ずるじゃん!(ifジーニスト/10万打)
※成人済プロヒ軸
※倫理観
※なんかミルコともイチャつく
濡れた手で頬に触れると、かなりの熱を持っていることがわかった。鏡に写る自分の顔は、かなりヤバいことになっている。目も虚ろだし、頬も赤い。おまけにひっく、としゃっくりまで上がってきている。完全なる酔っ払いだ。
このまま涼しくて安心するトイレに居着きたい気持ちを抑えて、細く高い、頼りないピンヒールに体重を乗せて、ふかふかの絨毯を踏む。ふかふかの絨毯って、私をベロベロにした犯人の待つ、レセプションホールの外にあるソファへと向かった。銀色の髪とネイビーのドレス、それから、その人に絡まれてショートしかけている金に黒メッシュのスーツ姿。
「緩名、助かった……!」
「おー、遅かったな。ゲロか?」
「……げろじゃないもん」
「じゃあうんこか! 酒飲んだら緩くなるしな」
「うんこなんかしないもんん〜……」
悠々と寛いでいるミルコに、飛び込むようにソファに倒れる。軽々と受け止められた身体は、ミルコの上で横抱きにされた。このお下品うさぎめ。隣でさっきまで弄り回されていた上鳴くんが引いた顔をしている。半分うぇいってるので、ミルコにかなり弄られたんだろう。パワハラだー!
「弱ェな!」
「弱くないもん……いつもは、もっとマシだもん……」
「ミルコさんが強すぎっスよ……」
ほんとにこのうさぎ、見た目通りお酒に強すぎるのだ。付き合わされる私の身にもなってほしい。生贄作戦! と唯一今日のパーティーにいた友達の上鳴くんを巻き添えにしたけれど、二人してベロベロにされて終わった。まだ濡れて冷たい手で、ミルコのドレスをキュッと掴む。動きやすさ重視のミルコらしく、ロングだけどスリットが深く入った藍色のドレスだ。こいつ全然水吸わん。
「……」
「オイ磨、おまえ私のドレスで手ェ拭いてンだろ」
「……」
バレたわ。結構びちょってしちゃったもん。まあいいや。ついでに濡れた手で触った頬も擦り付けておいた。私のハンカチ、どこいったっけ。
「べー」
「なにがべーだチューすんぞ」
「ぎゃ〜! おそっ、おそわれる〜!」
いじわるなミルコにべっと舌を向けたら、ガシッと頬を掴まれてしまった。そのままソファに押し倒されて、迫ってくる酔っぱらいの顔。この人まじでキスしてくるから嫌なんだ! 嫌じゃないけどなんか嫌! 酒臭い! ギブギブギブ、と上鳴くんに助けを求めるも、邪魔すんなよ、と鋭いうさぎの眼光に睨まれて、ごめん緩名! と見捨てられた。今度3倍返しにしたるからな。
「ぁはっ、きゃははは! くすぐったいやだあ〜!」
「頑張れ緩名……! 負けるな緩名……!」
「チャージズマゆるさん〜!!」
ちゅむちゅむとグロスに濡れた唇で首筋や頬を戯れに吸われて、くすぐったさにギブギブ! とふかふかのソファをロープ代わりに叩いた。だれかたすけて〜!
「何をしているんだ、こんなところで」
「ア?」
「っふぅ、ふう……助かった……」
割って入った固い声に、ミルコの上半身が遠ざかる。グン、と自分で起き上がるような動作だったけれど、よく見ればドレスの繊維が引っばられていた。
「おっ」
「うぇーん!」
「全く、少しは落ち着きを持ちなさい」
「よォ、ジーニスト」
おいで、と伸びてきた腕に縋り付くと、身体がひょいっと持ち上げられた。安全圏確保! ひしっ、もジーニストの背中に腕を回して、酔いどれうさぎからの盾にする。長い首元に鼻を擦り付けると、お風呂上がりの匂いがする。事務所でシャワーを浴びてきたんだろう。それから、清楚なのに色っぽい、ユニセックスな香り。……これは私の香水使ったなこの人。いいけど。
「久しいな、ミルコ。仲が良いのは結構だが、あまり私のかわいいファイバーにちょっかいをかけないでくれ」
「マジかよおまえら、普段そんな呼び方してんのか」
「いやしてないしてない」
ミルコと上鳴くんにドン引きの顔で見られるけど、今のはこの人なりのジョークだ。涼しい顔でしれっとボケるから分かりにくい。ファイバーて。そんままやんけ。
「チャージズマも久しぶりだな。付き合わせてすまないね」
「あ、ッス。いやまじ助かりました」
「つーかよォ、磨が一人じゃ寂しいっつーから残ってやったんだぞ」
「ああ、それは助かった。ありがとう」
「む〜……」
ミルコは数人の挨拶を受けて高いワインを数本飲み干したら、早々に引き上げようとしたところをまだ場馴れしてない私と上鳴くんで引き止めたのだ。だって、知り合いほんとに少ないんだもん。所長のジーニストくるまでは帰れないし。
「……かなり飲んだな」
「だって、ミルコがぁ……おいしかった」
「そうか」
抱き上げた私の顔を、ジーニストがまじまじと見つめてくる。ハンカチで頬や首筋に、薄く付いているかもしれないミルコのグロスを拭っていった。せっかく私のラメラメマキシマイザー貸してあげたのに〜! ぷくっと頬を膨らませると、ジーニストがフフ、と静かに笑った。
「気に入ったものがあれば家でも購入しようか」
「わあい」
今日のパーティーは、サポートアイテムを開発している大企業主催のものだ。出されているお酒も、それなりの値段のものばかりである。特にワインだと、値段が高いやつの美味しさがあんまりわからなかったけど、ミルコに勧められた赤ワインが珍しく美味しかった。
「甘すぎだろロリコンオッサン」
「おっさんじゃないも〜ん」
「ロリコンは比定しないのかい」
「それはまあ……」
否めないとこあるし……。うげぇ、と舌を出したミルコにべーっ、と舌を向け返すと、こらこら、と長い指で口周りを塞がれた。丁寧な仕草で、柔らかい床に降ろされる。といっても、支えるように腰を抱く腕はそのままだった。
「磨、化粧直しに行ってきなさい」
「はあ〜い。……あれぇ? 私のかばんどこ?」
「俺に持たせただろー」
「あ、そうだ」
上鳴くんがいつになく覇気のない顔で私に小さなバッグを差し出してきた。こころなしかぐったりしてる気がする。飲みすぎと絡まれ疲れかな。
「さて、私たちは会場へ戻らせてもらうよ」
「おー」
ジーニストの声掛けに、つまんなそうにミルコが立ち上がった。帰るわ、の一言とひらひらと後ろ手に手を振って、スタスタとまるで素面の人間のようにしっかりとした足付きで帰って行った。
「しゅごう……」
「マジそれ……」
プロヒーロー、なんだかんだいって酒に飲まれない人が多いように感じるけど、ミルコとエンデヴァーさんは中でもヤバい。酔ってないのに絡んでくる分ミルコのやばさは一際だ。新人潰し。アルハラ。セクハラうさぎ。分かちあった上鳴くんは会場の事務所の人たちの元へ戻るらしく、じゃあまた、なんて適当に別れて、ジーニストに支えられたまま再びトイレへ。
「私はサッと挨拶をしてくるから、中で待っていなさい」
「はあーい……」
「なにかあればすぐに呼ぶように。いいね、私が連絡するまで中で待っているんだぞ」
「わかったあ」
ホテルのお手洗いは、メイクスペースまで完備されていて、広々としている。そこに押し込められて、ジーニストとバイバイした。鏡を見ると、……うわ、ミルコのグロスついてる。ミルコめ。頬にはうっすら、首筋にはまあまあだ。だから化粧直しなんて言ったのか。たぶん、酔いどれの私を会場内の挨拶回りに連れ回すのがいろんな面で嫌だったのもあるだろうけど。とりあえず、言われた通りに身なりを整えて行く。身なりを整えながらソシャゲのログボを拾って、身なりを整えて、整えて……。
「ハッ」
寝てた。メイクスペースの机の端に頭を押し付けたまま、ついうたた寝していた。片手に持ったスマホを見ると、まだそんなに時間は経っていない。10分……20分弱程度寝てたみたいだ。ジーニストからの連絡もないし、唇の上にツルンと甘いリップを乗せて、ヨシ。会場戻ろ。
少しフラつく足取りで会場に戻る。キラキラ豪華なシャンデリアから反射した光が、おねむな目に毒だった。渇いた喉を潤したいので、だれかウェイターさんにドリンクを貰うおうと入口付近でキョロキョロしていたら。
「こんばんは、お嬢さん。おひとりですか?」
なんて、知らない声がした。声の方を振り向くと、……なんか多分見たことあるけど絶対知らない人だ。うん、知らない。これが街中のただのナンパなら無視すればいいんだけど、この場はスポンサー企業の人が多くいる場所。身元のハッキリとした人しか呼ばれていないし、ということは、私に声をかけてきた人もそれなりの人なんだろう。それに、ナンパと限ったわけでもない。一人でうろついてる女の人がいたら、エスコートするのが紳士というもの……らしい。知らんけど。
「すみません、同伴者を探していまして」
「ああ、あなたはヒーローの! いや、いつもお美しいけれど、今日は一段と磨きがかかっていて気付きませんでした」
ははは、と爽やかに笑いながら男の人はウェイターからグラスを二つ受け取った。流れるような動きで私にそのひとつを手渡してくるので、断る隙も与えてくれない。……まあ、仕方ないか。ベラベラとおべっかなのかなんなのか、私を褒め称える内容を捲し立ててくる人と乾杯をして、シュワシュワと気泡の登るそれに口をつけた。……あ、美味しい。日本酒だ、これ。シャンパンにしては色がないな、と思ってたけど、シャンパンじゃなかったらしい。めちゃくちゃ飲みやすい。飲みやすい分超クる。どっか座りたい。椅子を探して見渡すと、あ、ローストビーフ! さっき食べたけどあれ美味しかったんだよねえ。お腹の具合は……まあほどほどだけど、もうちょい食べてもいいかなあ。
「それでどうでしょう? この出会いに記念して、ぜひ交流を深めていきたいと思うのですが」
「……え?」
ローストビーフ一色に脳内が染められたいたけれど、そういえばこの美味しい日本酒をくれた人はまだいた。しかもなんかずっと喋ってた。スポンサー企業にも種類があるけど、特にサポートアイテム開発系の会社の人は、緑谷くんと似たような気質、まあ言ってしまえばオタクの捲し立て系を持ってる人が多いように感じる。オタクっていうか、マニアだろうか。人の話全く聞かないんだよね。
「あ、あー……そこらへんはぁ、所長にお話を通してもらえれば、」
「磨さん!」
「エッ、あ、はい」
バレないようおもむろにローストビーフへと伸ばしていた手が、急に目の前の人に掴まれた。え〜……いやいいけどさ。いやうそ。自分から人に触るのはいいけど人から触られるのは親しい人以外ちょっと嫌。
「今はヒーロービアンカへではなく、磨さん、ひとりの女性として話しています。なのでどうか、」
「どうか?」
「わ、」
聞き返したのは、私ではない。聞き馴染みのある落ち着いた声が降ってきて、お腹を引き寄せられる。ぽすん、と少しだけ後ろに倒れた身体が、柔らかく受け止められた。鼻先にかすかに香る香水と、デニム生地を仕込んだカフスボタンは私が選んで贈ったものだ。さりげに、名前も知らない男の人に取られていた手が離されていた。
「ベストジーニスト……」
「探したよ、磨。待っているように言っただろう、まったく」
苦々しげに呟かれる自分の名前も聞こえていないかのように、私へた注意を落とす。その声は優しくて、一欠片の甘さを孕んでいて、聞く人が聞けばまあ関係がわかってしまうようなものだった。目の前に差し出された手に、? と思いながらも頬を擦り寄せれば、小さく笑う声がする。
「グラスを貰おう。飲みすぎだ」
「はあい」
「ご無沙汰してます。すみませんが、車を待たせているので失礼します」
私の手からひょいと中身が半分ほど残ったグラスを取り上げて、ジーニストが一息で飲む。この人も、それなりにお酒に強い人だもんなあ。ジーニストは向かい合う男の人に一礼して、興味もないというように私の腰を抱いて踵を返した。
「え、ちょっと、」
「行こうか、磨」
「はぁい……あ、まってローストビーフだけ食べさせて」
「まったく……」
空のグラスをウェイターさんに渡したジーニストが、器用にフォークを使ってローストビーフをすくい上げる。少々はしたないけれどまあそこまで格式ばった会でもないし、いいよね。差し出されたそれにぱくりと食いつけば、やっぱり美味しい。お肉もめちゃくちゃいいし、多分これはソースが美味しいんだ。味わっている間に、肩にかけたバッグをジーニストの手が攫っていった。
「満足したかい?」
「したあ〜」
「それはよかった」
「ふふん」
でもやっぱり食べ足りない感はある。お腹はいっぱいなんだけども。
「桃のゼリーたべたい」
「……」
そういうと、ジーニストは無言で私のお腹の下の方、食べて少しぽっこりしたところをぽんと叩いた。文句あるなら聞くが!?
会場を出て、ふかふかの廊下を抜けて、エレベーターに乗り込む。さっきまでのざわめきからは遠く、シン、と一気に静まり返った。くわあ、と欠伸をこぼして、お高いスーツの胸元へ顔を寄せる。ぎゅう、と抱きつくと、剥き出しの肩にジーニストの手が触れた。……そういえば私、ショール持ってきてた気がするんだけどどこいったかな。ミルコに取られてから記憶がない。まあいいか。長い指先が目にかかる前髪を掬って、顔を上げると切れ長の瞳が覗き込んでくる。
「眠たくなったのか?」
「うー……ん」
やっぱりジーニストって顔がめちゃくちゃいいなあ。年齢はもうパーフェクトにオジサンの領域になっているはずなのに、一生若々しさが消えない。肌だってシミひとつなくて、もはや美魔女だ。精悍な頬に手をかけて、整った顔をじっと見つめる。……そう、私ってやっぱり綺麗な顔好きなんだよね。大多数の人間と同じく。しかもこの顔、何度見ても飽きないまである。最高。こう、なんというか、私も人間なので、好きな顔を見つめて好きな匂いの中に包まれて、誰もいない密室で好きな人に触れている状況になると、率直に言えば興奮してくるじゃん。とはいえ、いくらレセプションホールが高層にあるとはいえ、エレベーターにそんな長い時間いれるわけでもない。キスくらいはされたいなあ、と思うわけだけど……それを言い出すのも、帰ってからでいいか、になる気持ちもある。そんなことをごちゃごちゃ酔った頭で考えていたら、チン、なんて音を立ててエレベーターも止まってしまった。タイムアップだ。ジーニストから離れて、せめて名残惜しさに手を引いて歩き出そうとすれば、くんっ、と繋いだ手を軽く引き寄せられて、
「磨」
「ん? ……ん、っ」
ちゅ、と触れた唇は、幼いこどもの戯れのように軽いのに、逃さないように頭を掻き抱く手はこの男の清廉な顔立ちに似合わないほど強引で、ただでさえ飲酒によって早い鼓動を余計に忙しなくさせた。
「じゃあ行こうか」
「……ず、ずるだ……」
硬直した私の手を引いて歩き出すジーニスト。裏口を出ればすぐに、黒塗りの高級車が止まっていた。
「磨」
「な、なに」
「続きは帰ったから、ね?」
「……っ、!」
全てを見透かしているような、色っぽい、けどどこからかいを含んだ笑みを向けられて、せめてもの反撃に、繋いだ手に爪を立てた。
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