切島くんと髪



 お風呂上がり、共有スペースにて。日中はツン、と尖った赤い髪が、朝やお風呂あがりはペタンと真っ直ぐに下ろされている。寮に入る前も、合宿の時とか水難救助の後とかでよく見かけたけれど、やっぱりこう、切島くんといえば漢! ツンツン! ってイメージだから、未だに見慣れなさがある。

「そんなに切島見つめてどした?」
「ん、俺か?」
「ん〜……」

 ぢう、と胸の上に乗せた紙パックのジュースを啜った。少し噛んだストローから口を離す。これ、あんまり好みじゃない。から、覗き込んできた瀬呂くんにあげる、と押し付けた。

「人に飲みさしあげんなよ」
「味微妙だったんだもん」
「微妙なもんあげるかー? 普通」

 あげるよ。私には微妙でも他人の好みはまた違うしね。瀬呂くんは呆れたように片眉を上げて、噛み跡の残るストローを吸った。再び切島くんに向き直る。

「切島くんってさ」
「おう!」
「顔かわいいよね」
「おっ……う? そうかァ?」
「うんうん」

 目大きいし。髪を下ろしているとこう、幼さの少々目立つ顔立ちに思える。本人は不満そうだけど、“かわいい”は女子にとって最大の褒め言葉だから喜んでほしい。

「かわいいよりかっこいいがいいぜ」
「え〜、そう? まあそうかあ。男の子だしね」
「オウ! やっぱり漢気溢れるかっけェ男になりてェからよ!」
「これ結構美味くね?」
「まじ? よかったじゃん」
「無視かよ!」

 ガチン! と拳を合わせて決意表明をする切島くん。だって瀬呂くんが話しかけてきたんだも〜ん。ふふ、と笑いながらソファにぐてっと凭れて、切島くんをもう一度見た。……あ、根本、ほんのり色味が違う、気がする。全体がちゃんと赤ではあるけれど、毛先の方が明るくて、根元が暗めの色味だ。やっぱ染めてるよねえ。

「元の髪色何色なん?」
「……アッ!?」
「あ?」
「ビビった、どしたん」

 切島くんが驚いたように大声を上げた。びっくりするじゃん、なに?

「いや、なんで……え?」
「え、なにが?」
「いや、染めて……んの、なんで気付いたんだ?」
「あえ、隠してた? ごめぇん」

 本気で驚いているようだ。隠してたのか、切島くん。知らなかった。すま〜ん。なんだろ、地毛赤髪で通したいタイプだったのかな。なんかごめん。

「いや、根本がほら、グラデっぽくなるじゃん? 染めると」
「あー、なるほどな」

 何度も染め直す毛先は、やっぱりどうしても色が明るくなりがちだ。切島くんが、目にかかる赤髪を指先で摘んだ。

「あー……地毛は黒だよ」
「へえ! いいじゃん。似合いそ〜」
「そうかァ?」
「ま、男子は切島の地毛の色なんてとっくに知ってたけどね」
「え!? なんでだ!?」
「なんでって……」

 瀬呂くんが、ジッ、と切島くんの下半身を見つめる。……あー、ね。なるほどね。数秒考えた切島くんも、合点がいったのか、クソ、と恥ずかしそうにジト目をした。そりゃそう。

「ブリーチしてんの?」
「いや、カラシャン」
「え〜カラシャンすご」
「な! 毎日してっからちょっと傷んできちまったけどな」

 前世のカラシャンと言えば、染めた後色落ちしないようにするくらいで、しっかりした染髪作用はなかったけれど、この世界のカラシャンはめちゃくちゃに優秀だ。

「私も使えば赤くなる?」
「オー、多分。でも落ちにくいぞ」
「あーね」

 それは困る。今世はまだサラツヤキューティクルを保っているので、あんまり傷め付けたくないし。言うてもカラシャンだから、そこまで傷まないかな? どうなんだろ。前世と今世では“個性”の影響で洗髪事情がだいぶ違うからなあ。すくっと立ち上がると、瀬呂くんと切島くんのおっ、と言う声が重なった。切島くんの隣にぼふっと座って、赤い髪を摘んだ。

「え、そんなに傷んでない」
「元の毛が太ェからなァ」
「ふとそ〜」

 摘んだ指先を軽く擦り合わせても、ギシギシとはしない。ちょっと硬いかな? 洗いたてだからかふわふわだ。

「うわ」
「おっ、おおっ!? オイ、なあ、」
「ん〜、シャンプーの匂い」

 膝立ちになって鼻先を髪に押し付ける。染め粉特有の、ヘナっぽい匂いはあんまりせず、普通のシャンプーの匂いだ。あんまり切島くんっぽくはない。なんか、切島くんって漢気の匂いしそうだよね。どんな匂いだよ。まあ、そこらへんはサロンシャンプーだから仕方ないんだろうけど。

「あんま嗅ぐなって! マジで!」
「へへへ、照れてやんの」
「てっ……照れンだろ!」

 照れてる照れてる。やっぱり、男の子やなあ、という感じだ。でも、黒髪の切島くんか〜。想像してみると、ちょっとおぼこい感じだろうか。それはそれで似合いそうだ。

「でも、やっぱり赤い方がかっこいいね」

 そう言って笑うと、切島くんはギュンッ! と顔をシワシワにして胸を抑えた。胸のきゅんをさせてしまったみたいだ。へへ。やっぱり切島くんはかわいい。




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