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氷から管理用の通路を辿っていき、プラント上部の壁を飯田くんが蹴り破った。けれど、やはりその向こうのシャッターは閉ざされていて。壁よりもシャッターの方が強そうだし、いちいち蹴破っていたら飯田くんに負担がかかりすぎる。どうする、とあたりを見渡していたら、緑谷くんが何かを見つけた。
「メリッサさん! あの天井、扉みたいなものが見えませんか?」
「日照システムのメンテナンスルーム……」
「あの構造なら、非常用のハシゴがあるのでは!」
光が見えたか、と思ったけれど、扉の位置は今いる場所より更に高い天井、しかも中からしか開かないらしい。ここまで来たのに、と悔しさを滲ませるお茶子ちゃん。百が天井を見上げながら、自身の胸元へ手をやった。
「百?」
「まだ可能性はあります」
そう言って、なにかを創造した百が通風口へ向かって放り投げた。見事命中して爆発し、通風口が開く。ナイス投擲。エイム力抜群だ。
「通風口の隙間から外に出て、外壁を伝って上の階に」
「ああ、なるほど」
「そうか! 上にも同じものがあれば!」
通風口の隙間はかなり狭い。子どもサイズだ。私たち女子勢でも……うーん、ちょっと微妙なサイズだろう。肩周りがどうしても。ま、こっちには峰田くんがいるし、と視線を向ければ、みんな同じ考えになったようで、いくつもの視線に刺された峰田くんが「……え?」と戸惑いの声を上げた。ちょっとかわいい。
「も、もしかしてオイラがァ!?」
「おねがい峰田くん!」
「アンタにしか出来ないんだよぉ!」
そういって峰田くんに紳士に頼むお茶子ちゃんと響香。まあ、女子に弱い峰田くんには覿面だろう。とはいえ、ちょっとやそっとの高さどころではない。80階だもんなあ……。私だったら気絶してるね。一応百が命綱を創造してはいるけれど、うん。……峰田くんなら、大丈夫! スケベ仲間の上鳴くんが、峰田くんと肩を組みなにかを囁いていた。揺れてる揺れてる。私も手伝ってあげようかな。……流石に可哀想だし。
「おっ」
「みーねたくん」
上鳴くんの逆隣にしゃがみこんで、同じように峰田くんの肩を掴む。普段対人距離が近い私だけど、峰田くんとはそこまで近くなかった。避けてるっていうよりも、主に身長差とかがね、あってだ。決して避けてるわけじゃ……いや下心満載すぎて若干遠ざけてるところはあるな。まあ、それはおいて、ちょっと距離遠めな私からの接触に、峰田くんの顔色が変わる。ので、そのまま耳元に唇を寄せて、ふ〜、と緩めに息を吹き込んだ。オウッ……、とアメリカンな反応を見せる峰田くんに、若干引きながらも響香たちがおねがい! と頼み込む。
「わぁったよ! 行けばいいんだろ行けば!!」
「ちょっと個性で強化するから、気を付けてね〜」
「命綱もお任せください!」
峰田くん、ヒーロー精神なのかすけべ心なのか、どっちが勝ったんだろう。気になるものの、過酷な仕事を任された峰田くんを尊重して聞かないどこ。
上空に吹く風は強い。身体の小さく軽い峰田くんが飛ばされないよう、デバフで少し重くしておく。重いだけだと動きにくくなってしまうので、身体能力も強化だ。……今日、なんかめっちゃ個性使うな。正直こんなに使うと思ってなかった。これだけ使ってわかってたなら、飛行機で寝ていただろう。峰田くんを送り出して、さすがに感じ出した疲労にふー、と息を吐いた。
にゅっ、と殿を務めたハシゴから顔を出すと、峰田くんが感涙していた。ひとつ前を行っていたメリッサさんに褒められたらしい。よかったねえ。ちなみに、殿が男子じゃないのは、やんごとなきスカートの中身を考慮してのことである。最初は飯田くんか緑谷くんが挟もうとしてくれてたんだけど、流石に……ね。こんな局面でも、一応気を使ってくれるあたり二人とも紳士だ。
「おまえら気合い入れて行くぞー!」
「オーッ!!!」
メリッサさんに褒められて張り切っている峰田くんに、みんな合わせて気合いを入れ直した。
階層が100を超えたあたりから、行く手を阻むシャッターがなくなった。管理システムが100階以下、100階以上、で分けられていて、以下の方しか敵が制御できていない、とかだったらよかったんだけど、おそらくそうではないだろう。
「なんか、ラッキーじゃね! 100階越えてからシャッターが開きっぱなしなんて」
「うちらのこと見失ったとか?」
「いやあ、そうじゃないと思うよ」
「ウェ?」
否定すると、上鳴くんが素っ頓狂な声を上げた。まだ個性使ってなのにアホになってんのか。疲労かな?
「おそらく、違う」
「私たち、誘い込まれてますわね」
「ああ」
確実に誘導されているんだろう。それでも、撤退も出来ない、する気もない私たちには、向こうの誘いに乗って進む選択しかなかった。
実験室、とプレートのかかった部屋を覗き込むと、警備マシンが大量に蠢いていた。うひゃあ、すっごい。でも機械なら上鳴くんでわんちゃんワンパンじゃない? ちょっとの故障で止まる機械なら、私でも無力化に役立つ。
「なんて数なん……」
「やはり相手は、閉じ込めるのではなく捕らえることに方針を変えたか」
「きっと、僕たちが雄英生であることを知ったんだと思う」
「……ま、認証システムもあっちに握られてるしね」
雄英ヒーロー科の生徒は、やっぱりそれだけ期待値も能力も高く見られている。侮ってくれてた方がやりやすいけれど、警戒されるのも仕方ない。だから、万が一の時の対策も立ててはいるのだ。大きく開いた百の背中から、絶縁シートがふわりと舞い出てきた。
「頼む! 飯田!」
「ああ!」
「いってら〜」
「アンタはほんとにこんな時まで緩すぎ!」
「おー!」
飯田くんにぶん投げられてる上鳴くんに手を振ると、響香に腕を引かれて絶縁シートの中へ。
「喰らえ無差別放電130万ボルトォ!」
上鳴くんが警備マシンたちの真ん中へ落ちながら、溜め込んだ電気を放出する。電子レンジとかなら一発KO威力だ。けれど、どうやら効いている様子がない。
「防御された!」
緑谷くんの声に、上鳴くんが舌を打つ。それから、再び放電の予備モーションへ入った。え、それはまずい。
「ならァ……」
「えっ、ちょっとまって、」
「200万ボルト!」
「バカ! そんなことしたら」
「あぁ〜……」
遅かった。さっきよりも威力を増した電流が警備マシンたちを襲う。その真ん中で、上鳴くんがヘロヘロとアホになっていた。無事ショート。ログインボーナスみたいなもんだ。けれど、アホになった甲斐あってか、警備マシンたちは遠目からも焦げているように見える。動作も止まっているようだし、なんとかいけたかな。絶縁シートから出てグッジョブの上鳴くんを救出に向かう。
「でも、おかげで警備マシンを止めることが、」
「上鳴くんナイス〜……えっ、!」
「磨さん!」
「危ない!」
ててっと上鳴くんに駆け寄ると、故障したと思われた警備マシンが動き始めて、瞬時に上鳴くんを拘束した。近付いていたせいか、私にもひとつロープが伸びてきて、わあ、と思った隙に背後から腕を引かれた。どんっ、と少し強めに背中が緑谷くんにぶつかる。なんとか助かった。ナイス緑谷くん。
「上鳴!」
「頑丈すぎだろ……!」
警備マシンは警告音を鳴らしながら、今度は私たちに向かってきた。プランBだ、と叫ぶ飯田くんに、百が胸元から次々作り出す発煙筒を投げ付ける。ちょっと煙い。私の腕を掴んだままの緑谷くんの合図で、峰田くんがもぎもぎを通路にばらまいた。足止めになる……はずなんだけど、頭のいい機械たちは足止めされた同胞を乗り越えて迫ってくる。頭のいい人が作った機械って頭いいんだな。
「わっ、とと」
「止まった!」
「……けどキリがないよ〜!」
ギリギリまで迫った警備マシンたちにデバフをかける。プシュッ、と音がして、近くにいた数台が機能を停止した。わりと壊すのは得意なんだよねえ。……とはいえ、迫り来る数が数だ。普通に追い付かない。
「緩名さん!」
「はあい」
緑谷くんに名前を呼ばれて、身体強化のバフを施した。自分のパワーで緑谷くんが自壊しないためだ。なんでもサポートアイテムを取り付けているらしいけれど、性能はまだ確かめられていないらしい。博打か?
「いくぞ、緑谷くん!」
「うん!」
緑谷くんが警備マシンを破壊して、衝撃で舞い上がった上鳴くんを飯田くんがキャッチした。この場のマシンは破壊できたけれど、まだまだおかわりがたくさんやってくる。ので、とにかく逃げる一手だ。
う〜ん、機械の数個なら無効化できるけど、あそこまでの多数だと難しいな。なんか、波状攻撃的にデバフを広められたら、広域ではなくとも範囲制圧が可能になるかなあ。新しい個性の使用方法は置いといて、とりあえず今は目の前の問題の解決が優先だ。後方を気にしつつ、百と一緒にしんがりを務めた。
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