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ファースト・ラブ
 初恋はかなわない。世間に流布するその言い伝えというにはくだらなく、噂話というには広く知られすぎているそのワンフレーズを多くの人が嫌いながらも、それでもさも真実のように語られるのは、初恋というのはどうしたって不器用にしかこなせないからだろう。
 中学二年で経験した俺にとっての初恋のようなものは、苦い思い出しか残さなかった。あれが初恋だったのかはわからない。けれど、もし、柳先輩に昔のように聞くことが出来たなら、柳先輩は「違う。」と言うだろう。
 最高学年というあの人と同じ位置に立ったとき、回りにいるのは当然ながら後輩ばかりで、その中でテニス部のエースである俺に憧れる後輩が出てくるのも、まあ当然ではあった。
 呼び出しを受けたのも一度や二度ではない。姉の教育で女子をないがしろにすることはゆるされなかった俺は、そのたびにのこのことそちらに出向いて、そのたびに女の子を泣かせた。
 震えながらこちらを見る瞳の色に、何度残酷な言葉をかけそうになったか知れなかった。


「お前は優しいよな。」


 ぐるりとおれの首に手を回しながら言うのは、今年度の部長を任された奴だった。こいつに部長を任せたのも柳先輩の推薦だった。ある意味での柳先輩の後継者だろう。人を観察するのがひどく上手かった。


「お前に告白する奴の大半なんて、憧れと恋を間違えてる奴ばっかだろ。思春期特有の病気をいちいち相手にしてやることなんてないのに。」

「……遅刻したの、怒ってる?」

「べっつにー。」

「悪かったって。」


 部活前に呼び出しに出向いて、その場で少しごたついたのだ。お陰で部活に遅刻してしまった。周りから遅れてストレッチを終えて立ち上がれば、で?と目の前の顔が目を細めた。


「『好きな人がいる』なんて下手な言い訳まで使っていちいちことわる理由は?おねーさまの教育だけじゃねーだろ?」

「別にあれは嘘じゃねーって。ただ、」

「ただ?」


 ただ、せめて初恋にしてやることが、優しさだと思った。俺は、初恋にすることすら許されなかった。俺が初恋だと言い張っても、多分あの人は否定した。そして、こういうのだ。


「お前のそれは恋じゃない、なんていって泣かれるよか、よっぽどマシ。」


 ねえ、先輩。あのときのあなたの「ごめん。」は、そういうことだったんでしょう。



 *



 あの人は、俺が高校に入学した年にテニス部をやめた。高校でまたもや入会した生徒会で重要な役職を任され、テニスに取れる時間が少なくなったのだという。口さがない輩は、三強から落ちることを恐れ、負ける前にやめたのだとささやいた。
 真実はどうでも良く、ただ俺に必要だったのは、もう二度とあの頃には戻れないのだという予感だった。

 聞いて欲しいことがあった。幼さゆえの、言葉の選択ミス。一つのミスが試合のその後に影響を与えるように、小さなミスはどこまでもその背中を遠ざけて、届かないところへ追いやってゆく。
 自分の感情を伝えるのに精一杯で、そして無知で浅はかだった。俺が使った言葉は、けれど決して憧れや尊敬から派生したものではないのだと、伝えたかった。
 けれど、もう一年も前の話を、柳先輩は必要としていないだろう。もう何もかもが遅いのだ。
 もしも、あのとき。
 彼の人の聡さに甘えることなどせずに、もっと丁寧に言葉を選んでいたのなら、何か変わっただろうか。



 *



「見つけ、た……」


 私立立海大、テニスサークル。
 そこには、あれほど焦がれ続けた、すらりとした後姿があった。


「やなぎせんぱい、」


 ああ、あの人は、あんなにも頼りない背中だったのだろうか。四年ぶりのその背中は、中学二年のころあれだけ大きく見えた分、ブランクのせいか筋肉が落ちてより細く見えた。
 けれど。


「おひさしぶりです、柳先輩。」


 見開かれた切れ長の瞳は、あのころよりも近い場所にあるけれども、それでも。


「四年前の続きを、言いに来ました。」


 ねえ、先輩。
 俺は、憧れとか尊敬とか、そんな明確なものから、この感情を抱いたわけじゃないんです。
 ただ、その背中に焦がれた。
 背が高いけれどほっそりしてて、けれど抱きつけば思った以上にがっしりして暖かくて安心する、そんな背中に。
 決して超えることができないその背中に、焦がれた。
 もし、万が一、隣にいたとしたら。それを願ったこともあったけど。もし彼の隣に立つことが許されているとしたら、何もわからなかっただろう。その背中の大きさも、強さも、暖かさも。
 その背中を見せられ続けたからこそ、あなたの後ろに立ち続けたからこそ焦がれたのだと。今なら、あなたにきちんと言えるから。
 この初恋を、許してください。


「すきです。」




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