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 下の階からは警備マシンの駆動音が多数。そのため、目的のためにも私たちは上に向かうしかない。響香が音を聞いて偵察をしている間に、飯田くんに背負われている上鳴くんに触れて回復力を高めた。

「上鳴くーん?」
「はうぇい……」
「はわい?」

 顔は若干戻ったけど、頭の方は全然ダメだわ。ショートしすぎちゃったようだ。この手前くらいの、軽いショートくらいならまだ治せるんだけど、ここまでいくとちょっと治るのが早くなるくらいしか今の私にはできない。ぐにぐにとだらしない顔を揉んでいると、口の端がふへ、と持ち上がった。ちょっとこわい。

「ダメだこりゃ」
「やっぱりアホになったんは戻されへんのやね」
「うーん、ちょっとはマシなんだけども」
「自然回復に任せるしかないな」
「うん、ごめん」

 動ける人(飯田くん)が人ひとり背負いっぱなしなのはちょっとマイナスなので治せたらな、って思ったんだけどお手上げになってしまった。気にするな! ありがとう! と言ってくれるあたり飯田くんは聖人。
 どうやら上の階からは音がしていないようなので、みんなで上へと駆け出した。

「うわ、ひろ」
「はっ、はっ、サーバールームよ」
「はえ〜」

 広い室内には機械が敷き詰められていて、機械たちのマンションみたいだ。工場みたいなものらしい。ほぼ一緒。そのまま駆け抜けてしまおう、と走る速度を止めなかったのだけれど、ビー、と機械音が鳴って、進路の扉が開いた。現れたのは大量の、それはもう多数の警備マシンだ。おまけに上から降ってくる。し、警備システムに影響が出るおそれもあるので、緑谷くんが大暴れすることも出来ない。

「警備マシンは私たちが食い止めますわ!」
「緑谷くん、メリッサさんを連れて別のルートを探すんだ!」
「だね、それがいい」

 私も機械に向き合う。うひゃあ、めちゃくちゃうじゃうじゃいる。ゴキジェット欲しい。轟くんがいたらこの範囲制圧もわりと余裕があったのになあ、なんて思うと、改めて彼の個性の強さを知った。氷も炎も、便利だ。

「お茶子さんも一緒に来て!」
「緩名さんも!」
「え!? 残った方がよくない!?」

 ポイポイとひとまず残るみんなに触れて個性の強化をしていたら、緑谷くんに名前を呼ばれた。え、私絶対残った方がよくない? 上へ向かうっていう条件なので、お茶子ちゃんが行くのはわかる。タワーがどういう構造になってるかは知らないけど、無重力は必要になる可能性が高い。

「おそらく上にもまだいる可能性が高いので!」
「あわ、なるほ」

 ここにばっかり人員を割いていても、上になにもない、なんてことがあるわけもない。たぶん、というか絶対なんかある。その時に、アホになってる上鳴くんを除いてこの中で一番範囲制圧がまだ可能、それから個性の万能さを考えたら私が護衛として付いた方がいいってことだ。うん、なるほど。

「みんな気を付けてね! 絶対!」
「ええ!」
「ああ! 君も!」

 迷ってる時間も惜しいし、お茶子ちゃんに続いてええい、と駆け出した。



 響香もいないし、一応偵察のために聴力を強化したけれど、驚くほど上の階から物音がしない。とはいえ、響香ほど音を拾えるわけではないんだけど。様子を確認しながら先頭を走っていたら、ドォン、という衝撃でタワーが揺れた。さっき出てきたばかりの部屋から響く轟音。足を止めた緑谷くんに、お茶子ちゃんが喝を飛ばした。
 150階まで駆け上がり、メリッサさんの指示通りに分厚い鉄の扉を緑谷くんがぶち殴った。

「わあっ」

 開いた瞬間から、強風が身体を襲う。扉の先は、風車のようなプロペラで立ち並んでいた。それ以外は吹き抜けになっていて、かなり上層階にいるせいでまじで風が強い。あと高すぎて、まだ内側にいるのに足がすくみそうになる。

「ひっ」
「大丈夫? 磨ちゃん」
「だ、大丈夫……」

 チラッと外に目を向けて、後悔した。やばい。150階高すぎ。非常時とはいえ、こんなとこ命綱なしに平気で歩ける三人の度胸が凄い。お茶子ちゃんに擦り寄って腕にぎゅうと抱き着くと、とんとんと背中を叩かれた。

「ここは……」
「風力発電システムよ」
「どうしてここに?」
「タワーの中を登れば警備マシンが間違えているはず。だから、ここから一気に上層部へ向かうの」
「えっ、それって」

 私の顔を見てひとつ頷いたメリッサさんが、ずっと上を見上げた。あそこの非常口まで行ければ、と言う声が震えていて、ハッとその横顔を見た。よく見れば足も、握りしめた手も震えていて。……そうだよね。怖いに決まってるよね。メリッサさんは、ヒーロー志望でもなんでもない普通の女の子だ。めちゃくちゃ根性あって肝が据わってるけれど、こんなシチュエーション、怖くないはずがなかった。そっと手に触れると、メリッサさんはありがとう、とぎこちなく、それでも意思の強い笑みを浮かべた。

「お茶子さんの、触れたものを無重力にする“個性”なら、それが、できる……!」
「っ、うん! 任せて!」

 メリッサさんの強い瞳を受けて、お茶子ちゃんも決意したように力強く頷いた。ここからあの非常口まで。だいたい10階分くらいの高さはある。富士急ですらないレベルの絶叫物だ。

「メリッサさん、デクくんに掴まって!」
「はい!」
「気をつけてね! まかせた緑谷くん〜!」
「うん!」

 お茶子ちゃんが二人に触れて、重力の無くなった二人を思い切り真っ直ぐ上へ飛ばす。ふわ、と浮かんでいく二人を見届けたところで、強化していた聴力が異音を拾った。静かだけど、複数の機械音。

「お茶子ちゃん! なるべく内側に逃げて!」
「え?」
「来る!」

 そういうと同時に、おそらく上階へと続く扉が開いて、警備マシンがなだれ込んできた。お茶子ちゃんは個性を使っているし、今対応できるなら私しかいない。っていうか、そのために着いてきたようなものだし。お茶子ちゃんを背に庇って、落ちてしまわないよう、それから非常口へ浮かんでいく二人がちゃんと見えるようなるべくフロアの真ん中へ逃げた。

「麗日さん! 緩名さん!」
「個性を解除して逃げて!」

 緑谷くんとメリッサさんの声が響くけれど、私もお茶子ちゃんももちろんそのつもりは無い。……とはいえ、私ひとりで対処できるかはなかなかに不安な数ではあるけれど。もうこうなったらやるしかないよねえ、ととりあえず手前にいる警備マシンへバフを向ける。プシュっ、と音がして機能停止。しかし、その後から後から、まじでチートな無限湧きだ。はいクソゲー。

「あーん、まあそうなるよねえ」
「っく……!」

 背後でお茶子ちゃんが歯を食いしばる声が聞こえた。湧いてくる警備マシンに、ぽいぽいとデバフを投げつけていくけれど、キリがない。

「あっ」

 百は超えるだろう警備マシンの内、打ち漏らした複数が飛びかかってきた。……まあ! 捕まっても死にはしない! 大丈夫! 反射的にお茶子ちゃんの前に腕を出して、衝撃に備えて目を瞑った。

 BOOOOM!

「えっ?」
「あっ!」

 暖かい、というには少々熱い爆風が顔に当たり、今まさに飛びかかってきていた警備マシンを薙ぎ払う。ぽかん、と目を開けて目の前に現れた救世主を見つめた。

「かっちゃん!」
「おっ、とと、」
「大丈夫!?」
「うん、大丈夫、ありがと〜」

 爆発の衝撃か、単純に気が抜けたのか、ととっ、とたたらを踏んで、耐えきれずにペタンと尻もちを付いた。普通に風が強すぎるんよ。目の前の警備マシンを薙ぎ払ってくれたからと言って、その数はおびただしく、第二陣、三陣とやってくる。座り込んでるままにもいけないので、お茶子ちゃんが二の腕を引っ張ってくれるのに合わせてヨロヨロと足に力を入れた。うそ、全然入らん。

「あっ」

 それでも私もちょっとは役に立たなきゃ、と引けた腰で警備マシンに向き合ったけれど、それは次々と凍らされていく。背を向けていたドアの方を振り向くと、険しい顔をした轟くんに切島くんが。助かった〜!

「怪我はねェか、緩名、麗日」
「なんとか」
「うん、私も平気! デクくんとメリッサさんが今、最上階に向かってる!」

 立てるか、と差し出された手を取ると轟くんに引っ張りおこされて、半ばお茶子ちゃんに抱き着くよう立ち上がった。吹き荒ぶ風が、くるくると巻かれた髪を揺らす。相変わらず風は強いし地上が程遠くて無いタマがヒュンとする心地だけど、なんとか慣れてきた。つか寒い。鳥肌止まらん。

「ここでコイツらを足止めするぞ!」
「俺に命令すんじゃねェ!」
「でもコンビネーションはいいんだよな!」
「誰がァ!」

 爆豪くんってたまにジムバッジ足りてないポケモンみたいなこと言うよね、とは流石にこの状況で口に出すのは辞めておいた。私たちを背に庇った轟くんや、爆破で飛び回る爆豪くん、切島くんたち三人が次々と警備マシンを破壊していく。やっぱ強いなあ。こんな足場の悪い高所でビュンビュン飛び回る爆豪くん、精神が強すぎてまじで尊敬する。落ちたら死じゃん。ファイナルデッドシリーズなら完全にタワー崩れてるし、鈴木財閥が出資してるタワーでも絶対に崩れてる。私もちょこちょこと地味にマシン破壊に勤しんでいたら、上空にいる緑谷くんとメリッサさんの悲鳴が聞こえた。



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