学アリ夢

12.5

 アリス学園では、体育祭が春と秋の二回行われるらしい。結構学園行事が盛んだと聞くので、楽しみだ。まあ、今回の体育祭は欠席なんだけど。医療班として治癒行為にはあたるが、競技にはもう少し運動するには様子を見た方がいいでしょう、というドクターストップにより参加できず、無念だ。この世界のわたしは、運動というものを全くしてこなかった、それなりの運動音痴なので助かりではあるけれど。

「わあ、お弁当すごい」
「ね、すごいね」

 少し早いお昼休憩を、かなめくんと一緒に取る。二人とも参加は出来ないけれど見学はできるので、空調が効いた快適な半個室でのまったりランチだ。わたしは用のある時だけ呼ばれていく。昴くんが競技出てる時とかね。能力別クラスでそれぞれ紅白に分かれての、なかなか激しいバトルだ。人数の関係で毎年わたし在する潜在系と翼くんのいる特力系は紅、岬先生の技術系と鳴海先生の体質系は白らしい。

「ごはんすごいね」
「ふふ、毎年多いんだ」
「多すぎる気もするなあ……」
「たぶん直ぐになくなるよ?」
「そうなの?」

 首を傾げると、かなめくんはふふ、とたおやかに微笑んだ。絵になりすぎる。ベアがわたしとかなめくん、二人にお茶をついでくれた。優しい。ありがとう、と手を伸ばすと、少しの沈黙の後スリ、とわたしの手にふわもこの頭を擦り寄せてくれる。かわいい。なんだかんだ、かなめくんのところにいると会うことも結構あるので、ちょっぴり仲良しになってきたのだ。……まあ、凶暴らしいベアが仲良くしてくれる理由の一番は、かなめくんの容態がわたしの癒しのアリスでよくなりつつあるから、というのもあるだろう。劇的に良くなっているわけではないけれど、じわじわと、気のせいかな? と分からなければ気にならない程度だけど、それでも役に立てているようで嬉しい。

「でも、やっぱりちょっと参加したかったね」
「うん。……でもね」
「?」

 運動してお腹が空いていたらこの大量のお弁当……では収まらないくらいのランチも、食べ切れるのかもしれない。残す可能性があるのだけでもガッカリしちゃうよね。余すところなく食べたいから。それに、体育祭って青春で眩しくて、楽しそう。グラウンドの上にあるこの半個室にもわあわあ楽しそうな声が聞こえてくるから、羨ましさもやっぱりある。

「僕は毎年、病院で話を聞くだけだったから、ここに来れるだけでも嬉しいんだ」
「! かなめくん、」
「だから、ありがとうしじまちゃん」

 そっと手に手を重ねられて、かなめくんが本当に嬉しそうに笑う。……そっか、本来なら『わたし』も、きっとまだあの病院のあの部屋にいたんだろうなあ、と思うと、じわわりと胸が沁みるような心地がした。命を削るアリス。わたし自身がそうなわけじゃないから、気持ちを完全に汲み取れるとは思わない。けれど、不安でたまらなくなるだろうなあ、くらいは想像ができる。少しでもその苦しみや恐怖を和らげることができているのなら、わたしが『わたし』としてここにいる意味もあるのかもしれない。きゅう、とかなめくんの手を握り返して、笑顔になったその時、カタン、と背後で物音が鳴った。

「ひゃあ」
「わ、……翼?」
「ワリーワリーまじで悪い! まじで邪魔だった俺ら!」
「ごめん! ほんとごめんかなめちゃん! でもその美少女羨ましすぎない!?」
「だからやめとけっつったろーがよー」

 振り向くと翼くん、と眼鏡のお兄さんと、かわいいお姉さん。かわいいお姉さんはなかなか男前な口調をしている。翼くんがゲンコツを浴びせられていた。強い。

「よっ、遊びに来たぜ」
「翼くんだ」
「君が噂の初等部の美少女かー……!」
「キモイ絡みやめろ」

 眼鏡の先輩は美少女好きらしい。かなめくんのこともそういえばちゃん呼びにしていた。握手をして来ようとする眼鏡先輩の頭にケリを入れたお姉さんが、ごめんなー、と謝ってくる。

「原田美咲だ。よろしく」
「夜野しじまです、よろしくお願いします、美咲先輩」
「おっ」
「?」

 美咲先輩は、ちょっと嬉しそうに口角を上げた。なぜ。

「なんかその先輩っていうの、いいな!」
「そうですか?」
「うんうん。でも翼とかかなめと同じでいいぜ」
「……美咲ちゃん?」
「うん」

 聞けば、美咲ちゃんは後輩はいるものの昔から知ってる子ばかりだから「先輩」と呼ばれることが滅多にないそうだ。まあ、初等部のA組から一緒とかならそうもなるか。

「うおっ、しじままじでトリプルじゃん。スゲー」
「あ、そうなの。食べきれないし翼くんたちもよかったら食べて」
「んじゃ遠慮なく!」

 かなめくんが言ってた、直ぐになくなる、はこのことかあ、と今更気付いた。
 余談だけど、岬先生は運動神経が良いみたいで、なかなかに活躍していた。かっこいい。


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