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「ひっ、風に煽られてる!」

 聞こえた悲鳴に見上げると、メリッサさんと緑谷くんが強風に吹き飛ばされていた。こわい。あのままだったら上にたどり着くどころか、壁に激突、あるいはタワーの外、空へと投げ出される。考えただけで手汗が止まらなくなった。

「わあっ」
「爆豪! プロペラを緑谷に向けろ!」
「だから命令すんじゃねェ!」

 駆け出した轟くんが投げ捨てた上着をキャッチ。怒りながらも爆豪くんは、言われた通りプロペラをの角度を爆破で変えた。めちゃくちゃ繊細なコントロールを、キレながらも簡単そうにやってのける爆豪くん、そこ痺憧だ。真上に角度の変わったプロペラに、轟くんが炎を放つ。温められた空気がプロペラによって上昇し、ふらふらさまよっていた緑谷くん達の身体が急上昇した。理科じゃん。熱の勢いが私たちの場所まで届いて、じんわりと暖かく、というか熱いくらいだ。壁にぶつかりかけた緑谷くんが、なんとかそこをぶち破って、タワーの中へと入っていった。

「タワー入った!」
「解除!」

 二人の姿が見えなくなったのを確認すると、お茶子ちゃんがパンっ、と手を合わせて、個性を解除した。ひとまずのミッションはコンプリートだ。ここからは、ひたすら湧いてくる警備ロボを無効化していくお仕事である。

「やだやだ、無限湧き入ってる?」
「ほんまに、どっから出てきてんねやろね!」

 派手に暴れる三人から少し離れて、打ち漏らしをお茶子ちゃんと処理していく。あんまり端っこいくと落ちそうで足が竦んで怖いんだもん。仕方ない。ちょこちょこっとデバフをかけてロボを壊していってはいるけれと、本当にキリがない。無限湧きしてくる入り口を塞げばワンチャン落ち着くのでは? と緑谷くんがぶち上けた穴と正規の扉の方へ目を向けた。ああ、でもあれ塞いだら下の階にいるみんなの方へ向かっちゃうか。ダメだな。戦力的にはここの方がまだマシだもん。

「ぎゃっ」
「磨ちゃん!」

 チラッとだけ視線を逸らしたら、その隙に警備ロボから射出されたロープが腕に巻き付いてくる。くんっ、と引っ張られて傾いた身体。わ、こける。

「っと、大丈夫か!?」
「余所見してんなボケ!」
「ごめぇんん」

 と思ったけれど、破壊音の直後にお腹に回った腕に支えられ、転倒を免れた。ロボを壊したのは切島くん、それから、私のお腹に回る腕の正体は爆豪くんらしい。片腕が破けてかなりワイルドになっていた。

「ありがとう切島くん、ワイルド爆豪くん」
「おお!」
「おちょくってンのかてめェは!」

 おちょくってはない。決して。退いてろ、とお茶子ちゃんの方へポイッと投げられた。雑なんだあ。



 壊しても壊してもキリのない、むしろ増えていくロボたちに、ジリ、とビルの端へと追い込まれていく。ロボなんて数に限りがあるものだし、結構奮闘した方だとは思っていたんだけど、I・アイランドの警備資金の方が私たちの個性の限界を上回っていたらしい。冷たくて強い風に揺れるスカートが足を撫でた。目の前にはおびただしい量の警備ロボ、もう後ろ数メートルには手すりも柵もない150階のタワーの際だ。絶体絶命でしかなかった。ほんの少し振り向くと、めちゃくちゃいい景色だ。高所、夜景、死。まじで死なんよ。
 
「磨ちゃん、振り向いたらあかん!」
「むむむむむり、むり、しぬ」

 手汗が滲むどころじゃなくびっちゃびちゃな手のひらをぎゅうっと強く握りこんで、ここから落ちるくらいなら捕まった方がマシ、と目を閉じた時だった。今にも襲いかかってきそうなロボに、みんなが覚悟して息を飲んだ。

「……あれ?」

 しゅうん、と小さく音が鳴り、なんだ? と目を薄く開くと、ロボが次々光を無くしていった。チッ、と爆豪くんの舌打ちが響き、訝しむ声がする。それから、すぐに目の前の無数の大軍は動作を停止した。

「止まった……?」
「え、とまった……?」

 止まったと見せかけて襲ってくるやつだったりしないよね? 流石にそんなパニックホラーによくありがちなやつをされたら年甲斐もなく泣き喚いてしまう。警戒を解かないまま、切島くんが硬化した拳でコツ、と軽くロボを小突いたけれど、どうやら完全に停止しているようだ。と、いうことは。

「緑谷くんたちがやったんだ……!」

 わあっ! と隣にいたお茶子ちゃんと手を取り合う。システムを元に戻せたということだろう。よかった、本当によかった。

「ふあぁああ」
「お。……大丈夫か」
「大丈夫じゃないぃ」

 一安心したら、一気に身体から力が抜けた。高いところ、こわい。こわすぎる。ロボもこわい。今日絶対夢に見るわ、こんなの。お茶子ちゃんに引っ付いたまま、ふにゃふにゃと崩れ落ちていく。ぺたん、と床に着いた膝が冷たかった。

「緩名頑張ったもんな!」
「たかいところこわい」
「あ、そっちか」
「ハッ、雑魚がよ」
「メスガキ爆豪くん……」
「誰がメスガキだ!」

 多分切島くんの方が撃破数は多いが、よしよしされてしまった。ママか? 切島マ。おしりを床につけて膝を立てると、小刻みに震えている。よしよし、頑張ったな。高いところ怖いよな。他のみんなは平気そうだけど、私が弱いのではなく私以外の四人の高所耐性が異常なだけだ。

「見て、この膝、笑ってる。かわいいね」
「かわ……? わりぃ、よく、わかんねえ」
「ンだけアホ言えんなら余裕だろてめェ」

 これは余裕ではなく、怖さを塗りつぶすだけの虚勢だ。自覚はある。とはいえ、あんまりここでゆっくりも出来ない。敵の本陣に乗り込んだ緑谷くんたちが心配だし、下の階で残ってくれたみんなも心配だ。私たちよりも長く対敵していたから、怪我が酷い可能性もある。バラバラに上に向かうよりは、合流してからの方がいいだろう。

「先、下、迎え行く?」
「下?」
「うん。百たちが残ってくれてるの」

 震える膝をポンポンと叩いて、立ち上がろう、とするけれど、まだ脱力してしまっているみたいだ。すんごい自然に轟くんが差し出してくれた手を取ろうとしたところで、自分の手が湿っていることに気付いた。

「あ、待って手汗やばい」
「……そうか」
「ごめんお茶子ちゃん、めっちゃ手汗つけた」
「……うん、それは、仕方ない!」
「ふふ」

 さっきお茶子ちゃんにしがみついたときに、、多分ドレスで手汗拭いたくらいのレベルだ。まじ申し訳ねえ。自分のてのひらを見ると、血色の悪いそこに目視できるくらい手汗が滲んでいた。やば。一生分の手汗かいた。何気に膝の裏もやばい。

「おら」

 ぶっきらぼうな短い言葉と共に、ぱさ、と頭になにか降ってくる。手に取ると、シンプルなダークレッドのラインが入った黒いハンカチだった。

「ん? ……え、ありがと」
「爆豪くんってハンカチとか持っとるんやぁ……」
「爆破されてェのか丸顔!」

 思ったけど口に出さなくてよかったあ……。もらったハンカチで手を拭いて、ずっと中腰で屈んでくれていた轟くんの手を取ると、強い力で引き上げられる。前のめりで、轟くんの剥き出しになった肩に顔をぶつけた。痛。こっちもワイルドだ。

「わわ」
「お、わりぃ。想像以上に軽かった」
「……許す!」
「やっとる場合か」

 やってる場合、ではないね。うん。



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