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 ちょっと早いけどそろそろ行くか、と轟くんの部屋を出た。

「あ、リップ取ってきていい?」
「ああ」
「ん、上がって座っといて〜」
「わかった」

 カードキーを翳して部屋を開け、轟くんを招き入れる。リップの選抜どうしよう。そういえばアトマイザーも持ってきてたな。パーティだし香水付けていいかな? 轟くんに一回嗅がせていけそうなら付けちゃお。ベッドルームにあるキャリーを漁り、リップポーチとメイクポーチを探る。旅行用のシンプルなアトマイザーとリップポーチを片手に、ひょこっとリビングにいる轟くんの元へ顔を出した。

「ね〜轟くん……どしたの?」
「いや、おまえ……」
「え、なに?」
「……」

 ら、轟くんが顔を手で覆って項垂れていた。どしたん? 明日のジョーごっこ? なぞ〜。首を傾げながら近付くと、悪ィ……と言いながら轟くんが指をさす。んん? と思いながら指先を辿ると、……あ。

「ああ、ごめん、出しっぱだった」
「いや、悪ィ……」 
「なんで、ふふ、轟くん悪くないでしょ」
「……わりぃ」

 ソファにポイポイと投げておいたのは、さっきまで着ていたインナーだ。ブラが一体型になったインナーは、コスチューム用のシームレスなやつ。コスはチューブトップだから、インナーはコルセット一体型のものだし、パンツとかはちゃんとしまっているから見られて困る物でもないんだけど、轟くんも思春期の男子高校生だったらしい。かわいらしい反応に心の中でヨッシャ! と快哉を叫んだ。

「クッキー食べる?」
「……いや、大丈夫だ」
「ふっへへへへ」

 僅かに赤く染まった耳に、思わず笑いが滲み出てしまう。かわいいんだもん。

「……なあ」
「ん〜?」

 インナーをベッドに放り投げると、轟くんが少し拗ねたように私を見た。

「上がり込んどいてなんだが……」
「うん」
「……あんまり、男を部屋に簡単に呼ばない方がいいんじゃねえか」
「お」

 ぱちくり、思いがけない言葉に、瞬きが出る。あのぽんやり、爆豪くん曰く舐めプのジョーカー(大嘘)な轟くんがこんな、普通の男の子みたいなことを言うなんて、ちょっと意外だ。いや、轟くんも、普通の男の子なんだよね。ちょっと家庭環境が特殊で、ちょっと身体能力と個性が鬼強くて、ちょっと顔面の偏差値が飛び級ハーバード首席なだけで。全然普通じゃねえや。
 拳一つ分空いた隣に腰掛ける。イケメンってどんな顔してもイケメン。普段と違う髪型も相まって、なんかめちゃくちゃイケメンだ。元からめちゃくちゃイケメンだけど。まあ、轟くんの言ってることは正論でもある。あんまりホイホイ異性を部屋に上げるようなことも、その逆も、流石の私も相手と場面をちゃんと考えてやってる。これが上鳴くんだったら迷ったし、峰田くんだったら絶対上げてないもん。ま、二人ともヘタレだからいざとなっても手出し出来ないだろうけど。

「轟くん以外には気を付けるね」
「ああ。……ああ? ……ああ、そうしてくれ」

 そう言うと、一瞬自問自答してる様子の轟くんだったけど、納得してくれたようだ。やっぱりちょっと天然。



「ふふ、めっちゃ嗅ぐじゃん」
「ああ、なんか……新鮮だ」

 ながーいエレベーターの中、轟くんがくんくんと自身の袖を嗅いでいた。臭い? って聞いたらいいと思う、と言われたので自分にワンプッシュ。ちょっとだけ興味深そうにしてたので、轟くんにもワンプッシュ。レディースで少々甘い香りだけど、オードトワレだしキツい匂いではないので大丈夫でしょ。チン、と1階に到着して、ふかふかの絨毯を踏みながらホテルを出る。カードキーはフロントに預けて、鏡の付いたリップとスマホは轟くんのスーツのポケットに入れてもらった。最先端技術の詰まったI・アイランド内では、スマホ内のアプリ決済だけで全部済ませられるので、財布は持ち歩かなくてもたぶん大丈夫。荷物は少ない方がいい。

「ちょっとギリギリ?」
「だな」

 そこまで急がなくても大丈夫そうだけど、5分前行動は出来なそうな時間だ。日が傾き始め、日本とは違う湿度の少ない風が気持ちいい。レセプションパーティ会場、及び待ち合わせ場所はセントラルタワーだ。ここからだと商業エリアを突っ切っていく感じだ。豪華なご飯に心躍らせて、半ばスキップしながら歩いていたら、少し前に見慣れた人影が。

「ね、ね、あれ、障子くんじゃない?」
「お。……っぽいな。隣にいんのは常闇か」
「ね、だよね!」

 轟くんのスーツの袖を引っ張って、前の二人を指さす。二人が来ているのはさっき知ったけど、まさかこんなところで会うとは。

「しょーじくーん!」
「!」
「緩名、か?」
「奇遇だな」

 声を張り上げると、前方の二人が振り向いて立ち止まった。轟くんの腕を引いて少し駆け足に走りよる。

「ね! ぐうぜん〜写真撮ろ!」
「お」
「あ、私スマホないや」

 道端に寄って、とりま写真大事。思い出ボムさいこ〜。と思ったけど、私のスマホは轟くんの懐であっためられている。

「撮るか?」
「うん」
「緩名、あまり引っ張るな」
「私の方が今めっちゃ高い〜」
「む」

 轟くんが目を瞬かせている間に障子くんが自分のスマホを持ってくれて、常闇くんをぎゅっと引き寄せる。普段そこまで違いがないけれど、今はヒールのある分私の方がちょ〜高いのだ。カメラを構える障子くん、斜め角度で片目を瞑り腕を組む常闇くん、ぽやんとしてる轟くん。ピースをしない男たちの分、指の数が足りないので私が両指を4本立てておいた。ピースの帳尻合わせだ。

「明日エキスポ行くの?」
「ああ、そのつもりだ」
「二人は今からレセプションパーティか?」
「ああ」
「うん!」

 障子くん、常闇くん、轟くんってめちゃくちゃ寡黙男子だよね。クラス内でもなかなかトップ静けさや〜。

「かわいい?」
「ああ、よく似合っている」
「磨チャンカワイーゼ!」
「ダークシャドウくんしゅき……」

 ひょっこり出てきたダークシャドウくんに口説かれた。好き。ぎゅっ、とダークシャドウくんを一度抱き締めると、ひゃんっ! とかわいい声を上げて赤くなる。ダークシャドウくんに赤とかそういう概念あるんだ。常闇くんたちは今からご飯屋さんでも探すらしい。美味しいとこ見付けたら教えてね、とお願いしておいた。

「緩名、そろそろ」
「あ、うん! じゃあまた明日ね!」
「ああ、また」
「気を付けて」

 ほんの数分の邂逅だけど、日常外で友達と会えるとちょっと嬉しくなるよね。

「パーティーごはんなにあると思う?」
「……流石に蕎麦はねぇか」
「お蕎麦はねぇ気がするなあ」

 流石に日本食は置いてない気がする。轟くんの蕎麦好き、なかなかのものだ。

「7番ロビーってどこ?」
「あっちじゃねぇか」
「ほお〜」

 天を衝く高さのビルなだけあって、ロビーの数もなかなか多い。集合場所は7番ロビーだけど、どこだ。スーパーアリーナレベルに出入口多いな。とりあえず歩いたら着くっしょ、と適当に歩き出した私の手首を掴んで、轟くんに誘導される。なるほど、そっちか。っていうかヒールだから、やっぱり支えられてると歩きやすいね。直ぐに離れた轟くんの手首を逆に捕まえ返して、ぶんぶんと振りながら歩く。腕の長さもまあまあ違う。長〜。

「桃のチーズケーキ〜」
「あるといいな」
「ローストビーフ〜」
「ありそうだな」
「あ! いた!」
「む!」

 飯田くん発見! それから、上鳴くんと峰田くんもいる。え、いるんだ。ウオオオ〜! と雄叫びのような歓声。うむ、悪い気はしない。

「緩名〜!!!!!!」
「おまえっさァ! ホント! わかってるよなァ! 最ッ高だぜ……!」
「あれえ、みんなまだ?」
「ああ、遅れているようだ。全く! 雄英の名に恥じないよう団体行動を、」
「まあまあ、女の子って着替えとかメイクとか、時間いるからさ」
「俺らはスルーかよ!」

 時刻は18時30分ぴったり。憤る飯田くんを抑えて、上鳴くんと峰田くんを軽くあしらう。轟ィ! とスケベ二人のお怒りが轟くんに向いたようで、轟くんは絡まれて目を丸くしていた。

「飯田くん貫禄あるねえ」
「そうか?」
「うん。スーツ着慣れてそうでかっこいい」
「ありがとう! ウチはヒーロー一家だからな! こういう会に参加することも多いんだ」
「なるほどねえ〜」

 ヒーローって外交も社交もあるの、大変そ〜。にしても、ガールズがいないのは準備に時間かかるからわかるとして、緑谷くんがいないのは不思議だ。爆豪くんたちもいないらしい。

「百には私が連絡しとくから、緑谷くんには電話してみたら?」

 轟くんのスマホで百に「どないー?」と送った。轟さん!? と動揺のお返事の後、磨さんですわね、と一人で納得し、お待たせしてしまい申し訳ありません! との謝罪と、響香の照れがやばくてあと五分十分くらいかかるだろう、とのことだった。ついでに爆豪くんにも、と連絡しようとしたら、轟くんと爆豪くん、友達追加すらしてなくてちょっと面白かった。仲悪いの?



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