心操くんとランニング



 まだほの暗い早朝。珍しくいい感じに起きれたので、運動するか〜、と広い雄英の敷地内をジョギングに出ることに決めた。少し早めのペースで足を動かすと、徐々には、は、と息が上がってくる。とはいえ、まだまだ全然余裕だ。なぜなら私は最強なので。耳元にかけた無線のイヤホンから、軽快な音楽が流れてくるのに合わせて、もう少しペースアップしようかな、と足を早めると、複数に分かれた道の一つから、見慣れた人の若干見慣れない姿を見つけた。イヤホンを外して手を振ると、あっちも私に気づいたようで、少しだけ目を見開いて、足を弛めた。早朝だからかな、いつもはちゃんとセットされている髪が下ろされていて、なんか新鮮だ。

「心操くんおはよ〜」
「おはよう」
「ジョギング?」
「見ての通りね。……アンタも走ったりするんだ」
「え、心操くん私のことなんだと思ってたの」
「いや……うん」

 うん? 濁された内容気になる。

「気にしないから言ってみ、怒んないから!」
「ン……細いからあんまり身体作りしないのかと思ってた……って、ヒーロー科のやつに言うセリフじゃないよな。ごめん、忘れて」
「え、べつに怒んないよ」

 ちょっと身構えたけど、全然普通の内容だった。こないだ上鳴くんに努力嫌いそうだよな〜! ってあっけらかんと言われた方が普通に腹立ったし。でも、そんなそこまで言われるほど細いかな。細いかも。

「筋肉付きにくいんだよねえ」
「ああ、らしいな」
「心操くんはムキムキになったね」
「まァね」

 最初の頃は……覚えてないけど、ひょろひょろだったのに。今やこう……ムキムキ! とまではいかないけど、ガッチリしている。対抗戦とかでヒーロー科と渡り合えるようにもなっていたし、合理的な身体作りが成されているようだ。背も高いし、と見上げると、そういえば髪の毛下ろしてるんだった。さっきも思ったけど新鮮だ。普段髪上げてる人が下ろしてるの、特別感あっていいよね。

「触っていい?」
「え……」
「やだ?」
「まァ……いいけど」

 一度気になったら触りたくなってきた。ので、許可を半ば無理やりもぎ取った。手を伸ばして紫色の髪に触れると、心操くんが目を見開く。おお、ふわふわじゃん。結構毛が細め? 猫っぽいかも。

「!? え、なに、ちょっと、」
「んえ? 触っていいって言ったじゃん」
「や、そっちかよ。……普通筋肉の方だと思うでしょ」
「ああ、そういえばそんな話してたね」
「ハア……アンタの思考回路、付いていけない」
「フラれた!?」

 告白もしてないのに別れる時みたいな言葉を言われてしまった。音楽性の違いで解散だ。

「だって、髪下ろしてるの初めて見たもん」
「ああ……そうかもね」
「レアじゃん? 触りたくなる」
「そうか?」

 同じクラスだったら見慣れるのかもしれないけど、違うクラスだからなあ。そう思うと、心操くんのクラスメイトがちょっといいなあ、と思う。ま! 来年から! きっと同じクラス! ……かはわからないな。私いてA組21人だし、心操くんB組の可能性もバリ高ではある。む、と唇を突き出した。

「……心操くん、同じクラスがいいなあ」
「なに、急に」
「だって髪下ろしてるのいつでも見れるようになるじゃん」
「はあ」
「あ、腑に落ちてない」

 なんだそれ、みたいな顔された。同じクラスがいーじゃんね?

「髪下ろしてるのかっこいいんだもん」
「ハ、ァ!?」
「うわ声デカ」

 早朝から髪下ろし心操くんのクソデカボイスだ。すごい、全部レア。うるせ、と思って見上げると、サッ、と自分の顔を腕で覆っていた。なに? 隠されると暴きたくなる。それが人というもの。ぐぐ、と心操くんの腕に手をかけて引き剥がそうと力を入れるけれど、鍛えられた腕は全く太刀打ちさせてくれなかった。

「え〜、なになに」
「勘弁してくれ……マジで」
「なにを」
「……うるさい」
「!? 暴言っす」

 ハア、と高いところからため息が聞こえてきた。なんだよ〜。うりゃ、と脇腹をつつくとカッチカチでビクともしない。かわりに、大きな手が私の頭を覆って、控えめに揺らしてきた。控えめなあたりが心操くんらしい。爆豪くんとか、容赦ないから。
 ぴぴぴ、とタイマーの音が聞こえてきて、そういえばランニングしてたんだった、と思い出す。あ、もうそんな時間か。早朝には変わりないけれど、そろそろ帰った方がよさそうだ。

「アンタのせいで時間なくなったし」
「なんだよお〜!」

 ならんで軽く小走りで寮の方向へと踏み出す。私のせいじゃな〜いもん。少し後ろを走る心操くんに振り向いて、ニッ、と口角をつりあげる。

「ね、また一緒に走ろうね」
「……たまになら」
「やった〜」

 喜びを表すためにぴょん、って一度だけ飛んだら、元気だな、って冷静な声が返ってきて、それがまた面白かった。たまには早起きも悪くない。



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