天喰先輩とキス(してない) ※



※付き合ってる天喰先輩



「んん……、」

 もぞ、と隣のぬくもりが消えて、腕の間には少しの冷たさが入ってくる。それが落ち着かなくて唸ると、機嫌の悪そうな声が抜けていった。

「ああ、ごめんよ。起こしたかな」
「ん゛ー……」

 スリッパを履いて、今にもベッドから降りようとしている環先輩の膝に上半身を乗り上げ、もぞもぞと腰に腕を回した。ゆるやかに髪を梳く手の優しさに、そのまま二度寝を始めようとすると、頭上から小さく笑う声が漏れ聞こえる。

「君はまだ寝てていい」
「うぅん……先輩は?」
「俺はもう目が覚めたから、ちょっと走ってこようかと」
「げんきぃ〜」

 先輩って低血圧そうに見えて、意外と寝起きいいんだよね。数分ぼーっとして、直ぐに動き出せる人だ。ご飯いっぱい食べるからなんかな。するん、と私の髪を通った手が、そのまま脇の下に入ってくる。そっと持ち上げられるから、寝かされる前に首に抱き着いた。

「起きる?」
「んんや……」

 眠いのは眠い。けど、絶対に二度寝が必要なほどの眠さではない。ランニングは行かない、という意思だけは強く持っているつもりだ。だってまだ雀がぴちゅんぴちゅん鳴いてる時間だ。
 先輩の膝に座って、肩に頭を預ける。落ちないようしっかりと回された腕のおかげで、薄着ではあれどそこまで寒さは感じなかった。とはいえ、ショーパンから剥き出しの足は少しだけ寒い。ので、先輩の手を導いて、まだ熱を持つふとももの上に置いた。あったかい。

「君は、」
「うん?」
「うん……」
「うん?」

 うん? 会話が終わった。同棲を初めて数ヶ月は経つけれど、こういうことはわりとある。言葉を飲み込んでしまいがちだけど、私に向けた、いやそれ以外の言葉でも、全部欲しいなあ、って思うのはわがままなのかなあ。

「なにぃ?」
「いや……その、早朝から口に出すべきではなくて、」
「いいから言ってみ」
「う……」

 肩に頭を預けたまま、斜め下から先輩の顔を仰ぐ。じわじわと赤く染っていく耳と、じっとりと滲む感触をふとももに伝えてくるてのひら。……ほほーん。

「キスをしたい、と思い、ました……」
「んっふふ」

 多分、それも嘘ではないんだろう。ただ、目を合わせてくれないので完全な本当でもない。尖った耳の先にちう、と唇を触れさせて少しだけ吸うと、ビクッと肩が跳ね上がった。かわいい。

「ま、寝起きとはいえかわいい彼女の素肌なんて撫でたら、ね。しょうがないもんねえ?」
「あけすけすぎる……最悪だ……」

 そう言いながらも、ぎゅう、と抱き締められた。開き直ったのかもしれない。匂いを嗅ぐように胸元に顔を埋めてくるので、やっぱり先輩も健全な成人男性なんだなあ、の気持ちになる。やることやってるし散々わからされてんだけどね?

「いや、ほんと元気」
「だから走ってこようと思ったんだ……情けない……恥ずかしい……海辺の砂になって散りたい……帰りたい……」
「家ここじゃんうける」

 あっは、と笑い声を上げたら、仕返しのように柔く鎖骨を噛まれた。頬に触れると、どことなく責めるような目で見つめられる。

「露出が多すぎると思うんだ」
「え〜、かわいいでしょ」
「……かわいいけれど」
「じゃあいいじゃん」

 肌なんて出してなんぼだ。家の中だし、見られるのだって先輩だけだし。だめ? って首を傾げて目元にキスしたら、薄い口がむにゅむにゅした。

「俺が我慢できなくなる……から」

 鋭い目付き。先輩のことをよく知らない人からは、睨んでるようにも思われるだろう。でも、それがどうしようもない欲の証だと今は知っている。

「我慢なんてしなくてよくない?」

 ふ、と笑いながら、環先輩の肩を押した。……押し倒されてはくれなかった。体幹オバケめ。



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