シャッフル・甘えた・デスマッチ(10万打/轟と入れ替わり)



※ちょっと下ネタっぽいところがあります


 外を歩いていたら、「うわあ手が滑ったー」と棒読みの声を上げたザ・モブおじさんと言った風貌の人に背中を押されて、よろめいたところを受け止めてくれた轟くんと入れ替わった。モブおじさんはもちろんドナドナされた。経緯説明終わり。

「で、どうすんだ」
「時間経過で戻るらしいし、ま、いいでしょ」
「半日から一日程度……って言ってたか」
「ちょっとながいよねえ〜」

 おまけに結構曖昧だ。パトロールしていたヒーローに引き渡して、その場で軽く事情聴取を受けた後、そのまま学校へUターンだ。電話口で相澤先生が言葉を無くしていた。多分頭抱えてる。クソ〜、その姿見たかった。

「なんか、やっぱ動きにくいね。身体重たい」
「だな。軽くて飛んじまいそうだ」
「あと見た目と口調ミスマッチでウケる」
「……確かにな」

 無表情で冷静な自分、なんかウケる通り越して怖いかもしれない。見える視界が普段よりかなり高くて、高身長ってこんな感じなのか……と新鮮さを感じる。ちょい楽しい。ぴょんぴょん、とその場で軽く飛んでみたら、身体は重たいのに普段より動かしやすくて、基礎体力や筋肉の差をひしひしと実感する。轟くん、やっぱりめちゃくちゃちゃんと鍛えられてるなあ。

「めっちゃ飛べる!」
「……ん?」
「ん?」
「ん……」
「んん?」
「……いや、なんでもねえ」
「そ?」

 ぴょんぴょん飛ぶ私に倣って、轟くん(私の姿)もぴょんぴょんと飛んだ。ら、なにかしら違和感でもあったのだろうか、轟くんが首を傾げる。うわ、私かわい。顔が。こうやって他人目線で見ることないから新鮮。やっぱり私かわいいわ。自己肯定感の鬼みたいな発言だな。なんでもねえ、とのことだけど、轟くんはなにやら不思議そうにしている。どしたんだろうねえ。



「うん、直接寮でいいの?」
『ああ、俺も婆さんも待ってる』

 事件に合ったのは雄英の麓のスーパー付近なので、そんなに距離があるわけではない。坂はあるけど、精々15分くらいだ。先生から来た電話によると、もう直帰でいいみたい。一回学校寄るの手間だし、買い物(だいたいお菓子類)の荷物もあるしよかった。

「わかったあ〜」
『……』
「ん?」
『なんでもねえ。寄り道するなよ』
「もう今門越えましたあ〜」

 電話の向こうの先生からなにか言いたげな雰囲気を感じたけれど、なんでもねえ、らしい。なんでもねえばっかだな、この男たち。いいけど。切るぞ、と言う先生にふぁい、と帰して、通話を落とした。ポケットに、いつもより小さく感じるスマホをしまう。

「……なんか、」
「うん?」
「緩名の喋り方、かわいいと思うが」
「え、うれし〜」

 急に褒められた。はっぴーす。

「……俺がやってるとちょっと、なんつーか……違和感がすげェな」
「あはは、轟くん声低いもんねえ」

 自分の耳に届く轟くんの声、たしかに面白いかも。あとでいろいろ喋って録音でもしちゃおかな。

「クールな自分もちょっとおもしろいよ」
「そうか?」
「うん、なんか、私ってそんな表情するんだ……って気持ちになる」

 超真顔だ。美人の真顔ってなんか恐さあるんだな、って納得した。クール。……普段の私より心なしか美人度増してるような気がするけれど、悲しくなるから考えないでおこう。人間の中身って、わりと大事だ。

「っていうかあの人なにしたかったんだろうね」
「ああ、謎だったな」
「やったー! っつってたもんね」
「故意だったな」

 モブおじさん、私と轟くんが入れ替わってポカンとしてると諸手を挙げて喜んでたもん。まじで謎だ。そういう癖の方だったのかな。
 恨みや環境要因ではない敵犯罪の動機に付いて、轟くんと話しながら歩いていたら、すぐに寮が見えてきた。ご帰還〜。

「あいむほーむ!」
「ほんとに入れ替わってるー!」
「うわはや」
「お」

 靴を脱いで共有スペースへの扉を開けると、三奈が飛んできた。秒である。

「今なにで判断したん?」
「喋り方」
「あ、なる〜」
「轟くん、緩名さん、おかえり!」
「お、ただいま」

 私が緑谷くんに挨拶してる。なんか、人と対話してる自分を見るのって超違和感だ。ソファへと腰を下ろすと、じっとりと向かいに座った先生が睨んできた。リカバリーガールがぺたぺたと触れてくる。触診。怪我とかはないんだけどね。一通り不調がないことを告げたら、とりあえず様子見になったようだ。まあ、精神と個性が入れ替わっただけだからそこまで問題ない。

「またおまえは面倒事を……」
「アンタは本当巻き込まれ体質だねぇ」
「言われてるよ轟くん」
「おまえだよ」
「緩名だろ」
「今の私は轟くんだも〜ん」
「うわ! ぶりっこする轟レア!」
「ふふん」

 ぶりっこ、をしているつもりはないんだけど、普段通り振舞ったらぶりっこっぽくなってしまうんだろう。どよ、とギャラリーからどよめきが怒る。どよめき轟、なんか韻踏んでるっぽいよね。

「中身緩名だとイケメンでもなんかアホっぽく見えんなー」
「ンだと!」

 アホの上鳴くんにアホって言われた。私のほうが轟くんよりギリ、一部、成績いいのに。透がカメラを向けてくるので、腕を伸ばしてピースをする。

「わははは轟のギャルピだ!」
「似合わね〜!」
「でも面がいー!」

 パチン、とウインクすると、A組賑やかし組がわいた。うーん、轟くんの顔、めっちゃ表情筋固くてウインクしにくいな。 

「笑うとほっぺ痛いんだけど」
「轟くんクールだもんねえ」

 両頬を手で押さえると、お茶子ちゃんが微笑ましそうに目を細めた。あ、かわいい。

「で、轟in緩名はこうなるのか……」
「お」
「大人しい磨ってなんか新鮮」
「私いつも大人しくなぁい?」
「騒がしいだろ」
「先生まで! ひど!」
「とりあえず轟は足閉じような〜」
「あっ何しやがる瀬呂!」

 瀬呂くんがソファにちょこんと座る私(轟くん)の肩にポン、と後ろから手を乗せると、顔の赤い緑谷くんといつも通りの飯田くんと歓談していた轟くんがきょとん、と顔を上げた。わあ、美少女。あと瀬呂くんナイスアシスト。

「うわ、私って顔かわい」
「うるさ」
「人間中身って大事なんだね」
「中身もかわいいでしょーが! ねえ先生!」
「はいかわいいかわいい」
「気持ちがこもってなーい!」

 先生にあしらわれてる気がする。リカバリーガールはそんだけ元気ならまあ大丈夫だね、と呆れたようにソファを降りた。帰るらしい。自分一人の身体じゃないから、不調があればすぐに連絡するよう念を押された。言い方。

「緩名はかわいいぞ」
「ありがとう私」
「お」
「あ、」

 全肯定轟くんは私のことを全肯定してくれるので、ソファから降りて、膝歩きでにじり寄り、自分の身体を抱きしめた。うわ、めっちゃフィット感。収まりがいい。

「私の身体って抱き心地めちゃくちゃよくない?」
「僕に聞かないで……」
「普段から距離近いけどなんっか、すげぇ光景……」
「中身入れ替わってるのわかっててもびっくりするわ」

 緑谷くんに話を振ったら慌てて顔を逸らされる。なんでだよ。……あ、緑谷くん私の身体抱き締めたことはなかったか。ん? いやあるな。あるある。あったわ。

「超フィットする……」
「緩名、わりぃ、少し苦しい」
「あっごめん」

 そう言われて、少しだけ腕を緩める。この身体、元の私のよりも当たり前に力が強いんだけど、想像の5倍以上強いからまじでパニくる。むずい。なるべくソフトに抱き締めるよう、くびれた腰に腕を回した。ソフトに、ソフトに……。

「お」

 おそるおそる引き寄せたら、ぽふんと顔に柔らかいものがあたる。うわ、気持ちいい。自分の胸サイコー。

「いや絵面」
「磨の身体を磨が触ってるから問題はないんだろうけど」
「緩名の……いや、轟か? の顔やべえぞ、大丈夫かあれ」
「っクソ羨ましいぃぃぃ!」
「照れ顔緩名中身は轟かわいいぃぃい!」
「止めてやれ緩名! 轟がいろいろ限界だ!」

 なんか騒がしいな。でもごめん、今は普通だったら絶対体験できない自分の極上胸枕を堪能してるんだわ。ふかふか。女の子の身体ってやっぱり最高だ。

「不純異性交友」
「いった!?」
「お」
「相澤先生!?」

 バコン、と音を立てて後頭部に衝撃が走る。なに!? 敵襲!? 咄嗟に強かに打ち付けた頭を抑えると、その隙に目の前の私(轟くん)が取り上げられた。ちぇっ。相澤先生は、轟くんを乗せていない方の片手に個性事故関連の調査書が入っているまあまあ分厚いバインダーを持っている。え、それでいった? ご乱心? 先生は、抱えあげた轟くんを自分の後ろに下ろして鬼の形相で私に向き直った。ひい。

「緩名」
「ッハイ!」
「調子に乗るなよ」
「まことに申し訳ございませんでした」

 ハハーっとひれ伏す。やばいやばい。女の身体の時はみんな優しかったんだな……と今更実感してる。まじかよ、女の子最高じゃん。ったく、と吐き出す先生は、とはいえ私が触ってたのは自分の身体なので、そこまで深く怒られはしないみたいだ。よかった。
 個性も入れ替わっているおかげで痛みの引いてきた頭をさすっていたら、少し頬を染めた潤んだ目の私が相澤先生の服の裾をキュッと握った。……え、轟くんなんでそんなヒロイン力高いことすんの? 喧嘩売ってる?

「大丈夫か」
「あ、の……はい」

 弱々しい私、かわいいな。こらモテるわ。クールな感じが漂ってるのもいいね。っていうか今の私轟くんなんだよね。キリッと顔を作ってみたら、「なにやってんの」と響香に呆れられた。あれえ?

「……先生」
「どうした」
「あの……ど、どうしたらいいですか」
「なにをだ」
「どしたん轟くん」

 そういえば、轟くんなんで先生を呼ぶように袖引いたんだろ、と見れば、赤くなっていた顔が青ざめていき、また赤くなって、を繰り返す。うーん、表情出やすいのってもしかして私の身体だからなのかな。それもありそう。

「……トイレって、どうすりゃいいですか」
「!」
「アッ!!」

 轟くんの疑問に、ピシリと空気にヒビが入った。あーね。たしかにトイレ問題はあるよね。大きい方は半日程度なら支障がないだろうけど、小さい方はそうもいかない。

「普通に行ってきていいよ〜」
「普通にて」
「いや……おまえ……その……」
「普通に……?」

 赤くなった轟くんの頭上に? が浮かぶ。気まずそうに照れるその姿を見て、ウッ! と数名が心臓を抑えた。わかるわかる。かわいいもん、私。

「くそかわいい……! 悔しい……!」
「ずっとこれがいい」
「磨ちゃんって美少女だったんだなあ……」
「元から美少女なんですけどぉ?」
「中身が緩名だと轟が三枚目っぽくなるな」

 カッチーン。怒っちまった。キレチマッタフーゴ。私だってやれば出来るんだが? 頬杖をついて、伏し目がちでアンニュイな表情を作ると、アホ、と響香のイヤホンジャックにつつかれるものの、ほんのり周囲の顔が赤くなってるのを確認できた。美形って便利だよね。それはそうと。

「まあ見ないようにできるじゃん。スカートだし」
「そうか……」
「あ、じゃあ私が一緒に入って、」
「「それはダメだろ」」
「だめぇ?」

 なんかダメらしい。主に絵面的な問題で。トイレなんて自然現象だしなあ。我慢しようと思って出来るわけでもない。ちらっと先生を見たら頭を抱えている。でもさあ、尿道カテーテルとかの方がいやじゃない?

「そうか……」
「ま、諦めてちゃっちゃと行ってきなよ」
「逆になんで緩名は気にしてねぇんだよ!」
「や、だってしゃあないし。ひたすら我慢されて膀胱炎とかなるほうが困るじゃん」
「それはそうなんだけどよお……」
「! 緩名! オイラと入れ替わっ」
「峰田くんみたいな下心と悪意のある相手なら目と耳塞ぐけど、轟くんなら別にいいよ」
「なんでだよ!」

 下心丸出しの峰田くんは羨望が限界突破したらしく血涙を流している。ホラーじゃん。みんな困惑した雰囲気漂う中、轟くんが意を決したように「……行ってくる」と立ち上がった。静かな歩みで、共有スペース備え付けのトイレへ向かっていく。

「……」
「……そういえば轟くんの下の毛って」
「やめてやれよ!」

 二色に分かれてるのかどっちか一色なのか、気になって見ようとしたら上鳴くんとか瀬呂くんに全力で止められた。ついでにパコン、と先生にもう一度どつかれた。いいけどこれ轟くんの身体だからな!? どうせ後でトイレ行くだろうし遅いか早いかなのにね。

「緩名……!」
「あらお早いお帰りで」

 トイレのドアが再び開き、轟くんが駆け足で寄ってくる。青ざめているから、なんかあったんだろう。明らかに用を済ましていないスピードだ。フラフラと寄ってきて膝を着くので、思わずその手を取る。末端まで冷たくなっていた。

「ぬ、脱ぎ方がわかんねぇ……」
「はあ?」
「「あ〜」」
「あ〜、てなに」

 あ〜てなんなん。そんなに特殊なパンツはいてた記憶ないんだけど。

「あ〜、磨の下着ってアダルティなの多いもんね」
「ブッ!」
「いや普通だから、普通」
「少なくとも高校生のではないよ」
「え〜、かわいいじゃん」

 ていうか前世があるせいで、下手にろりろりしいメルヘンメルヘンしてる下着に手を出しにくくなったんだよね。えー、どんなパンツはいてたかな。実技ないし普通のだと思うんだけど。

「どんなのはいてた?」
「え……」

 轟くんが戸惑って、峰田くんの耳がダンボになった。やだ、これもしかしてセクハラ? ギリセーフ?

「ここで聞くなよ」
「あ、それもそうか。じゃ、やっぱり一緒に行くね」
「……轟、ドンマイ!」
「やめてくれ……」

 珍しく轟くんが本気で項垂れていた。結局、紐パンの紐を解いていいのかわからなくなったらしい。ウケる。



「爆豪」
「……ハ?」

 トン、と爆豪くんを囲うようにその背後の壁に腕を付く。あどけなく開いた赤い瞳は、珍しくて少し幼い印象がある。いつもは爆豪くんよりも背が低いけど、今はちょっと高いので優越感。

「キッッッッッしょく悪ィ! なにしとんじゃボケ女!」
「あれ、知ってた?」
「わかるわ!」

 ギャンッと釣り上げられた目。BOMB! と飛んでくる爆破を咄嗟に避ける。元の身体もそれなりに運動神経あるけど、轟くんの身体反射神経が菊丸英二だわ。明日には分裂してそう。
 自主トレに出ていたらしい爆豪くんはみんなの集まりにいなかったから、てっきり私たちの事情を知らないものだと思っていた。

「おーよしよし、爆豪くんおいかりですか〜」
「触ンなきめェ!」
「へあっ」

 爆破された。元の身体より耐熱性が高いので熱さはないけど普通に痛い。ひどい。女の時より容赦がねえ。爆豪くんをからかっていたら、静かな磨おもしろーい! と三奈たちに散々写真を撮られていた轟くんが、ととっ、と走り寄ってきた。あ、おこぷんしてる。

「オイ、それ俺の身体だぞ」
「アァ!? だからだわ!」

 おやおや、それは普段は私相手にめっちゃ加減してるってことかな? ニヤッ、とすると脛を思いっきり蹴られた。クソ痛い。しゃがみこんで筋肉の付いた脛をよしよしと撫でていると、轟くんは不思議そうに爆豪くんを見上げている。

「……? 爆豪ってでけェんだな」
「え、急になに……ああ、普段轟くん爆豪くんより背高いもんね」
「馬鹿にしとンのか!」
「なんでだ、してねぇ」

 褒めたのに、と不満げだけど、褒めてはないんよ。いつもの轟くんからしたら、爆豪くんって猫背なこともあってちょっと小さく感じるんだろう。単純に轟くんがデカいだけなんだよ。

「なに爆豪怒らしてんの」
「いや爆豪くん常怒ってんじゃん」
「それはそー」

 響香と三奈が寄ってきて呆れた顔をされる。爆豪くんは常に怒ってるし。こっそり透がさっきの壁ドン写真に撮ってたの知ってるんだからな! あとで女子グループに出回ることだろう。

「見て、美少女磨」
「ん〜?」

 三奈がスマホの画面を見せてくるので、少し屈んでピンクの手首を軽く引いた。三奈の肩が私の胸にぶつかり、頬をふわふわの毛がくすぐる。画面の中の私はぼんやりしていて、普段より三割増でミステリアス度がアップしている。ぼーっとしている表情ではあるんだけど、轟くん特有のぽやっとした雰囲気が相まって、正統派なかわいいだ。

「ウワッ、私かわい〜」
「……ギャー! 無理無理! 轟むり!」
「うるさ」
「え、俺か?」
「俺だけど俺じゃない! 面良すぎて無理!」

 夢だけど夢じゃなかった? ギャーギャー騒ぐ三奈の手首をパッと離す。身長差が歴然なのでさすがにいつもほどではないけれど、普段対人距離の(私以外には)わりと遠い轟くんの至近距離に耐えられなかったらしい。爆豪くんが引いた目で騒ぎ倒す三奈を見ていた。気持ちはわかる。

「いくら中身磨でも心臓に悪すぎー!」
「えっへ、ごめんって」
「あと口調! 違和感すごいからどうにかして!」
「お、わりぃ」
「お」
「ふふ、まねっこ〜」

 でも今更口調を変えるのって難しいよね。英語禁止ゲームみたいな感じになる。でも轟くんの口から自分の言葉回し出てくるの、聞いててもめちゃくちゃ違和感あるからわかる。



「部屋さあ、自分の部屋でいいのかな」
「あー、それもあるね」
「……戻った時が困るな」

 いい加減制服から着替えよう、となっても問題発生だ。部屋どっち問題。

「かといって相手の部屋で寝んのもなぁ……」
「俺だったら無理だね! 耐えきれねェ」
「セクハラ」
「なんでぇ!?」

 瀬呂くんの言葉に、上鳴くんが無理無理と笑って響香に断罪されている。まあ軽くセクハラだ。

「ってかお風呂もどうしよう」
「あー」
「最大の問題じゃね?」
「ね」

 半日程度で戻ってくれたんなら明日の朝お風呂入ろっか、ってなるんだけど、一日ぐらい続いちゃうと明日も学校だしちょっといやだ。っていうか、私はまあ見られて恥ずかしい身体はしてないし、そりゃちょっとは恥ずかしさあるけどこういう場合はしょうがないんじゃない? って思うからいいんだけどさ。周りがそれで納得しないから仕方ない。

「目隠しして入るとか」
「でも自分で洗うなら感触でわかんね?」
「感触……」
「それに浴室は滑るので危険ですわ」
「そこはウチらが誘導すればいいんじゃん?」
「あー! アタシたちで磨の身体を洗っちゃうのは!?」
「じゃ、轟の身体は俺らが洗うのか」
「……イケメンとはいえ男の身体洗うの微妙だな」

 侃侃諤諤、提案が飛び交う。他人の困り事なのに親身になって解決しようと議論して動く姿、ヒーロー科っぽいなあ、と微笑ましくなる。ちょっとだけ自慢したいよね、私のクラスメイトたち、みんないいやつなんだぞ〜って。密かに微笑んで、頬杖を付いたまま続く議論を眺めた。

「……待ってそれ目隠し外れた時やばくね!?」
「あ! そうだ!」
「みんなの裸とか治すとき見慣れてるしそんな気にしなくてもいいよ〜」
「いやそれ上半身じゃん! 下半身はキツイって! 無理無理はずいはずいはずい!」

 上鳴くんが自分を抱きしめてイヤッ! と叫ぶ。思春期だ。たしかに、女子もいくら見た目私で、いくら下心がないとはいえ、轟くんに裸見られるのはさすがにまずいしなあ。

「ん〜、じゃあ、もう私と轟くんが一緒に入ってお互い自分の身体洗うのは?」
「解決には一番近いけど倫理的にやばいだろそれ」
「また不純異性交友っつってしばかれんぞ」
「えー、じゃあどうすればいいのさあ」

 ダメらしい。いい案だと思ったんだけどなあ。

「明日には戻っているかもしれないし、今日のところはタオルで身体を拭いて、様子を見るのはどうかしら」
「ん……ま、それが一番いいね」
「ケロケロ」

 たしかに、時間は未確定だ。寝てる間に戻っている可能性も結構バシバシに高いので、梅雨ちゃんの意見を採用することにした。可決。



「一緒に寝るのは?」
「却下」
「つれない……」

 続いては寝る場所問題だ。クラスメイトたちの手を借りて、頭はシャツ着たまま洗って、身体を拭いて、着替えまで完了した。いつものように夕飯を食べようとした轟くんが、胃袋の差を計算していなかったらしく苦しげにお腹を抑えているけれど、それは置いといて。様子を見に来た先生に、どこで寝ればいいかと、自分的オススメを提案したところすげなく却下された。先生は顎に手を当て、少し考える。

「そうだな……ああ、ここで寝ろ」
「え、ここ?」
「共有スペース?」
「そうだ」
「あ〜なるほど」

 たしかに、共有スペースなら広いし人の目にも触れやすくて間違いも起こりにくいだろう。たまに共スペでお泊まり会することもあるし、学校から提供されてる予備の布団もある。名案すぎ。そんで、こういうことになった場合。

「じゃあアタシもここで寝るー!」
「私もー!」
「俺も俺も」
「ウノしようぜウノ」
「ばっか今はイカだろ」

 ノリの良い子たちがはしゃぐのも、自明の理ってやつだ。先生はこれも見越してたんだろう、フン、と鼻を一つ鳴らしたけれど、注意することはなかった。

「委員長、副委員長、任せた」
「はい!」
「ええ!」

 そして丸投げである。まあ、人が多い方がいいのはいいしね。

「バイオの続きしよ〜よ〜」
「いや、今の緩名がキャーキャー叫んでる姿見たくねぇわ」
「たしかに」

 この声で叫んだら戻った時には轟くん声出なくなってるかもしれない。

「一狩り行こうぜ!」
「てめェ毎回最初に乙る癖によく言えたな、あぁ?」

 毎回俺ァ部屋で寝る! って言うくせに、切島くんとか瀬呂くんに宥めすかされ、私と上鳴くんの口車に乗り、なんだかんだ爆豪くんも共有スペースお泊まり会常連である。ゾンビゲーしたりホラゲーしたり、格ゲーだとだいたい爆豪くん鬼強だから、なるべく抑えにかかりたい。

「轟くんってゲームする?」
「あんましねぇな」
「じゃ、あとでみんなでやろうよ」
「ああ」

 何系得意なんだろ。イカ苦手そ〜。格ゲーも苦手そう。ねこあつめとか……? 頭いいしパズルゲーとかかな。

「そういえばさ、緑谷くんってパズルゲー得意?」

 分析派なオタクってパズルゲー得意なイメージがある。

「えっ、パズル? ……ああ、うーん、得意、な方かな?」
「へえ! だってー爆豪くん」
「ハッ、クソナードごとき目ェ瞑ってたって勝てらァ」
「はい大言壮語〜」

 つんつんと頬を続いたらペシっと払われる。今日の夜更かし会初戦のカードは決まったな。勝者はなんか奢られるやつ。
 その後、パズルゲー優勝は峰田くんだったし、結局深夜までマリパした。



「んん〜……」

 ぐーっと背中を伸ばす。あ、頭めっちゃすっきりしてる。私は結構夜更かししたけど、轟くんはだいぶ早めに寝落ちて私のクソかったい膝でおやすみしてたからかな。周りを見ると、屍のようにみんなの身体が転がっていて、微笑ましい光景に自然と頬が緩む。かわいい。高校生って感じだ。かわいい。とりあえず写真を撮って、あとでグループに共有しとこ。
 ひっついて寝ている三奈と響香と透のお腹にブランケットを掛けて、そっと立ち上がった。おお、視線がひく〜い。なぜか片足だけめちゃくちゃ遠くに飛ばされていたスリッパを穿いて、キッチンへと向かう。早朝だけどちょっとお腹空いたなあ。とりあえずお茶でも飲もう、と急須にお茶っ葉とお湯をセットした。

「……緩名?」
「ん、あ、おはよー轟くん」
「おはよう……」

 ぴょんぴょんに跳ねた頭で、目を擦りながら近付いてくる轟くん。めちゃくちゃおねむじゃん。普段はしっかり伸びている背筋が、弛んで曲がっている。ふらふらと近付いてきた轟くんの顎が、私の肩に乗った。お腹に腕がきゅっと巻き付いてきて、項のあたりに鼻先が埋まる感触がする。ちゃんと拭いたとはいえ、お風呂には入れてないからちょっと控えてほしい。

「おーい、轟くん」
「……緩名だ」
「緩名だよ」
「緩名だ……」

 ぎゅう、と抱き着いてくる腕の力が強くて、甘えたさんが出現したようだ。私は楽しかったけれど、異性の身体に半日強入れ替わっているのは、轟くんにはそれなりにたえたらしい。よっぽどスケベでもない限りそりゃあ気を張るよねえ。

「ぐう……」
「立ったまま寝てる!?」

 後ろから静かな寝息が聞こえてきて、ふふふ、と思わず笑ってしまった。あー、どうしようかな。これ。とりあえずお茶飲もう。

「お、戻ってる」
「ん、戻ってるよ〜」
「轟おねむなん?」
「うん」

 ひょっこり顔を出したのは瀬呂くんだ。ソツのない男に定評のある彼は、私にひっつき虫する轟くんの姿を見てなにか悟ったらしい。苦笑いしながら冷蔵庫を開ける瀬呂くんに、この入れすぎたお茶を貰ってもらおう。

「お茶いる? 入れすぎた」
「おー、もらうわ」
「豆乳と……お茶……」
「結構合うのよこれが」

 流石自然派な男、瀬呂。ロハス、オーガニック、瀬呂。まああるよね、お茶豆乳ラテみたいなの。朝から小洒落たものを飲むなあ、と眺めていたら、ピピピピッピピピピッ、と誰かのスマホのアラーム音が鳴る。音量があまり大きくないためか、誰も起きだそうとしていない。百とか飯田くん、律儀にマリパ最後まで付き合ってたしなあ。あの寝顔を見ると高校生だなあ、と実感する。

「とりあえずこれ引きずってお風呂場入れてくるわ」
「おー、じゃ、俺はこいつら起こして片付けするかね」
「まかせた〜。はい轟くん起きてー」
「んん……」
「おーおー、むずかってる」
「赤ちゃんか轟は」

 個性で自分の身体能力を強化して、ズルズルと轟くんを引き摺る。持ち上げてもいいんだけど、まあ長い足だし少しくらい削れても良いでしょ。ね。んんん、と唸ってから、ほんの少し目を開けた轟くんがかわいくて、思わず声を上げて笑ってしまった。



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