子子子子子子子子子子子子(猫の日)
「せんせえ〜」
「緩名、おまえ予鈴鳴って……個性事故か?」
「爆速理解助かるにゃん」
「「え〜!!!!」」
とある朝、校門から教室まで、数分の距離なのに、見事に貰い事故をした。ガラッと開いた教室の扉。私の後ろでペコペコと頭を下げる普通科の女の子。一瞬で理解してくれる先生、流石だ。急にテニスボールぶつかって10年前にタイムスリップしても5秒で受け入れてくれそう。
「……獣化か」
「そーにゃの」
私の頭にはピコピコと動くふさふさの猫耳、スカートから垂れ下がるのは、同じく長毛種のしっぽ。顔、胴体にはあまり影響が出ていないけど、手と足は猫のように丸くもふく、手の爪は鋭く、指の腹と手のひらにはぷにぷにの肉球が。靴履けん。
ぺったぺった廊下を歩いていたら、階段から足を踏み外した彼女が降ってきて、反射で受け止めたらこうなった。彼女の個性、“獣化”らしい。意識して使ったものではなく、危険を感じて無意識に発動してしまったらしく、中途半端に二次元エロモードみたいな獣化になってしまった。にゃんたる。
「長くても一日経てば元に戻ると思うので……!」
すみませんすみません、と謝り倒す彼女を、クラスと名前だけ聞いて先生が返した。しょうがにゃいもんね。
「他に異変は」
「にゃいです」
「……ハァ、とりあえず後でばぁさんとこ行っとけ。変わりがなければ演習も参加していい」
「ラジャ〜」
「連絡事項は誰かから聞け」
「はぁい」
ぷにっ、と肉球で先生の頬を押せば、一瞬スペキャ顔をした。猫好きなのにあんまり懐かれないもんね。ジッ、と見つめあって、一瞬の逡巡。触りたいけど生徒相手だから触れない、って感じかな。
HRが終わり、わっとみんなが寄ってくる。やめろ〜、なんか人多いのやだ。わらわらと寄ってくる手を避けて、先生の後ろに隠れる。
「触んにゃいで〜」
「喋り方も猫っぽくなるんだね……!」
「ん? あ、これ? これは趣味。普通に喋れるよ。ほら」
そうそう、変化があるのはほぼ身体的なものだ。口調は猫と言えばって感じで勝手にアレンジしてたの。ワイプシに近い。周りにいたみんなが、ハァ? って顔かあはは……と苦笑いに分かれた。
「紛らわしいことすんな」
「あいたっ」
ぱこんっ、と先生におでこを小突かれる。酷い。怒ったから真っ黒の服に、スリスリと頭を擦り付けて、毛を付けてやった。フン。
「言動も猫っぽくなるんかな?」
「あ〜でも緩名の場合普段からこんなんだしなあ」
「こんなん言うな」
「いてっ。あ、すげえ肉球だ」
ぺいっ、と切島くんに拳を繰り出すと、ぺこっと肉球が当たった。手首を掴まれて、まじまじと観察される。すごいよね、これ。離して。
「えー! アタシも見たい見たい見たーい!」
「触らせて触らせてー!」
「いーーーやっ」
「磨ー!」
「いやいやいやっ」
「触りたい触りたい!」
「いやいやいやいやっ」
「子どもの喧嘩か」
「そろそろ一限始まんぞ。席付けよ」
「はい」
三奈と私のお触り論争は先生の一喝によって収まった。
「あー磨全然触らせてくんない〜」
「構ってこないやつの方ばっか行くよなー」
昼休み。休み時間が来る度に触らせての波が来るから、障子くんの複製腕の中で繭のようになっていたけど、お昼はそうもいかない。グルルル、と勝手に鳴る喉で威嚇しながら、ステイステイッ、と三奈と見合いを始める。ほぼカバディだ。
「ほどほどにしとけよー」
「芦戸もあんますると嫌われんぞー」
「磨アタシのこと超好きだから大丈夫ー!」
「そうだけども」
そうだけども。自分で言うな案件だ。隙ありっ、と透が飛びかかってくるのを避けて、扉の方へとジャンプする。あ、待ってなんかめっちゃ飛ぶ。そう、猫化したことで身体能力バカ上がってるんだよね。忘れてた。ぶつかる、となったところで、扉が開いて誰かが入ってきた。
「A組はグファッ!」
「あ、物間くん」
「おお、見事に着地したな」
「危なかったなー扉が。危機一髪」
「私を心配しろ」
「や、平気だろお前は」
「……人の上でペチャクチャ会話しないでくれないかなあ!? 普通人を踏んだら直ぐ退くんじゃないのかい!?」
「よっしゃもっと踏んだろ」
「座らないでくれる!?!?」
物間くんうるせ〜。扉を開けて教室に入ってこようとしたのは物間くんだった。またいつもみたいにだいたいの人にスルーされる嫌味でも言いに来たんだろう。めんどくさいからお腹の上にぺたんと座った。マウントポジションいえーい。後ろからは、一佳と唯ちゃんが歩いてきている。お、と手を挙げるから、ニャ、と上げ返した。
「噂には聞いてたけど、磨なんかかわいいことなってんな」
「ね、かわいいでしょ〜」
「かわいいかわいい」
「ん」
「物間生きてっか?」
噂になってんかい。通りで他科の人をいつもより見かけると思った。ギャンギャン喚いている物間くんを、鉄哲くんが覗き込む。生きてるよ、うるさいくらい。
「も〜物間くんうるさい。うるさいくんって呼ぶぞ」
「君なんでそんな面白いことになってるんだい? やっぱりA組はトラブッふぐ」
「うるさーい!」
「んぐぐぐぐ」
「あれ物間死ぬんじゃね……」
「思春期の男子には刺激が強すぎる。最高か……」
物間くんの上にべたっと引っ付いて、口を肉球で塞いだ。B組の男の子達が、複雑そうな羨ましそうな顔で物間くんを見ている。猫化して手が大きくなってるから、鼻までついでに塞いでる? コレ。物間くんの顔色が赤くなったり青くなったり忙しそう。大丈夫、人間そんな直ぐには死なない。物間くんとかめちゃくちゃしぶとそうだし。にしても、間近で見ると綺麗な顔してるな〜、やっぱ。タレ目いいよね、タレ目。くん、と鼻を鳴らすと、爽やかで少し甘い香りがする。香水ではないだろうし、柔軟剤? いや、肌から香ってる気がするから、ボディクリームとかかな。そういうとこ気使ってそうだもん。いつもより敏感に匂いを拾う鼻を、ピクピクと痙攣する物間くんの首筋に近付けた。ところで、ひょいっと身体に浮遊感。
「なーに瀬呂くん」
「はいはい、そこらでストップな〜」
「なゃんで〜」
「あのね、物間が死んじゃうから。物理的にも社会的にも」
「そんな重くないよ私」
社会的には知らないけど。異性と密着して勃っちゃった! とかなら女子には引かれるけど男子にはまあ……ぐらいなんじゃない? チャイム勃起とかあるくらいだし。よいしょ、と瀬呂くんの少し出張った肘の上に抱えられる。気絶していた物間くんはいつも通りごめんな、と一佳が引きずって行った。まじ何しに来たんだろ。
「飯は」
「食べるつもりだけどうるさいから食堂やだ」
「だと思って芦戸達がなんか買ってくるってよ」
「やだ〜! 最高! シゴデキ〜!」
愛した。フォーエバーラブだわ。嗅覚だけじゃなく、聴覚も過敏になっているみたいで、うるさいのキツいのだ。わりと早い段階でそれに気付いたから、みんな物音とかには気を使ってくれるようになった。爆豪くんですら爆破を小さくしてくれてたもん。優クラス。
私を抱き上げたまま教室内に戻る瀬呂くんの肩にぐるんと巻き付く。細長い身体が少しだけふらついた。
「お、っと」
「軽いでしょ?」
「おーおー羽のように軽いぜ」
「ふふん」
「いいなあ瀬呂。緩名ー次俺んとこ来てよ」
「電気パチパチするからいや」
「フラれたぁ……!」
瀬呂くんが席に座ると、肩から降りて窓際へ。爆豪くんの席でいいや。日が当たって気持ちいい。爆豪くんは切島くんと食堂でご飯だろう。またあの地獄みたいな赤い食べ物食べてんのかな。想像するだけで胃が痛い。
「本当に猫みたいなってんなー」
「んー……」
「あ、寝るのね」
「んー……」
ポカポカウトウトしてきて目を閉じる。あったか眠い。くぁ、と欠伸をひとつして、心地よい眠気に沈んだ。
「あれ?」
「起きたかい」
「あ、リカバリーガールちゃんおはよー」
「私をちゃん付けで呼ぶのアンタぐらいだよ」
「ほめられた〜」
まったくあんたは……と呆れられた。てへへだ。ていうかなんで保健室に。教室にいたはずだけど。
「なんで保健室?」
「何しても寝たまま起きないって言うんで運ばれて来たんだよ。おそらく個性の影響だろうね」
「あにゃ〜」
「ちょうどいい、もう放課後だから戻って寝なさい」
「ん、もうねむくないよ」
「猫化してるからねえ。またすぐ眠くなるだろうさ」
にゃるほろ。猫はよく寝るもんね。時計を見たら本当に放課後だった。結局午後授業全部ブッチしちゃったわ。ジュギョーブッチだ。
保健室を出て、ぺたぺたと素足で歩く。足も猫だから。廊下冷たいな〜。あ、オールマイトだ。緑谷くんもいる。相変わらず仲良いな。声をかけようと思ったら、緑谷くんはそのままどっか行ってしまった。帰ったんだろう、方向的に。
「オールマイト〜」
「おや、緩名少女。ハハ、随分かわいらしいじゃないか」
「ね、でしょ? かわいいでしょ〜」
「ああ、凄く愛らしいね」
「じゃあ抱っこして」
「んん……大丈夫かなあ」
「大丈夫大丈夫。足冷たいの」
放課後だし、ヒーロー科は他科よりも一時間長いから他の生徒に見られる心配も少なめだ。見られないとは言っていない。足冷たいし救助活動みたいなもんだよ。腕を伸ばすと、そのまま抱き上げられる。よし。フンフンと鼻を鳴らしてオールマイトの首筋を嗅ぐと、ドキドキと早くなる鼓動が聞こえてきた。おじさんは加齢臭には敏感らしい。なるほ。
「あのね、個性事故で、私ひとつ怖いことがあるの」
「! ……どうしたんだい?」
「あのね……」
こしょ、とオールマイトの耳元に口を寄せて、囁いた。
「私、校長先生見たら捕食したくなるのかな……って」
内緒話のように小さく零した内容に、オールマイトが目を見開いた。だってそう、個性にかかってから、身体だけじゃなく精神面も若干猫に引っ張られてる気があるのだ。本能的なやつ? こわくない? 校長先生ひょいパクーしちゃいましたとか笑えないもん。BEASTARSの世界になっちゃう。なんて考えてたら、オールマイトがハハハ! と笑いだした。
「大丈夫だよ、緩名少女なら」
「ほんと?」
「ああ。三茶くんだって大丈夫だろう?」
「いやうける」
猫ちゃん刑事さん、同一視していいのか分からないけど確かに似たようなものか。なら大丈夫なのかな?
「ネズミ美味しくなさそうで食べたくないなあ……」
「あ、そこなんだね、心配は。……ところで緩名少女は今から帰るとこかい?」
「ん、そ〜。あ、先に職員室寄るの」
「じゃあ職員室まで向かおうか。私も戻るところだったからね、丁度いい」
一応起きました! って報告を先生にしとかなきゃと思って。目指すは勝利で出発進行ー! とキャッキャすると、楽しそうだね、とオールマイトが微笑んだ。ついでに耳の裏撫でて欲しい。そういえば人間の耳消えてて更地みたいになってて、それもちょっとコワである。
「んん〜」
「おお、喉もゴロゴロ鳴るんだね」
「んにんにんにんに……」
「ハハハ、くすぐったいよ」
「何してんですか、オールマイトさん」
「あ、相澤くん」
「あ、せんせぇ」
職員室近くまで行くと、バッタリと先生に出会した。オールマイト、なかなかのテクニシャンで気持ちいい。つい頭を擦り付けてしまう。そういえば猫化してから撫でられるの初だわ。指先の硬さがなんかね、逆にいいの。マジで。
邂逅した先生が、オールマイトをヤバいものを見るような目で見ている。たしかに。いくら元NO.1ヒーローとはいえ猫耳美少女を撫でている様子はヤバいかな? 逆に微笑ま状態じゃない? って思うけど、先生から見たらアウトらしい。オールマイトの手から奪われて、ストンと下に降ろされた。ちぇっ。
「絵面のやばさ自覚してください。緩名、おまえもだぞ」
「スミマセン……」
「だって〜足冷たいんだもん」
「……ああ、裸足なのか。それ」
「そうそう、だから先生も抱っこ〜救助活動だよ〜」
肩の辺りにぐりんぐりんと頭を擦り付けると、ハア、大きく溜め息を吐いた先生に、片腕で抱き上げられた。え、ラッキー。いつになく従順。生徒を裸足で歩かせる訳にもいかんだろ、らしい。それはそう。オールマイトはあわあわしている。
「まあ、丁度良かったか。このまま寮に戻るぞ」
「あ、私の荷物。持ってきてくれたんだ」
「いつ目が覚めるか分からなかったからな」
「ん! じゃバイバイオールマイト〜」
「ああ、気を付けてね」
ばばいばい、と肉球を振ると、また明日、と振り返される。かわいいおじさんだよね、オールマイトって。癒し。
「せんせ、撫でる?」
「撫でないよ」
「なんで? 合法だよ」
「いや、わりと非合法だろ」
「え〜そうかな」
猫になった生徒を撫でるくらいよくない? 大丈夫大丈夫。理性強いなあ。仕方がないので、先生のほっぺを肉球の手で挟んでぷにぷにする。コラ、とちょっと怒られるけど、基本的に先生って二人の時だとあんまり本気で止めてこないんだよね。悪いことは止められるけど、戯れるくらいなら。
「今日ね、ペン持てなくて困った」
「……そうか、確かにその手では難しいか」
「うん。スマホも、全然反応してくれなかったし」
「そうか」
まじで指紋認証どころか、タッチパネルマジ難しくてキーッとなった。百にとめられなかったら怒りのスマホ割りするとこだった。
「まぶし」
寮への道を、抱えられたまま進む。西日が眩しくて目がチカチカする。ぴゅうと風が吹くと、肌寒さに驚いてぼわっと耳としっぽが膨張した。
「ねねねね見てみてボワってなった」
「本当に猫みたいだな。寒いか?」
「ちょとだけサムイネー」
「なんでインドカレー屋みたいになるんだ」
「インドカレー食べたい」
インドカレー屋さん、だいたい経営してるのネパールの人だよね。カレー、多分猫になってるから駄目かな。駄目だろうな。舌ギャー! ってなりそう。
「……緩名」
「んー?」
「嗅ぐな」
「んー」
パタパタとゆっくりとしっぽを振りながら、鼻先を先生の髪の中、耳のあたりに押し付ける。スン、と鳴らすと窘められた。気にせず嗅ぐけど。
「先生の匂いすんね」
満足してふふん、とドヤ顔すると、微妙な顔をされた。匂い問題、デリケートだもんね。耳の裏って人体の匂い強いし。先生はわりと無臭寄りだ。
「おまえ、帰ってから気を付けろよ」
「なにが?」
「……多分個性の影響だろうが、普段よりもパーソナルスペースが狭くなってんぞ」
「ああ〜、それは大丈夫。人選んでやってるし」
「それもそれで問題なんだよ……」
「な、なぜ……」
溜め息を吐かれた。何故。騒がしかったり好ましくない人相手にはむしろパソスペ広くなってるんだけどなあ。そんなこんなしていると、寮がぐんぐん近づいてくる。や、私達から近付いてってんだけどね。
「せんせ〜」
「……なんだ」
「鞄貸して」
「……?」
素直に私を抱えているのと反対の手に持っていた鞄を渡される。それを胸に抱えて、空いた先生の手をグイッと引っ張った。少しボコボコしている大きな手に、ふさふさの耳を触れさせる。誰かいると撫でてくんないだろうからさ。
「あとちょっとだし撫でて」
「おまえね」
呆れながらも、ふに、と一度耳に触れた手は、そのままふにふにと何度も柔く撫でてくる。先生がよく猫にフラれてるのは知ってんだよね、名探偵私だから。見た目は子ども、頭脳は大人ってマジ私じゃん!? 今気付いたわ。雄英には結構猫がいる。地域猫ならぬ雄英猫だ。ハウンドドッグ先生って言う大型犬もいることだしね。
付け根のあたりを指先でカリカリとされると、めちゃくちゃ気持ち良くてまたクルクルと喉が鳴り出した。うあー、猫ってこんな快楽を得てんの? 生まれ変わったら大金持ちの甘やかされキャットになりて〜。
「……おい、おい、緩名、」
「うあ〜? うぁに……あ、なんでやめんの」
「もう着くからその顔何とかしなさい」
「顔〜……?」
ぐでんぐでんになって先生の肩に頭を預けていたら、手が離れていって抗議する。ちょっと焦った顔の先生。顔? 気持ち良くてトロ顔してしまってるかもしれないけど、まあ別にいいでしょ。猫だし。そう、私は猫。吾輩は猫である。名前は緩名磨。かわいいだろ。
「ほら、さっさと帰って寝ろ」
「ん」
寮の前で、ぴょん、と先生から飛び降りた。戻ったら連絡しろ、と最後に耳の後ろを一撫でして先生は帰ってった。ん〜、いつ戻んだろね、これ。裸足のまま歩いたりしたし、足拭きたい。このまま歩き回るのいやじゃん。仕方ないから膝をついて、足の裏を付けないようにハイハイで進む。
「……何してんの?」
「あ、瀬呂くん。おかえりただいま」
「はいおかえり。何してんの?」
「あんよが上手してんの」
「だから……あーいいわ、なんとなく分かった」
「ん」
「はいおいで……っと」
なんでハイハイしてるのかを聞きたかったんだろうけど、適当に答えていたら察した瀬呂くんが腕を広げてきたから、とうっと飛び付いた。突進じゃん、と笑われるけど、流石にヒーロー志望、これくらいじゃブレない。体幹〜。肩の上にお腹をつけて、太ももを支えられる。
「ちょっとちょっと磨サン」
「なに?」
「いや、シッポ」
「勝手に揺れんだもん」
「そうだけど、スカート捲れ上がりかけてるから」
「んー」
ゆらゆら揺れるしっぽの付け根あたりを瀬呂くんが手で抑える。結構紳士。見れるもんは見るタイプのくせにね。
「お、おかえりー」
「緩名やっと起きたんだな」
「わっ、耳こっち向いたー! かわいー!」
共有スペースに進むと、結構人がいた。A組賑やかし軍団だ。ただいま、と後ろ向きに抱えられたまま手を振る。ソファに座る三奈と透が間を空けてくれたようで、その間に下ろされる。ギチギチみっちり。サンキュー瀬呂くん。
「あしふきたい」
「ああ、それで抱えられてたんだ」
「そ。裸足だからそのまま歩き回るのもさあ」
「あら! タオルをお持ちしますね」
「やったあ、ありがと〜百」
濡らしてしぼったタオルで足の裏をふわふわと拭かれる。至れり尽くせりだ。百、私のこと幼児とでも思ってそうなとこある。世話を焼けるのが楽しそうだからいいんだけど。
「ぷにぷにしていますね」
「んん、くすぐったみある」
拭くついでに肉球を揉まれて、ちょっとくすぐったい。人のサイズだから普通の猫より大きくて、最早虎レベル。爪とか出すとやばいんだよね。出ないように気を付けてはいる。
「ふわふわふかふかー!」
「やっと触れた!」
「んんんんん」
「いや顔」
「かわいいのにくっしゃくしゃじゃん」
足裏を百が、耳や手を隣の透と三奈が揉んでくる。ちょっとくらいサービスしてあげようと思って、我慢、我慢……いややっぱり無理だ。イヤ! って顔が思いっきり出てたみたいで、瀬呂くんと上鳴くんに指をさされて笑われた。引っ掻くぞ。
「いやー!」
「あ」
「お、爆発した」
「威嚇してる威嚇してる」
「猫じゃんウケる」
「猫なんだって」
ムズムズ擦り合わせていた足でソファから跳ねて、シャーッと威嚇する。喉が勝手に。チッチッチッチッ、とネズミの真似をして呼ばれるけど、全然そそられない。5万くらい置いててくれたら行くんだけど。
「お」
「あら」
「あ〜っそっち行ったかあ」
A組のうる星やつらから距離を撮って、少し離れたソファでお茶子ちゃんと談笑していた梅雨ちゃんの膝に上半身を乗せた。女子の中で一番安心安全世界の梅雨ちゃんだ。百とか響香はね、言うて結構好奇心むき出しで来るから。きらいじゃない。
「ケロ、くすぐったいわ、磨ちゃん」
「かわええ……」
「朝よりだいぶ猫に寄ってない?」
「ねー」
フンフンと鼻を鳴らして梅雨ちゃんの首元に押し付ける。けろけろとくすぐったそうに梅雨ちゃんが笑った。大きな手に頭を擦り付けると、ゆるゆると頭を撫でてくる。これ。求めてるのはこれなんよ。
「は〜梅雨ちゃんすきぃ……」
「ありがとう、嬉しいわ。私も好きよ」
「カエルと猫、かわいいな……」
「百合もええですなあ……ゥギャ!」
「天罰」
勝手にほっこり和まれてる。峰田くんだけ違う方向でほっこりしてたせいで、響香にぶっすりされていた。ナイス。
「ん〜……」
「お気に召さないかしら」
「や、なんかね〜……しっくりこない」
梅雨ちゃんの膝の上でフミフミを繰り返すけれど、そもそも梅雨ちゃんが私よりも小さいのでなかなかしっくりくる位置が難しい。でもなんか梅雨ちゃんと離れたくない。困る。困った。あ! いいこと思いついた。
「なにあれ?」
「緩名キングダム」
「ネーミング草」
「ハーレム築いてるわけね」
障子くんの膝の上で丸まりながら両手に梅雨ちゃん、口田くんと結ちゃん、前に暖房器具の轟くん。完璧。猫になったから兎の結ちゃんと相性やばいかな? って思ったけど全然平気だった。むしろかわいい。そこらへんは人間なんだよね。
ふみ、ふみ、と何度か膝の上を確かめて、障子くんの手のひらの上に顎を乗せた。ふんっ、と謎に鼻息が出る。目の前の梅雨ちゃんが、髪の毛をサラサラと撫でた。最早人間の部分を撫でられている。
「俺も撫でていいか」
「にゃい」
「どっちだそれ」
「いいよ」
許可を出すと、轟くんの右手が。氷の方とはいえ、ひんやりしているわけではない。口田くんに教わりながら、おそるおそる、の手つきで耳のあたりを撫でてくる。あんまり動物と触れ合ったことなさそうだもんね、轟くん。
「お。すげぇ、ふさふさしてる」
「そうでしょ」
「どうだ?」
「ん〜もうちょい強くてもいい」
「わかった」
「んん〜」
轟くんの指先の力が少し強くなる。コリッ、と耳元を押し込まれるけど、なんかね、もう少しなんかあるんだよね。んー。気持ちいいんだけど、ちょっと物足りないというか。猫慣れの差だろうか。わしわししてほしい。
障子くんの手にほっぺを擦り付ける。ぐる、と少しだけ喉がなった。眠くなってきた。あったかいからかな。
「お」
「あら」
轟くんの左腕を抱き込んで、ぎゅっと小さく丸くなる。右よりも少し体温が高い、気がする。ぬくい。
「眠いのか?」
「うん」
「部屋へ行くか」
「んー……ううん」
障子くんに問いかけられて、しっぽの先がぱた、ぱた、と小さく動いた。人のいるところで寝たい。
「舌が出ているな」
「ケロケロ、すごくかわいいわ」
「……!」
「へえ、リラックスしてるって事なのか」
猫って凄いよね。存在がかわいいもん。勝手に舌出んのなんなんだろうこれ。身体がめちゃくちゃ暖かくて、くるるる、と喉が鳴っている。自覚はあるけど眠いしまあ別にいいでしょ。これはもうおやすみだ、とうとうとしていたら、急にBOOM! と鳴った爆発音に、飛び上がった。
「ミ゙ャ゙、なに、!?」
「かっちゃん!!」
入ってきたのは緑谷くんと爆豪くん。あの夜の喧嘩以来、なんか前よりも一緒にいるところを見かける気がするふたりだ。どうせまた緑谷くんの一挙手一投足で気に入らないところがあった爆豪くんがキレ散らかして威嚇爆破でもしたんだろう。うるせ〜!! 私、怒りの覚醒だ。
「緩名、あまりしっぽを立ててはダメだ」
「だってだってだって爆豪くんが」
「落ち着け」
ピィン、と真上に立ったしっぽに、スカートが捲り上がりそうになる。障子くんが慌てて私を膝の上に座らせた。でも爆豪くんが悪い。聴力が普通より良くなってるから耳がビリビリする。響香とかめっちゃ大変じゃない? 毎日耳いいじゃん。ぼわぼわに膨らんだ耳としっぽで威嚇していると、機嫌の悪そうな爆豪くんがア゙? と威嚇し返してきた。同じレベルかよ。
「ンだやんのかクソ猫」
「緩名〜、どうどう」
「バクゴーもあんま挑発すんなって!」
飛びかかる準備は出来ている。目を合わせて睨み合い。猫が相手を見つめる意味は、やんのかコラだと言うけれど、今本能的に理解出来た。
私と爆豪くんの、今にもゴングの鳴らされそうな一触即発の雰囲気に、ゴクリ、と誰かが息を飲む音が響いた。ラウンド、ワン。ファイッ。と頭の中で格ゲーのバトル開始の合図。瞬き、今だ!
「ふしゃ……あれ?」
「ア?」
身体能力の上がった身体で爆豪くんに飛び付いて、振りかぶった猫パンチで一閃。のはずが、飛び上がった身体が、ぽむっ、と軽い音を立てて、物理法則を無視して動きが止まった。そのまま地面に着地する。視界に入る自分の手足が、見慣れた人間のそれで。ぺたぺたと床をふむ裸足の感触も、さっきまでとは違っていた。構えていた爆豪くんも、一度目を見開いて、それから呆れたように身体の力を抜いた。
「……戻った!」
わーい! と飛び上がるけれど、さっきまでの猫のような跳躍力はない。うん、やっぱり猫化もいいけど、元の身体が一番だ。
「呆気なかったなー」
「思ったより早かったね!」
「アーンもっともふれば良かった!」
観戦モードに入っていたギャラリーも、和やか〜なムードになる。解散解散。
「みてみて、もどった!」
「ンだそれ、舐めとンか」
「ハ? ほんとに舐めるぞ」
「どんなキレ方だボケ」
人間の手を爆豪くんにグイグイ押し付けると、爆豪くんもすっかりカッカしてたのが抜けたみたいで、軽やかに私のデコにピンした。軽やかにデコピンってなんだ。さっさと部屋帰ってお風呂はいってご飯食べて寝よう。じゃれついていた爆豪くんから離れようと方向転換すると、オイ、と手首を掴まれた。
「なんぞ」
「てめェ、毛まみれなんだよ」
「ああ、たしかにすっごい毛散ってる」
よく見たら制服、猫の毛だらけだ。これ取るのめんどくさい。うえ〜、と顔を顰めると爆豪くんがどこからかコロコロを取り出してきた。
「座れ」
「うい」
「かっちゃん優しぃ〜」
「黙れボケ死ねアホ面」
「一言の代償重すぎない?」
上鳴くんにコロコロのシートをちぎって渡して、ソファ周りの毛取れ、と命令していた。綺麗好きかっちゃん。頭頂部を押されて、ソファの前のラグにぺたんと座る。背中にコロコロを転がされる感触。ちょっとくすぐったい。爆豪くんってこういう細かい作業なんか好きだよね。
「ねこ、面白かった〜」
グッ、と伸びをする。ジッとしてろ、と真剣なコロコロ職人の指示に従ってピッと動きを止めた。
猫化、楽しいけど、今度は私以外が猫になってほしいな、なんて、ちょっとだけ思った。
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