物間くんとお礼



 休み時間、学生にとってはなかなか貴重な時間だ。そんな時間にわざわざ隣のクラスまでちょっかいをかけに来る物間くんって、なかなか時間の使い方が下手だと思う。

「で、今日はどしたの」
「ハアアアア〜? 君ねェ、何か忘れてないかい」
「ハ?」

 なに? なんか約束したっけ? と思ったお世話係の一佳を見ると、呆れ顔。んん? 片眉を上げて物間くんを覗き込むと、なーんか得意げにされる。なに?

「私の拳が欲しいならいつでもいいけど……」
「物騒すぎないかい君」

 スッ、と握り拳を差し出すと、一佳が後ろでちょっと笑顔になった。え、かわい〜。と、それは置いといて。物間くんを見上げたら、フ〜、ヤレヤレ、なんて今どき異世界転生なろう主人公でもしない仕草をされた。あ、一ムカです。そんな物間くんがひょい、と背中に回していた手を掲げたら、あっ。

「ねえ、それ私のなんだけど! パクった!?」
「ハアアア!? そんなわけないだろ!? 僕は君の忘れ物をわざわざ! 持ってきてあげたんですけどォ〜!?」
「あ、そなんだ。さんきゅ〜」
「軽っ」
「軽いな〜」

 観覧席の瀬呂くんや一佳が笑っている。へへ、軽さには定評がある方なんだ、私。ピースピース、と観客にアピールしていると、物間くんが少しだけ私に近付いた。なんやねん。

「アレアレアレ? A組の人はそんな軽い感謝だけで終わるんですかァ〜!? 流ッ石、天下のA組さまは天狗になってるみたいだねェ!?」
「うぜ〜」

 直接的に煽られる。いやおもろいけどウザイな。一佳が後ろで手刀を構えて、いつでも行けますみたいなポーズを取っているけれど、ここはひとつ、物間くんに私から、しっかり、「お返し」をしてあげようと思うのでにっこりと笑顔を作った。だって、要は物間くん、私から「お礼」が欲しいってことでしょ? なんだなんだ、とかまた物間か〜、なんてAB両組のギャラリーが増えている。よしよし。

「物間くん、」
「フン、なんだい?」

 呼びかけて、少しだけ背伸びをする。物間くんの肩に手を乗せて、それから、

「おれい、したげる」

 そう、小さく甘く囁いて。唇、の少し横で、ちゅっ、とリップ音を立てた。
 一瞬の静寂、それから、次の瞬間にはハアアアア!? という驚愕の叫びが洪水のように押し寄せた。アハハ、ウケる。

「……ね、ありがと」
「ッハ……、……!」

 はくはく、と物間くんは顔を赤くして、金魚みたいに口をパクパクしている。顔どころか、耳まで真っ赤。かーわい。背伸びしていた踵を落として、物間くんから手を離すと、意外と鍛えられている身体はフラフラと支えを失ったように力をなくして、とすん、と軽く尻もちを付いた。それから、ス、と自身の唇を覆って、物間くんは少しだけ後退る。……いや、なんか怯えられてるみたいな感じもあるな。面白いけども。

「えっ、ちょ、エッ!? したの!?」
「ずっりィイイなんで物間だけ!」
「いや、いやいやいやフリでしょ!?」
「白昼堂々なにしとンじゃゴラァ!」
「ふふふ」

 笑って流すと、どっち! と質問が飛んでくるけど、それは私と、たぶん暫くはちょっかいをかけて来なくなるだろう物間くんだけの秘密だ。



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