「あ」
うにょん、とピンクがかった白のクリームが、パール大をかなり越して私の手に乗った。いい匂いのするハンドクリーム、だけど、出た。出すぎた。あーやらかした。たまにあるよね。全部塗りたくったら私の手がすべすべ通り越してぬろぬろになってしまう。仕方ない、と顔を上げ、向かいのソファ座っている爆豪くんを見た。
「ばくごおくぅん」
「気持ち悪ィ」
「ふええん、ひどぉい」
「ソレやめろや」
「え〜、かわいくない?」
「気持ち悪ィっつってンだろ」
猫なで声を出しながら近付くと、うげ、と顔を顰められた。なんでだ。かわいいだろが! ぽすんと隣に腰を下ろすと、スマホから顔を上げてこっちを一瞥。
「いらねェ」
「まだなんも言ってないんだけど」
「聞かんでもわかるわ」
「あえ、すご。爆豪くん私のこと好きすぎ?」
「殺すぞ」
「口悪!」
まあまあそんなこと言わずに〜、と爆豪くんの手に触れると、眉間に皺を寄せられる。嫌がってはいるけど、どうやら抵抗するほどではないらしい。
「保湿大事でしょ? 個性で手使うし」
「くせェだろそれ」
「くさくないよ! いい匂いでしょ!」
「甘ったりィんだよ」
「え〜」
先に自分の手に塗ってから、爆豪くんの手にも広げていく。爆破の衝撃に耐えるために人よりも分厚くて硬い手のひらや指先。指先は丸めで、ネイルの映えそうな卵形の女爪だ。骨格タイプの影響だろうなあ。
「爆豪くんって爪綺麗だよね」
「ア゙?」
「ネイルしやすそう〜。指はゴツゴツだけど」
むにむにと揉みながら、手のひらから指の股、指先へハンドクリームを揉み込む。あ、マメ潰れてる。痛そう。ちょっとザラっとした箇所には念入りに。マッサージするように揉んでいると、大人しかった爆豪くんの手が私の手を掴んだ。じい、と見たかと思うと、親指の腹が私の爪の形をなぞる。
「てめェのほうが綺麗なんじゃねェんか」
「……え」
「ハ、ぺらっぺら。手まで雑魚かよ」
「ンだと〜!」
珍しく褒められた。と思ったら貶された。爆豪くんから出るにはレアな言葉に、ちょっと照れてしまった、クソ。爆豪くん、今私を褒めたことに絶対気付いてないな。スっと手を離したかも思うと、自分の手を嗅いでいる。この光景ちょっと面白い。
「……甘ェ」
「おいしそうでしょ?」
「アホ」
「あほ!?」
罵倒である。アホは言い過ぎ。ぬるつくのか、すりすりと自分の指先を擦り合わせた爆豪くんが、私の首元へ手を伸ばした。
「なにぃ?」
「ぬるぬるして気持ち悪ィ」
「だからって人に付けないでよ!」
「どの口が言ってンだ」
露出している首筋に、マッサージのようにクリームが伸ばされる。うーん、出しすぎたな。ベタベタはしないけど、ぬるぬるしている。
「くすぐったい」
「次から無香料にしろ」
「え〜?」
っていうか、無香料だったらハンドクリームのおすそ分けもいいんだろうか。デレ豪くんだ。それからしばらく、スマホをいじれなかった。