飯田くんとキス※




 隣に座る、がっしりと大きい身体にコツン、と頭をぶつけた。読んでいた本を膝に下ろして、どうした? と私を見下ろす飯田くんの胸に、さっきよりも勢いよくどん、と飛び込む。半ば頭突きだ。それでも、超加速に耐えるために鍛えられた身体はびくともしない。なんでもないよ、と言いながらぐりぐりと顔を擦り付ける。洗剤もボディソープも、基本的に無香料の物ばかり使うから飯田くんからは飯田くん本来の匂いしかしない。スー、ハー、と深く深呼吸して堪能していると、フフ、と頭上から笑い声が振ってきた。見上げると、穏やかに笑う顔。手を伸ばして、刈り上げたもみあげをジョリジョリ撫でる。気持ちいい。ここを触るのも好きだ。

「君は本当に甘えん坊だな」
「かわいいでしょ」
「そうだな」

 キラキラと繊細な飾りのついたブックマーカーを本に挟んで、テーブルの上に置いた。飯田くんっぽくないブックマーカーは、元は私が使っていたものだ。飯田くんの使っていた栞と半ば無理やり交換したんだけど、よく使ってくれているのを見る。よしよし。関節の太い指が、私の頬に触れて、不器用な手つきで撫でられる。ちょっとくすぐったい。ぐっと顔を近付けて期待を込めて見つめると、眼鏡の奥の瞳と目が合った。全く、と少し呆れたような顔をされる。それから、四角い眼鏡が外されて、丁寧に本の隣に並べられた。目をつぶると、唇に当たる少し固い感触。リップクリームを塗っているのでかさついてはいないけれど、元来の物なのか、飯田くんの唇は少し固い。骨がしっかりしてるからかな。

「んふ、ふふふ」
「何か面白いことがあったか?」
「や、飯田くん、キスするとき眼鏡外すじゃん」
「? そうだな」

 初めての時は、外さなかったけれど。軽い接触ならまだしも、深いキスをする時は邪魔なことを学習したみたいで、眼鏡を外すようになったのだ。なんかさ、それって。

「えろくない?」
「エ……っ、何を考えているんだ君は」
「だって」
「だってじゃない!」

 えろいよね。うん、めちゃくちゃえろい。こんな、生真面目一辺倒の優等生〜って感じの男が、キスする時は眼鏡が邪魔だって知ってるの、マジえろいじゃん。それを教えたのが私だってことも最高。からかわれたことに怒っているのか照れているのか、おそらく後者だろうけど、ぷんすこ小言を零している飯田くんの、太い首に腕を回した。お小言ですら飯田くんの声って心地好いから、別にいいんだけど、どうせならもっと色っぽい声がいい。

「ねえ、もっと」

 クッと逞しい首を引き寄せて、耳元にぽそりと落とすと、びくりと跳ねた身体が硬直する。少しの間を置いて、脱力。

「卒業するまでは、何もしないからな」
「ふふ、わかってるって」
「……君を、大切にしたいんだ」
「うん」

 背中に回った手が、少し震えているのを感じて、どうしようもなく幸せを感じた。



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