相澤先生とマフラー



※夢主に元彼がいた
※モラルは微妙にない


 ようやく春が来たかと思えばまだまだ冷え込んで、一瞬暖かかったせいでより寒く感じる気温に、マフラーに鼻先を埋めた。さ〜むすぎ。

「さむいさむいさむい」

 震えながら早足で寮へと駆ける。もうさあ、走ったら頬にあたる風が一段と冷たくて諸刃って感じ。先生に用があって教員寮まで向かったけれど、どうやら入れ違いになっちゃったようで、三奈からの連絡を受けて慌てて戻って来た。寒い。

「あ、おかえりー」
「せんせーいた! 寒いんだけどまじで」
「寒そうね」
「寒いんよ」

 共有スペースへ駆け込むと、真っ黒な後ろ姿と歓談する数名。すぐさま暖かいラグの上に膝からスライディングしてブランケットに転がりこめば、雪が付いていたみたいで、瀬呂くんが手を伸ばして前髪のあたりを払ってくれた。寒い。

「来る前に連絡しろよ」
「えへへ、行けるかなって思って」

 はい、と先生に凍てついた必要書類を出して、無事に受け取ってもらう。進級できないとこだった、あぶねえ。クリアファイルに挟んだそれに、先生はザッと目を通してからご苦労、と私の頭を軽く書類で叩いた。

「カップルみてぇな会話だよな」
「あー、会話だけならねー」
「つかまだ雪降ってんの?」
「結構ぼちぼち」

 のんびりおせんべいを食べながらの上鳴くんの言葉に、三奈がゆる〜く同意する。あ、私もおかき食べたい。海苔巻きの梅のやつをぱりぱりと齧った。あ〜、染みる。ついでに誰のかわかんないけど置いてあるお茶を飲む。うまい。

「人のモン勝手に飲むな」
「あ、これ先生のなの? ごちでーす」
「おまえね」
「アイツの度胸たまにまじでわけわかんないよな」
「アイツが舐め腐っとンのはいつもだわ」

 誰が舐め腐ってるってえ……? あたしだよ。爆豪くん、ずっと興味なさげにしてたくせに私の悪口には秒で参加してくるの、三周回って愛なんよ。
 呆れた目を私に向けた先生は、注意するのも面倒だったのかまァいい、ごっそさん、と立ち上がった。帰るらしい。……え?

「え、先生なんも上着ないの?」
「……敷地内だろ」
「でも寒いよ〜! マフラーは?」
「先生マフラーと捕縛布間違えてヤったらしいよ」
「どんなミス!?」

 どうやら私服で出歩いていた時に敵に遭遇して咄嗟に捕縛布、と思ったらマフラーだったらしい。いや説明聞いても謎シチュ。捕縛布みたいに丈夫じゃないただの布なマフラーは、拘束は出来たけれど解いた時にはボロボロのお釈迦でご臨終だったようだ。今世紀最大のそらそう。……あ、じゃあ。

「ねえ、これあげる!」
「あ゛?」

 あ゛? って。またガラ悪くなってるし。オコだぞ。首に巻いてたマフラーを解いて、立ち上がって先生の首に巻き付けた。グレーのタータンチェックのマフラーは、性別問わず使えるものだから大丈夫でしょ。

「いやあげるっておまえ」
「それまあまあいいやつじゃね?」
「いいのいいよ、貰い物だから」
「「余計ダメだろ」」

 先生と男子たちの声が被った。でも別に、まじでいいんだよね。

「なんかあ、正確にはぁ、貰い物って言うかぁ、」
「その喋り方やめろや」
「元彼から奪ったやつだって言ってたよね〜ぇ?」
「それ」
「は?」

 ニヤニヤしながら三奈が続けた説明に、その場の男性全員が間抜けな顔をした。付き合ってた時、いいもんもってんな〜って思ったからほぼ新品だったしちょうだい! ってオネダリしたやつだ。快くくれたけど、今となったら元彼からの物ってなんか使いづらいじゃん。すぐ別れたし。なんて言うと、

「うっわ、元彼かわいそ……」
「人の心とかないんか?」
「捨てろやンなの」
「……道徳再履修するか?」
「一斉非難!? いやでもだってさあ、捨てるのも勿体ないじゃん!?」

 禪院直哉にまで批判されてしまった。ひどい。みんなが虐めるよ〜! と三奈の膝に縋り付くと、いい笑顔で「や、フォローは無理!」とスッパリ切られた。無念。
 先生は鼻を軽く鳴らして、それから私の横にしゃがんだ。

「明日返すから、捨てるか使うかはおまえが決めなさい」
「……は〜い」

 今だけ借りるね、と私の頭に軽く触れて、じゃ、と先生は帰って行った。

「……相澤先生ってさあ」
「なんだかんだ甘いよな」
「な」

 次の日、マフラーは洗われて返ってきた。



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