太陽と虹 | ナノ
この涙が虹にかわればいい
はあ、と白い息を吐く。冬の相模国はここよりさらに雪が積もっているはずだから、雪に跡をつけないようにしながら、やわり苦笑する。
ふと後ろを向けば、学園ははるか遠くだ。虎若ほどの視力があれば見えるのだろうが、肉眼ではもう捉えることはできない。
夜が明ければ、自分の後輩も六年前の自分と同じような感情を抱くのだろうか。誰がはじめたのかわからないこの伝統を、結局自分も行った。かわいい後輩を泣かせると思うと少し心苦しいけれど、仮にも委員会の花形、強くあってもらわねばならないのだから。
こんなとき、自分も変わったな、と思うのだ。委員会の花形、なんて、あの人の口癖だった。
(七松先輩、)
懐かしい。六年ぶり、か。
そう。自分だって、伊達に六年間あのは組にいたわけではないのだ。実戦に強い、と言うことは、望むと望まざるとにかかわらず実戦に出る機会が多いと言うこと。情報収集するすべなど、いくらでもあった。
散々苦労して、いたちごっこのような状態に何度もあきらめたくなったけど。雨の後には太陽が覗くのだと、あいつが言ってくれたから。
(さて、そろそろ夜明けか。)
太陽が、また昇る。沈めたつもりの太陽が、再び昇り始めるのだ。
「おはようございます、七松先輩。」
「きん、ご…?」
相模国に向かう道から、少し外れた雪深い山の中。
そこに構えられた小さな家に、その人はいた。
フリーの忍として名を上げていることは知っていた。だから、気まぐれのように転々と住む場所を変えるその人を、今度は捕まえてやろうと。
「どうして、」
「太陽を、捕まえに。」
そういえば、見たことがないほど呆然としていた顔を苦い笑いに塗りかえた。こんな顔をする人だっただろうか、と内心首をかしげたけれど、ただそんな表情を見る余裕がなかっただけなのかもしれないな、と思った。
ひどく高いその存在に顔を上げていることすら辛くて、けれど必死に顔を上げようとしていたことを思い出す。
「なるほど、どうやって?」
「どんな手を使っても。」
そういえば、あんなに泣き虫だった金吾がなあ、と感慨深そうに言う。まあもう十五歳ですし、といえば、そうか、と彼らしくない静かな声で肯かれた。
「七松先輩。皆本の忍になる気はありませんか。」
「ほう。それはお前の独断だけで決めていいものなのか?」
「忍選びは私に一任されています。」
「そうか。」
す、と瞳を閉じた先輩は、けれどすぐに瞼を上げる。それでもう答えは知れる。どんな手を使っても、なんていったけれど、どんな手を使ったところで太陽を捕らえることなどできはしないのだ。
「断る。」
「…わかりました。」
「泣かないんだな。」
「泣きませんよ。」
「十五歳だから?」
「いいえ。」
順番が、逆でしょう。
そういえば、こてんと首をかしげたけれど、それ以上は告げずに地を踏む。ちらりと後ろを見れば狼の尾のような髪が日に当てられてきらめいていた。
雨が上がった後に、太陽が覗けば虹がかかるのだ。太陽の後に雨が降ってしまえば、虹はかからない。
虹がかかるといいね。相模に行く彼に別れたときにそういわれたけれど。
大丈夫。もう散々、雨は降ったから。
そして、太陽を沈めることはしない。ただ、暖かく、この胸の中にあり続けるのだ。
この涙が虹にかわればいい
111011