんの意図に従うならここは聞かなかったフリをしたほうがいいんだろうけど、無理だ。関わらない方向で、なんて言っていた一分前の自分はおそらく星になった。昼間だから見えないが。

 すんません、謙也さん。でも、あんたが悪いんや。

 ヘッドホンを首に掛けると、ちょうどサビに入ったらしいメロディが首のあたりから小さく響く。
 くるりと椅子を回転させれば、謙也さんは頬は赤いくせに顔は引き攣るという妙な表情だった。


「謙也さん」

「な、なんや?」


 すう、と息を吸う。ヘッドホンから聞こえてくるこの歌みたいに全力で愛を叫ぶなんて、そんなことはキャラじゃなさすぎてできないけど。


「すきです」

「…っな、」

「自分だけやと、思わんといてください」


 引き寄せてぎゅ、と抱きしめれば、聞かれていたと気付いたのだろう、「うそやろ…」とくぐもった声が聞こえた。


手加減なんてしてやらない




架け往く様に提出


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