「爆豪くん」
「ンだよ」
ちょいちょい、と隣に座る爆豪くんの服を引くと、赤い瞳が私を見て、少しだけ前のめりになる。内緒話をするように耳元に口を寄せ、そのままちゅっ、と軽快なリップ音を立てて頬にキスをした。あ? と普段の声色から随分毒気の抜かれた、若干間抜けな声を出した爆豪くんが、目を丸くしているのがかわいくて、ふふ、と口先に笑みが登ってくる。
「奪っちゃった〜?」
「そォかよ。……目閉じろ」
「ん」
言われた通りに目を閉じたら、ふんわりと甘い香りがして、頬に手のひらが触れた。顔の近付く気配がして、触れるだろう柔らかさを思い出すけれど、なんか今日はやけに焦らすな。顔ガン見されてる感じする。爆豪くん私の顔好きだよねえ。
好きなだけ見ろや! と思っていると、まぶたに指先が触れて、そっと撫でる感触。二度、三度、と払うように動かされる指。
「ん?」
「まつ毛付いとる」
「あら」
キスちゃうんかい。紛らわしい。パチッと目を開くと、爆豪くんは少しだけ意地悪く口の端を吊り上げていた。むっ。
「すげー間抜け面」
「なんだとお」
かわいい彼女に向かってなんてこと言うんだ。間抜け面もかわいいだろうが! ぱこっ、と軽くお腹にパンチを繰り出す。腹筋バキバキ、私の拳に5のダメージ。
「もっと拳入れろや」
「……個性使っていい?」
「そんときゃ俺も全力でやったらァ」
「しぬじゃん!」
爆豪くんに全力で迎え撃たれたら普通に負ける。授業でも何度か戦うことはあったけど、タイマンなら勝てる兆しはゼロだ。ぷっくり頬を膨らませると、あざとい、とご好評をいただいた。膨らんだ頬を潰されて、ぷきゅう、と空気が抜けていく。自然と突き出す形になった自分の唇を、ちょん、と人差し指で指した。
「キスは?」
そうねだると、頬にかかっていた手が一度唇を撫でて、それから、戯れのような軽いキス。あ、舐めプしてる。むむん、と睨みつけると鼻で笑われて、大きな口にガブリと口ごと噛まれた。
「いたぁ〜!」
「ハ、強請ったンは誰だよ」
「噛んでとは言ってないもん」
「そォかよ」
「そおだよ」
言いながら、やんわりと押し倒されるので、爆豪くんの首に腕を回した。後頭部には、床に触れる前に手が差し込まれて、優しく抱え込まれる。こういうとこ、優しいよね。目にかかる前髪を払い除ける手つきも、まぶたに落とされるキスも、全部全部、爆豪くんは優しい。頬を撫でる手にスリスリと自ら擦り寄ると、普段は悪鬼羅刹に例えられることの多い表情が、穏やかに微笑んだ。
「もっと奪ったる」
「山賊だあ」
言葉だけは物騒。今度は深く交わる口付けに、その後、呼吸だけじゃなく、言葉通り全部奪われた。