学アリ夢

15

 解呪の影響か、はたまた高く不快な湿度と気温の影響か。高熱に見舞われたわたしは、ちょっと久しぶりに入院生活を送っている。とはいえ、今現在はもう体調はほとんど戻ってるんだけどね。

「わあ、かわいい」
「夜野は好きかと思って」
「ふふ、ありがとう。こういうの、だいすき」

 ぽうっ、と光を灯す大きな白い花弁。薄く透けているけれど、ガラスに近い性質の変わったそれは、岬先生がアリスで改良したライト鈴蘭らしい。蓄光してぽうっ、と淡く光ると、オレンジの暖かい間接照明になるものだ。すごくかわいい。見ているだけで癒されるそれにニコニコすると、岬先生は少し安心したように息を吐いた。

「無理はしてないか」
「うん。みんな、いい子たちばっかだし、楽しいよ」

 そういうと、岬先生はいい子……? みたいな顔をした。意外と岬先生って顔に出やすいよねえ。蛍ちゃんと岬先生は能力別クラスが同じだから、それはもう奇天烈で天才な蛍ちゃんにハチャメチャに振り回されているようだ。でも実際、蛍ちゃんってわたしとか、ののこちゃんアンナちゃんとかの、ちょっと弱めの女の子には優しいんだよね。B組の子たち、うるせえクソガキだな……と思う時はあれど、やっぱりわたしが病弱でアリスが強くて賢い美少女で、クラスのボス格の棗くんともわりと受け入れられているのもあっていい子たちなのだ。……わたしには、だけど。

「なにかあればなんでも言えよ」
「なにか?」
「ああ。夜野にはあまりないかもしれないが、勉強がわからないとか、体調が不安だとか、なんでも言ってくれ」
「……なんでも?」
「ああ」
「うーん、そっか」

 なんでもかあ。なんでも、なんでもねえ……。ここ最近、いろいろと忙しくて、って程でもないけれど、高等部の人たちと一緒にいることが多かった。それはもちろん楽しいし、幸せだけども、『わたし』がここに来ての初めて話した人である岬先生とは、あんまり話せてなかったんだよねえ。だから、ちょっとだけ寂しさはあった。
 じゃあ。と口を開くと、岬先生は、ん? と優しく聞き返してくれた。女生徒を、なんとなく苦手なんだろう岬先生だけど、こうして優しく接してくれると、嬉しくなってしまう。

「岬先生に、頭を、撫でて欲しいです」
「……おお」

 それが、わたしのお願いだ。ちょっと恥ずかしい感じもするけれど、わたしは今小学生なんだから、いいよね? 岬先生はちょっとびっくりしたように目を見開いけれど、すぐふ、と表情を緩めて、わたしの頭に大きな手を置いた。植物を育て、たくさん土をいじる岬先生の手は、ちょっと硬い。それがまた、気持ちよかった。
 膝の上には、葉っぱのしわしわになった大根くん。野菜に年齢があるのか、消費期限じゃないのかとは思うけれど、もうおじいちゃんになった大根くんはそれでも元気にわたしを励ましてくれる。相変わらず元気でかわいくて、水分の減ったボディ部分を撫でた。お礼に、指先から大根くんにアリスを流し込む。そうすると、大根くんのしわしわ葉っぱが、少しだけ生き生きしてきた気がする。本来は数日の命、そもそも出荷されるという動く大根の中でめちゃくちゃ長生きなのは、わたしのアリスもあってのことだろう。……そうだといいなあ。

「眠くなったのか」
「……うん、ふふ、そうみたい」
「明日は検査だったな。安静にしてなさい」
「うん、大丈夫だよ」

 ふわあ、とあくびをひとつ零す。うん、ちょっと眠たい。明日は検査で、その結果次第で明明後日には退院して寮に戻る予定だ。きっともう、身体は大丈夫、だと思う。



 退院のお迎えは、担任の鳴海先生ではなく、秀一くんが来てくれた。一度お見舞いに来てくれたらしいのだけど、生憎と高熱で意識のない時だったり、眠っている時だったようで会えなかったのだ。昴くんは、わたしに癒しのアリスを使うため、秀一くんよりも多く来ていたのでちゃんと会えたんだけどね。忙しい二人の時間を奪っちゃってるの、ちょっとだけ申し訳ない。

「やあ、しじま。もう身体は大丈夫かい?」
「うん、寝すぎてちょっと走りたいくらい」
「あはは、それはいいね。僕も一緒に走ろうかな」

 なんて言いながら、秀一くんはわたしの手を取って車へとエスコートしてくれる。病院から初等部の寮までは、歩けない距離ではないけれど基本的に車だ。

「秀一くん、忙しいのにありがとう」
「ふふ、どういたしまして。……それに、合法でサボれるし、しじまにも会えるからむしろ役得かな?」
「ええ、ふふ、学園総代さまがそんなこと言っていいの?」
「総代表にもサボりたい時くらいあるさ」

 今井にはないかもしれないけどね、と言う秀一くんに、二人でくすくす笑い合う。ちなみに、学内の車は自動運転の物も多いので、今日は二人きりだ。なのでここまで気安い会話も出来る。
 サボり、というけれど、授業はもう終わっている。能力別クラスの時間帯だ。高等部生にはあんまり関係ないみたいだけど。

「そうだ、帰ったら行平先生からの見舞い品が届いてると思うよ」
「ええ? 病院でも貰ったのに、なんだろう」

 行平先生は、やっぱりわたしが体調を崩したのを気にしているのもあるんだろう、入院中にもお見舞いをたくさんくれた。退屈しないようにいただいた本は、普通に読み切れなくて持ち帰りだ。めっちゃ美味しいメロンは岬先生と一緒に食べたし、高級なゼリーはお見舞いに来てくれた蛍ちゃんと飛田くんと一緒に食べた。蛍ちゃんがいつものはや大食いではなく、味わうようにゆっくり食べていたので相当気に入ったんだと思う。美味しかったもん。

「いいのかなあ、こんないっぱいいただいちゃっても」

 わたしと行平先生って、個人的にいろいろとお世話になって、庇護下に入っているとはいえ、あくまで初等部生徒と高等部の校長、それだけの関係だ。解呪したことがわたしの体調に大いに関係がありそうだとはいえ、そんな間柄でここまでしてもらうのもなんとなく忍びない。そう思えば、そうだね、と秀一くんが。

「あの方は、ああ見えても結構なご高齢だからね。初等部の生徒と関わることなんて少ないし、可愛がりたいんじゃないかな」
「……孫的な?」
「そう、孫的な」
「孫的なかあ……」

 ご結婚されてるのかは知らないけれど、おそらく、多分独身なんだろう。それで、初等部の生徒と滅多に関わりがない、っていうと、たしかにわたしって行平先生から見たらちょっと孫的な存在が近いのかもしれない。うーん、だったら、いいのかも。

「うん、かっこいいおじいちゃん的存在いて、ラッキーって思うことにする」
「あははっ、それがいいよ」

 ちなみに、追加のお見舞いはかわいくて着心地のよい服とルームウェアだった。……いよいよ孫だわ。


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