相澤先生と水着※



※付き合ってる未来軸


 仕事終わり一眠りして、時刻は丑三つ時。明日はハッピーホリデー。楽しくなれるよ集まれ。ルンルンになってしまったのでなんとなく思い立って大掃除をしていると、水着が出てきた。去年買ったけど、結局着なかった水着だ。ワンピースタイプだけど、サイドが編み上げで背中がバックリ開いているから、ちょっとセクシーめでかわいいやつ。今年も今のところ、海やプールに行く予定がないし、着る機会に恵まれなさそうだ。……って思うと、勿体ないよねえ。かわいいんだもん。着たいじゃん。よし、着よう。
 ということで、水着に着替えて、お風呂に水……は夏といえど流石に寒いから普通にお湯を張る。寝る前にお風呂入ったけどまあね、これは水遊びだ。消太さんもまだ帰ってこないだろうし。あ、入浴剤入れちゃおっかな。泡風呂。ふんふんと鼻歌を歌いながら、寝室へ取りに戻った水鉄砲やアヒルちゃんを腕いっぱいに持ってお風呂場へ連行しようとしたところで、ガチャ、と玄関のドアが開いた。あれ、はやい。

「……」
「……おかえり!」
「なにしてんだおまえ」

 無言の見つめ合い、からの強引に挨拶で押し切ろうとしたけれど、普通に無理だった。まあそら無理。少しだけ疲れた顔をしていた消太さんが、表情を変えずにジッ、と見つめてくる。ウワ、驚いてる驚いてる。顔には出てないけど私にはわかる。長年の付き合いなもんで。

「とりあえずあがらない?」
「……ああ。ただいま」
「ん、おかえりなさい。早かったね」
「ああ、頑張った」
「えら〜い」

 脱いだ靴を端っこに揃えた消太さんは、私が洗面所へ入ると続いて入ってくる。アヒルちゃんたち、とりあえず起きたいからね。消太さんは手を洗ってうがいをしているので、後ろからドンッ、と抱きついた。少し飲み込んでしまったのか、ごふっ、と軽く噎せている。口元を拭った消太さんが、お腹に回した私の手を上から掴んで、軽く指を絡めた。手洗ったからかちょっと冷たい。

「おまえね、急に抱きつくな」
「え〜?」
「ちょっと飲んだだろ」
「んふふ」

 飲んでたねえ。見てた。ウケる。笑いながら背伸びをすると、意図を察した消太さんが、振り向いて、少しだけ屈んでくれた。唇が触れ合うと、すぐに身体ごと消太さんが振り向いて、背中に腕が回される。剥き出しの肌を硬い皮膚が撫でて、ゾワゾワとした感覚が身体を痺れさせた。首の後ろに手を回すと、左の目がゆぅるり細まって、大きな手が優しく髪を撫で下ろす。

「で、なにしてたんだ」
「ん? 水着着てた」
「それは見りゃ分かる」
「ん〜……なんかね、これ、去年買ったけど、着てないなあってなって、勿体なくなって、あのね、着た!」
「へェ」

 へぇ、だって。興味無さそう、にしてるけど、消太さんの片目はしっかり私の水着を捕えている。

「かわいいでしょ」
「かわいいよ」
「へへへへ」

 ふにゃふにゃにふやけた顔をした消太さんの唇が、瞼にそっと触れる。深爪気味の指先が、ツツ、と背中をなぞった。パチン、とサイドの編み上げを弾かれる。

「肌出過ぎじゃねェか」
「そりゃあ水着だもん」

 もにょ、と無精髭を蓄えた口元が歪んだ。意外と独占欲の強いこの人が、あんまりこういうのを着て欲しくないのは知っているけれど、私が自分の好きな物は好きに着たいし譲らないのを知っているから注意出来ないんだろう。お見通しだ。

「……で、深夜に一人で水着着て何しようとしてたんだ」
「ん〜? 水浴びぃ」

 は寒いから、お湯浴びだ。さっきまでしていた水音が止まって、ぴろろろん、お風呂が湧きました、と機械音が流れる。

「あ、でも消太さんお風呂入るよね」
「そうだね」
「ん〜……一緒に入る?」
「おまえは水着で?」
「うん」

 だって水着着たいんだもん。あとこれ、と掲げたのはシャンパンの容器を模した入浴剤だ。とろりと本物のシャンパンみたいな琥珀色をしている。泡風呂のやつ。消太さんは微妙そうな顔で見てくるけれど、ファンサのための水着写真のひとつやふたつ、ストーリーにでも流すつもりだからね。

「あ、ちょっと! 脱がそうとしてるでしょ」
「……ダメか?」
「ぐうっ……! かわいい顔してもだーめ」
「こんなおじさんのことかわいいって言うのおまえくらいだよ」
「甘えたさんしてもだ〜め」

 水着にかかる不埒な手をぺいっ、と退けると、チッと舌打ちが聞こえてきた。年々甘えたになってきている気がする、この人。

「……待て、なんでスマホ持ち込むんだ」
「ん? 写真撮るし」
「……なんに使うんだ」
「そりゃファンサ」
「ダメだ」

 スマホを手に取ると、即怒られた。否定が早い。

「いーじゃん。泡の中だよ?」
「言い換える。いやだ」
「あら」
「他の人間におまえの肌を見せたくない」
「あらら」
「……ダメか?」

 こうも懇願されると、どうも私は年上の恋人に弱い。メロメロだから仕方ないんだけど。ふぅん、と鼻を鳴らすと、腕を掴まれる。

「直ぐには無理だが、行こう」
「どこへ?」
「泳げるとこ」
「バカンス的なやつ?」
「ああ。二人で」

 ふむ。悪くない提案だ。実際、プロヒーロー御用達バカンス旅、候補はいくつもある。問題は休暇方面だけだけれど、このイキなら消太さんは絶対もぎ取ってくるだろう。

「消太さんも水着きる?」
「おまえが望むなら」

 ふむふむ。決まりだ。了承とばかりに逞しい首筋に腕を回すと、手慣れた仕草で肩紐を下ろされた。



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