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 私とお茶子ちゃんは無事だったけれど、前線で戦っていた三人はそれなりに軽傷を追っていたので、治癒力のバフをかけて軽く治療。爆破を続けていた爆豪くんの腕が痛むらしく、グーパー、と握って開いてを繰り返していたけれど、だいぶマシになったようで「よし」と小さく呟いていた。ヨシ! それから、私たちは階段を駆け下りて百たちの元へと向かう。地味に階段降りるの辛い。今日の階段昇降だけで3キロくらい痩せてる気がする。

「階段しんどいよ〜!」
「黙ァって走れボケ」
「急に元気だな、緩名!」

 預かった轟くんの上着は、着ててもどうせ燃えちまうから、という理由で羽織らせてもらっている。超上層階のそれなりに冷たい風で冷えた身体にはありがたい。室内に入って壁という安全保障が得られたので、今の私は水を得た魚とまではいかないけれど、それなりに元気が復活していた。個性を散々使っているからか、気を抜いたら寝そうくらいまで眠気はあるし、鈍く頭痛はするけれど、壁を築いた有難みへの感謝が上回った。壁って最高〜。巨人からも守ってくれる。人類の文化しか勝たん。

「まじであれでびびらんのすごくない!?」
「まあちっと怖ェよな」
「うーん、せやね?」
「まあ……そうか」
「ハッ、雑魚」
「全員ぶん殴りて〜……」

 切島くんだけ同意をしてくれたが、無重力になれる人、氷で足場を作れる人、爆破の衝撃で飛べる人からの同意は得られなかった。くやしい。まるで私が超絶ビビりのように思われているかもしれないが、命綱も壁も柵もない150階、立って行動できてただけメンタル強いと思うの。鼻で笑ってきた爆豪くんをヴ〜、と威嚇していると、切島くんにまあまあ、と宥められた。
 ほんの少し無駄話も挟みつつ、状況を確認しながら駆け下りていく。140階に差し掛かったところで、下の階から複数の足音が聞こえた。

「ん、待って。足音聞こえる」

 既に個性のキャパはギリギリオーバーくらいなため、個性の温存は大事だけれど、索敵を怠るわけにもいかないので強化していた耳の拾った音を伝えると、私以外の四人が静かに足を止めた。カツン、とヒールの音が複数。向こうの足音は進むペースが遅かったけれど、こちらの音を拾ったのか、少しだけペースが早くなる。

「磨!」
「響香!」

 曲がり角を曲がってきたその姿に飛び付いた。響香と、響香に腕を引かれている上鳴くん。その後ろから、峰田くん、飯田くんと肩を貸されている百が。みんなわりと満身創痍ではあるけれど、よかった。誰も捕まってない。軽い怪我や疲労は見られるが、一刻を争うほどの大怪我はしていないようで、一安心だ。

「ご無事、だったのですね……!」
「そっちこそ」

 私たちよりも、残った組の方がかなり満身創痍だ。大怪我ではないとはいえ、峰田くんは個性の使いすぎで出血が酷いし、百も上鳴くんも疲弊しまくっている。

「あ、バクゴー!」

 全員に治癒を施していたら、たぶん合流出来たんだからいいだろうと爆豪くんが一人再び上へと向かい始めた。切島くんが慌ててその背を追っていく。緑谷くんとメリッサさんが敵の本丸に向かっているし、どういう状況かもわからない。お茶子ちゃんと目を見合わせて、それから頷いた。

「ま、悠長にしてる暇はね」
「うん、ないね」
「重ぇだろ、上鳴背負うぞ」
「ありがと、轟」

 轟くんが響香から上鳴くんを受け取り、それから直ぐに全員で上へと足を向けた。眠気で痛む目を擦りながら、目指すはテッペンだ。



「オールマイトが!」

 上に向かうに連れ、激しくドンパチしている音が響き始めた。足場が揺れるほどの衝撃。対敵しているのは、音的にも緑谷くんだけではないだろう。響香の叫び声に、爆豪くんと轟くんが開きっぱなしの扉へ滑り込んだ。

「うわっ、ぷ、」
「うぇ……」

 放り出された上鳴くんを反射で受け止めるけれど、ヒールが滑って2人して倒れ込みかけたのを、響香とお茶子ちゃんに支えられる。それから、遅れて扉を潜ると、なかなかの惨状が。
 崩れかけた扉の先は、ヘリポートになっていたんだろうけれど、床の金属が捲れているし、なんかヘリが燃えてたし。カプコン製のヘリか? たぶん敵の個性で、あたりには金属片が凶暴に荒れ狂っていた。少し遠くに緑谷くんとメリッサさんの姿があって、金属を操っている敵と対峙しているのは、パーティホールで捕まっていたはずのオールマイトだった。

「金属の塊は俺たちが引き受けます!」
「八百万くん、ここを頼む!」
「はい!」

 飯田くんと切島くんも飛び出して行って、私たち撃退に向かない個性は扉前で待機だ。おそらく活動限界を迎えているんだろう、オールマイトに気休め程度にしかならないけれど、せめてバフだけでも飛ばしておきたい。平和の象徴を、こんなところで終わらせるわけにはいかないしね。襲い来る金属片を避けつつ、痛む頭に気付かないフリで、飛び回るオールマイトへ近寄った。

「磨!」
「たぶん大丈夫!」

 たぶんて! とこんな時でもお茶子ちゃんが突っ込んでくれる。それに小さく笑いを浮かべながら、避けて、避けて、程よい距離でオールマイトへバフを向けた。まずは治癒力を。次に、身体強化だ。かけられたバフに気付いたのか、オールマイトがニッと口角を上げて少しだけ目線をくれた。NO.1ヒーローからの最高のファンサじゃん。ぜーんぶ終わったら自慢しちゃお。

「おわっ、ととと」
「大丈夫か」
「んっ、ありがと!」

 いつの間にか眼前に迫っていた金属片が、パキパキと音を立てて凍り付いていく。よろけた身体を後ろから支えられて、耳元で聞き慣れた声がした。空気も、吐息も、身体を支える大きな手も冷えていて、仰ぎ見ると整った顔にはかすかに霜が降りている。轟くんも、プルスウルトラしているんだろう。爆豪くんだって、個性の反動で腕が痛むようで、いつも以上に顔を顰めている。みんなみんな、限界が近い。

「気を付けて」
「……ああ」

 ぽん、と私の腰を支える手に触れて、個性を施す。それから、すぐに撤退だ。今の私が前線にいても何の役にも立たないからね。

「CAROLINA SMASH!」
「どわっ」

 一目散に響香たちの元へ向かっていると、背後からオールマイトの必殺技名と、それによる衝撃波が届いた。ほぼ飛びこむように、お茶子ちゃんたちの元へご帰還だ。思いっきり膝擦りむいた。いたい。

「やったか!?」
「まって、まだ!」
「オールマイト!」

 峰田くんの上げた声に、響香が否を告げ、それから直後に、悲鳴のようにオールマイトを呼ぶ緑谷くんの声が響いた。振り向くと、ごちゃごちゃと絡まった金属の奥、ワイヤーのようなものにオールマイトが囚われ、敵によって窮地に立たされていた。
 平和の象徴、世界に轟くNO.1ヒーロー。いくら怪我を負い、活動限界があるとはいえ、その存在にどこか安心していた節のある頭が、サアッと熱を失っていく。指先から血の気が引いて、ガクン、と折れた膝にぱたぱたっ、と熱く濡れた感覚がした。

「磨、血!」
「えっ? あ、うあ、うん」

 私の肩を支える響香に言われて気付いた鼻血を、乱雑に拭う。構っていられるわけもなく、百の創り出した盾の内側で、ただ呆然と金属の塊に潰されていくオールマイトを見上げていた。



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