瀬呂くんとアイス



 夏だ。信じられないくらい暑い。暑すぎてボーッとしてくる。手の中にある、お手伝いの代金のアイスも、今冷凍庫から出されたばかりだというのに心なしか既にふんにゃりしてきている気がした。

「やば、溶けそ〜……」
「アイスが? おまえが?」
「どっちも……」
「おー、ね」

 並んで日陰に向かう瀬呂くんも、暑さのせいでいつもより覇気がない。見つからない様にね、と一応釘を刺されたので、わざわざ人の寄り付かない校舎の影まで来たのだ。段差に並んで座り込む。日陰だけど普通に全然暑いわ。

「あ、おいしい」
「なー」

 バニラ味の棒アイスを一口齧る。うん、なんかちょっと懐かしい味がする。おいしい。

「瀬呂くんの何味?」
「ん? ストロベリー」
「いちごって言え」
「なんでよ」

 オシャレ風に言うな〜! なんて駄々をこねたら、私のくだらない叫びに気が抜けたように瀬呂くんが笑った。アイスでストロベリーって使っていいの、31かハーゲンダッツだけな気がしない?

「そっちは?」
「ばーにら!」
「あーね、そんままじゃん」
「そんままだよ」

 いうてもやっぱ鉄板のバニラが最強なんよ。地面から照り返す夏の暑さに、じわじわと溶けていくバニラを齧って、あ、と思いついた。拳一つ分程空いた瀬呂くんとの距離を、じり、とおしりで少しだけ詰める。

「ね、瀬呂くん」
「んー?」
「ひとくち、いる?」

 そう言って、齧ったアイスを差し向けて、上目遣いで見上げた。どーよ、あざとかわいいだろ。瀬呂くんはぱちくりと瞬いて、それからそーね、と呆れたように口の端を釣り上げた。

「えー、もっと動揺してよ」
「今更この程度でしねぇよ」
「瀬呂くんそういうキャラじゃん」
「どーいうキャラだよ。上鳴に譲るわ」
「え〜?」

 言いつつ、アイスはしっかり差し出している。ちょっとからかいたい気持ちはあったけど、美味しいからシェアしたいのは本心だし。溶けてきそうだからはやく受け取って欲しい。

「ん」
「あ、マジで食っていいんだ」
「い〜いよん」
「じゃ遠慮なく」
「、……」

 瀬呂くんの手首が、アイスを持つ私の手首を掴んだ。少し引き寄せて、それからがじ、と先の方を瀬呂くんが齧っていく。……あ。
 アイスを食べるために、少し屈んだ瀬呂くんの首筋。暑さのせいで、いつもより広く開いた胸元に、ツ、と汗が滑っていく。無駄な肉のない瀬呂くんの首筋は、同年代の男の子たちより少しだけ大人びていて。濡れて張り付いた黒髪、鎖骨のくぼみに汗の滴の溜まるそれが、なんというか……やけに色っぽかった。伏し目がちになった目も、短いまつ毛も、私の手首を悠々と一周する手も、全部。艶めかしく……率直に言うと、ちょっとえろくて、無意識に口内に溜まった唾を飲み込んだ。

「……? なに、どうしたのよ」
「……え、なにが」
「いや、おまえ顔赤、」
「暑いからね!」
「食い気味じゃん。まじでどーした」

 熱中症かぁ? なんて、暑さのせいで気の抜けた炭酸のような声で瀬呂くんが笑う。暑さのせい、ももちろんあるけど、それだけじゃないことを自覚している。誤魔化すように瀬呂くんの持ついちごのアイスに齧り付いた。

「あ、おまえ」
「ッ、っ〜〜〜!」
「ああほら、絶対すると思ったよ俺は」

 嚥下した途端、キーン、と冷やされた頭が痛む。座ったままバタバタと足を動かせば、瀬呂くんがあーあ、と笑いながら、いつの間にか離れていた手を私に伸ばす。そのまま、額に張り付いた前髪を、そっと剥がして汗ばむ額をひとなでする。ぴく、と肩を跳ねさせてしまうと、瀬呂くんの手も戸惑うように小さく跳ねた。少しの沈黙。ジワジワ、暑さの滲む中で、瀬呂くんの顔も少しだけ赤らんでいく。……。

「……戻るか」
「……うん」

 見つめあったまま数回の瞬きの後、かけられた声にゆっくりと頷く。……なんか、変な空気になってしまった。気恥ずかしさを誤魔化すために、パタパタと手をうちわにして、熱い顔を扇いだ。



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