ああ俺たちの小悪魔さま(10万打/他視点)



※視点主に則って単語の誤用がちょこっとあります


 入学初日。教室に入ってくるその姿を見た時、「うわ、大当たりだ」と神に感謝した。マジで。



「先帰ってもいいけど待っててね〜!」
「いやどっち」
「待ってるから行っといでー」

 パタパタと軽い足音を鳴らしながら教室を出ていく緩名の背中。シッシッと追い払うように手を振る耳郎と芦戸に向かって、あとでキスしてあげるー! と叫んでいらなーい! と叫び返されていた。

「なんで! 私の唇を高く評価しろ!」
「お、戻ってきたぞ」
「はよ行っといでって」
「はあ〜い」

 出ていったばかりのドアから顔を覗かせて、ぷく、と頬を膨らませる。あざとい。見慣れてんのにあざとくてもかわいいなーって思ってしまうから、緩名はかわいい。

「緩名どしたん?」
「いつものアレ」
「告白?」
「それー」
「あーね」
「っかー、多いな」

 瀬呂の質問に、携帯見ながら芦戸が返した。まじで多い。先週も呼び出されてたらしいし、緩名はモテる。それもクソほど。俺の人生で一番モテてる人類だと思う。

「緩名モテんなァ……」
「今週2回目だって」
「しかもイケメンだったよねー!」

 耳郎が頬杖を付いて、片手の指を2本立てる。今週2回目、というが、今週はまだ始まったばっかりだ。ちょっとくらい分けて欲しいモテっぷりだ。性別違うけど。

「まァ緩名綺麗だもんなー」

 ぐでっと机に突っ伏しながら言う切島に、ウンウンと同意する。開始3分で早くも課題のワークは投げ出したらしい。そうなるの分かってっから俺はそもそも開いてすらいない。後で緩名がかっちゃんに頼み込むつもりだ。見た瞬間自力じゃ無理って分かったかんね。合理的っしょ? 無駄なことに時間を割くより、瀬呂が必死に埋めていってる日誌に落書きをする方が有意義だ。瀬呂の机に腰掛けて、教科の横に先生たちの似顔絵を描いてってたら、呆れた瀬呂に下痢ツボを押された。容赦がねえからいてェの。

「アンタ時間かかるんだから余裕かましてないでさったとやったら」
「大丈夫! あとでかっちゃんか緩名に拝み倒すから」

 ジト目で見てくる耳郎にひらひらと手を振れば、他力本願だ! と芦戸が叫ぶ。芦戸だって同じバカ組なのに、意外と優秀な緩名が面倒を見てるせいで、最近微妙に成績を伸ばしてってることを俺は知っている。

「うるせー! 芦戸だって緩名におんぶにだっこのくせに!」
「アタシと磨はラブラブだからいいんですぅー」
「俺だってかっちゃんとラブラブだかんな?」
「いやキチィわ」
「バクゴーに聞かれたら爆破されっぞそれ……」

 ウン、自分で言っててキチィな、と思った。流石に。一応加減はされてるものの、軽い火傷をする程度には威力が強くて痛ェんだよなあ……。ギャン、と目を釣りあげた爆豪を想像するだけでゾッとしたので、自分の鞄をクッションのように抱き締めて話題を変えた。

「卒業までに100いくと思う?」
「なにが」
「主語」

 女子たち+瀬呂の視線は冷たい。俺の味方は切島だけだ……。

「緩名の告られ数!」
「ああ」
「あーね」
「いきそ〜」

 入学から半年、10月現在で緩名の告られた回数は両手の指をゆうに超えている。轟とかヤオモモとか、モテるやつは他にもいるけどアイツは次元が違う。

「何人だっけ」
「えー……覚えてねー」
「ダメじゃん」
「二十はいってんじゃん?」
「多分」
「たぶんもっといってるよ〜」
「えぐ」

 まだ寮になる前の学校終わりとか、緩名含めて遊びに行くと、男共の視線がマジでえぐかったもんな〜。

「緩名カワイーもんなァ……」
「しかも接しやすいしなぁ……」

 あの顔! あのスタイル! 一見すると大人しそうっつーか大人っぽいっつーか、なんかそんな感じなのに、コロコロ変わる表情とか人懐っこい距離の近さとか、もう反則だ。だいたい思春期の男なんて、かわいい女子のことをほんのり好きなところにあの絶妙な距離感。緩名にドキッとしない奴は男じゃねェ! そう言うと、超語るじゃん、と瀬呂が笑って、切島がウーン、と腕を組んで考え込むような仕草を見せた。こいつのコレは理解りたくねェけど共感しちまった時の逃げのポーズだ。硬派を気取っちゃいるが、緩名のあざとい絡みにドキドキしてるのなんて、傍から見たら丸わかりだ。うぇい、と切島をつついていたら、芦戸の頬がぷくっと膨れていった。

「いやいや、芦戸たちもかわいーぜ?」
「なにその取って付けたフォロー」
「そういうことじゃなーい!」
「あり? 違った?」

 じゃなんで膨れてんの? と聞いたら、男にはわかんないかなぁ〜……なんて二人してため息を吐いた。え、なになに?

「わからんわからん。なに?」
「磨がさあー、いいならいいけどさあ」
「ウン」
「誤解されやすい、ってこと」
「あーね……?」

 ……つまりどういうことだってばよ? キョロ、と視線を巡らせる。よっしゃ、切島もわかってない。瀬呂……はわかったふうに苦笑いしてんなあー。

「ほら、夏頃あったじゃん」
「私の彼氏取ったでしょ事件」
「あーね、あったねンなこと」

 そういえばあった。二年の女子数人が緩名を呼び出して、あはや暴力事件!? っつって騒がれてたやつ。わりと強烈だったけど、期末前で焦ってた時期だからあんまり余裕なくてちゃんと覚えてねんだよな〜。結局どうなったのかも教えてくんなかった気がする。

「あれ結局どうなったん? ただの片想いっしょ?」
「そうそ。磨はその男の名前すら知らなかったし」
「あれは結局、磨が「彼女いんのにほかの女に目向ける男とか無理くない? 別れれてラッキーじゃん」って言って、最終的には仲良くなってたよ」
「ハ〜ン、なるほどね」

 っつっても、人間の感情なんて抑えれるもんじゃねえからなあ……。その彼氏も、浮気したくて浮気したわけじゃないだろうし。いや、男のフォローすんのきめェな。俺は女の子の味方! 浮気、ダメ、絶対!

「ウチらはさ、磨がそういう、略奪とかするような性格じゃないのを知ってるじゃん」
「距離近いのはたしかにちょっとあるけどね。でも、なんも知らない人たちが、磨のこと悪く言ってるのがムカつくーってコト!」
「あーなる」

 なんとなくわかってきた。言われてみりゃたしかに緩名は、モテるけど敵も多い。特に緩名自身がなにかしてるわけでもないのに、一部の人間が陰口を言ったり、厳しい視線を向けられているのを見かけることがたまにある。

「……ま、磨はいろいろあるから、仕方ない部分もあるけどね」
「あるなぁ、いろいろ」
「ねー」

 ハァ、と誰ともなく吐き出されたため息が重なった。緩名のいろいろ。林間からしばらく、連絡も着かなくなっていた期間に、それはもうクラスグループで活発に議論が飛び交ったもんだ。いつも明るく緩く振る舞っている緩名が突然攫われて、暴露された両親や過去のこと。触れてもいいのか、触れるべきなのか、そもそも学校に戻って来んのか、無事なのか。なーんもわかんなかったからなァ……。結局、無理に聞くようなもんでもないし、緩名から話したくなるまでそっとしとこう、と意見がまとまった。角と一緒にしょんぼりした芦戸の真似をして、ハア、と頬杖を付くと、キモイ、とイヤホンジャックが飛んできた。

「イッデェ! なんで!? 俺今なんもしてなくね!?」
「いや、ごめん、なんかキモかったから」
「ひっでぇ! 言葉の暴力」
「いいよ耳郎、俺が許す」
「アタシも許す」
「切島ァー! 全員が虐めるンだけど!」
「へー」
「興味うっす!」

 もっと俺に興味持って! と自分を抱き締めて見たけれど、ねえねえ、これどれがいいー? とスマホを弄って写真を見せてくる芦戸にスルーされた。まじでもっと俺に興味持って。

「んで、なにこれ?」
「磨のヘアカタログ」
「すっげぇ撮ったな……」
「でしょー」
「あー、ミスコンの?」
「ハイ瀬呂一ポイント」
「よっしゃー」

 緩い。破天荒なボケも、意図した養殖天然もいないからすげぇ緩い。いや、あの養殖天然いるともっと緩くなるわ。

「磨髪長いからなんでも出来てさあ」
「あーね」
「つかこの緩名クソかわいい」
「わかる」
「わかる」
「正直わかる」
「ソレ」

 ゆるふわに巻いたポニテの緩名の写真を指すと、瀬呂、切島、耳郎、芦戸全員から賛同を得た。よっし。

「緩名のポニテ好きなんだよな〜」
「あー、わっかる……」
「揺れる感じやべェよな……」

 ふわっふわに揺れるポニテで、クソかわいく走り寄ってくる緩名を思い浮かべて頭を抱える俺たちに、女子二人の視線は冷たい。でもさ、あるじゃん! 好きな髪型とかさ!? おまえらだって轟にキャーキャー言ってんじゃん!?

「いやウチらはそこまでいってないから」
「ね」
「嘘ォ!?」

 即否定だ。

「まあでも、ウチは長いよりはサッパリ短い方が好きかな」
「えーアタシはわりと長くてもいいかも」
「てかこのクラス髪長いの多くない?」
「あー、ある」

 たしかに。俺も切島も瀬呂も、結べるくらいには長い方だ。ヒーロー科には部活の概念がないから余計ロン毛気味の野郎が増えるのもしれない。

「担任からアレだしな」
「たしかに」

 プレマイもなげぇし、ヒーロー長髪多いんかもな〜。緑谷は鳥の巣。峰田のあれは髪なのか、長いに入るのか議論していると、ガラッ、と教室の扉が開いた。お、帰ってきた。

「たっだっいっま〜」
「急に走んなアホ」
「アホじゃないもん」
「おかえり」
「お、バクゴー! 帰ってたんじゃねェのか!」
「見りゃわかンだろーが」

 手ぶらで出ていったはずの緩名は、爆豪というクソでかい荷物を連れて帰ってきた。手首を掴まれて連行されてるかっちゃん、悪態吐くくせに振り払わないあたりアレだよな。俺が触ったら秒で威嚇爆破してくんのに。切島が図書館帰りか? と声をかけたらおー、と返事があったので、キャラと見た目にそぐわず図書館に行ってたらしい。まじギャップっしょ。

「磨どんな髪型好き?」
「へ?」

 耳郎のおもむろな質問に、緩名がでかい目をぱちぱち瞬きさせる。お、口開いてる。アホの顔しててかわい〜なァ。

「?」
「俺が知るか」
「たかし。だれの?」
「あー、男の」
「男のかあ……」

 かっちゃんを見上げて一蹴されている。だるんだるんのカーディガンの袖を口元に宛てて、ちょっと考えこむ緩名。たぶん、こういう仕草があざとくて一部から嫌われんだろうな、ってのは俺にもわかる。しかも多分緩名も自覚してる。

「なんかねえ、普段上げてる人が下ろしてたり、下ろしてる人が上げてたりするのが好き」
「お、おお……」
「ちょっと趣旨違うんだよな」
「ええ?」

 具体的な髪型の話から、シチュエーションの髪型の話に移行している。いや、わかんなくもねェけどね。

「あ、っていうかどうだったの?」
「ん? まーね、それはねえ……内緒〜」
「出た」
「どうせフってるくせに毎回秘密にするよね、磨」
「ふふん」

 フってる、のあたりで察したのか緩名の後ろにいる爆豪の眉間の皺が、いつもよりますます深くなった。おーおー、怖ェ顔しちゃって。いつもだけど。

「ねー購買寄って帰ろ」
「奢り?」
「奢りだ」
「ゴチんなりまーす」
「なんで! 切島くんに集ってよ!」
「……俺か!?」
「だってインターン仲間切島くんしかいないし」

 両手を顔の前、少し下で組んで、お給料入ったでしょ、と語尾にハートでも付きそうな甘い声で切島を誘惑する緩名。こうやって受け流したり、方向そらすのも上手ェなあって意識してみるとわかる。緩名に引っ張られてみんな帰る雰囲気になったので、俺もその後を続いた。

「堅揚げ!」
「コンソメ!」
「ウチのり塩」
「ピザポテトー!」

 どうやら話題はポテチになってるらしい。結局切島の奢りなんかな。どうせ爆豪はヒー婆ちゃんのやつだ。それか暴君。ぴったりじゃん。

「上鳴くんはなにがいい?」
「うぇ? 俺ぇ?」
「うん。あ、すっぱいやつ?」
「それ色で判断したっしょ! 残念俺は切島派だから」
「コンソメかあ……」

 くるっと振り向いてきた緩名が、集団の中を少しだけ下がって隣にくる。あーもうね、こういう事されるとね、男は弱いんだよ。正直にクッソかわいい。俺の意見でコンソメ派が若干リードしてることに、緩名がむむっと眉を寄せた。

「……暴君のやつさあ、爆豪くんピッタリじゃない?」
「それ俺も思った」
「だよねえ」

 切島をどついてる爆豪を見ながら、くすくすと二人で笑う。わかるわかる。ケラケラ笑いながら営業時間ギリギリの購買に向かっていると、少し遠くの廊下に見えた男子生徒が、緩名を見てぺこっと頭を下げた。気付いたらしい緩名も、おなじように小さくお辞儀する。誰。……あー。

「……あー、告られたって人?」
「お、せいか〜い。わかる?」
「やっぱ電気くん天才的センスあっからさ」
「電波受信したぁ?」
「したした。ってか結局どうしたん」
「え〜」

 わかっちゃったよなぁ……。だって、あの男の人の目が、遠目からでもわかるくらい、あ、好きなんだな、って目をしてたから。まあ結局フったんだろうけど。元彼とかいたらしいが、雄英入ってからの緩名が彼氏持ちだとは聞いたことがない。ま、俺ら恋愛にかまけてられる余裕もねェしなあ。俺に彼女がいねーのもそういうことだ。マジで。モテないとかじゃないから。まじまじ大マジ。
 心の中で全人類に言い訳していると、緩名が少しだけ距離を詰めてきた。近付くと、ふわっといい匂いがするのは美形だからなのか、女子だからなのか、緩名だからなのか。全部か。

「オッケーしたって言ったら、悲しんでくれる?」
「……へ?」

 小さく呟かれた緩名の言葉。俺の表情を覗き込んでくる大きな瞳が、夕焼けの色を浴びて潤んで見えた。……え、どういうこと? オッケーしたの? いや、オッケーしたら俺が悲しんでくれる? って、え? どういうこと? え? 俺って緩名のこと好きなの? いや好きだけど。ん? 逆か? 緩名が俺のこと好きみたいな感じか? まじで? 来ちゃう? この世の春、訪れちゃう感じ? いやいやいや、でもちょっと待て、緩名だぞ? あの誘惑小悪魔っぷりは並ぶもののいない緩名だぞ? あの、クソかわいい緩名が……、

「うぇ、うぇい……」
「あ、ショートした」
「なにしてんの磨」
「上鳴くんで遊んでるー」

 遊ばれてたうぇい……。プスプスと半分アホになった頭を瀬呂に抱えられて、あんま虐めないでやって、と笑う声が頭上からした。瀬呂、俺の友達はおまえだけだ!
 そのあとちゃっかり堅揚げとコンソメを買わされていた。緩名の悪魔!



 数十分の超最高! 俺たち優勝! ライブを終えて、慌てて走り去る緩名と付き添いの芦戸を見たのが2時間ちょい前。緩名の直前の拳藤のパフォーマンスを見届けたのが今。ワアワアと歓声を上げた直後、ありえねーくらい心臓がバクバクしてきた。やべえ、口から心臓出る。

「俺が緊張してきた……」
「なんでだよ」
「まあ緩名なら大丈夫だろ!」
「うぇ、砂藤〜……」
「おーよしよし」

 くっそ冷たい呆れた目線の瀬呂と、拳藤の演武に影響されたのか拳を握る切島。唯一砂藤だけが俺の味方だ。野郎に抱きつく趣味はないので抱き着きはしないけれど、手汗の滲んだ手を握ってもらった。

「いやそっちの方がキツいだろ」
「本当にアホ……」

 うるせェ! と声を上げようとしたところで、拳藤とすれ違うように出てくる緩名の姿が小粒に見えた。そういえば結局、どんな衣装にしたのかとか、髪型とか、男子禁制立ち入り禁止っつっわれて知らないんだよね。遠目に見える色は白、かな。ゆっくりと歩いてくる緩名と一緒に、音が、波のように静まっていった。

「? なんか、あっちの方静かちゃう?」
「そうね、なにかあったのかしら」
「演出じゃね? ……あ、」

 カツン。ヒールの音が響く。ステージからそれなりに距離があるけれど、運良く真っ正面のポジションを取れた。
 カツン。さっきまでの喝采はどこへ消えたのか、少し離れたここまで、足音が届くくらいに静まり返っている。白いレースのスカートと、てろんとした水色のリボンが翻って、緩名が緩慢に立ち止まる。

「あ……」

 耳に届いた吐息が、誰のかもわからなかった。伏せたまつ毛が持ち上がって、穏やかに、優しく、緩名が微笑む。その笑顔に、いつもの、明るくてどっか緩い、緩名磨はいなかった。神秘的で、幻想的で、なんつーのかわかんねぇけど、なんかそういうの、全部ひっくるめた……耳郎に聞かれたらキモイ、と一蹴されそうなことだけど、「天使みてぇ」と確かに思った。
 緩名を中心にキラキラと波紋状に広がっていく輝きは、よく見慣れたアイツの個性だ。強い照明が反射して、いつにもまして輝きを増している。その中心にいる緩名に、ドクン、と心臓が跳ねて、身体の中、ケツの方からゾワゾワと鳥肌にも似た感覚が広がっていく。なに、なんだこれ。ふっ、と少しだけ視線を落とした緩名が、くるりと方向転換して、またゆっくりとステージを後にした。指の先がピリピリ、刺すように痛む。なんだこれ。

「いてっ……上鳴?」
「え、あ、わり」
「いや、いいけどよ」

 いつの間にか放電しちまってたらしい。隣にいる砂藤が声をかけてくれて気付いた。あ、あぶね〜……無意識に漏らしてたみてえ。こんなん滅多にねェの に。ガキかよ。クソ恥ずい。ゲホッ、と誰かが咳き込むのが聞こえて、同じように硬直してた人間の緊張が解けたのか、次第にざわめきが広がっていく。すぐにそれは大喝采に形を変えて、ミスコン始まってから一番の盛り上がりになった。

「……磨ちゃん、綺麗やった」
「ええ、そうね」

 爆発する歓声の中で、なんとか聞き取れた麗日と梅雨ちゃんの会話に、こっそり頷く。

「……つか、あれはやべーって……」

 目覚めそうになった。なににかはわかんねぇけど。呟いた言葉は誰にも拾われずに、ぽつんと打ち捨てられた。



「あれ反則だろ」
「もはや飛び道具」

 キレイどころの最高ミスコンショーも、三年のサポート科のまつ毛先輩の衝撃に全部持ってかれた。ここ最近二番目の衝撃だったね、ありゃ。夢に見そう。一番目はなにかっつーと、そりゃあ……。

「やほ〜おつ〜」

 衣装のドレスを着たまま、さっきまでの神秘的な雰囲気はどこへやら、いつも通りゆる〜い緩名だ。なんなら歩き方はどっしりしてる。なんでだよ。控え室の脇で待ってた俺たちは、さっきとのあまりのギャップに、やっぱこれが緩名だよな〜、と気が抜けていく。これこれ、これよこれ。

「ハ? 喧嘩売ってる?」
「なんでだよ」

 緩名の表情が怒った猫みてえになって、口もいつも通り悪い。あー、なんか安心するわ。「天使みてえ」と思った俺の純情返して欲しい。
 それからは写真会だ。当然俺も撮った。ギャップ! とは思うものの、綺麗なもんは綺麗だし。今撮んなきゃ損っしょ? しかもあの爆豪までなんだかんだノリノリ。かっちゃんって、緑谷相手には態度変わるけど、緩名相手でも違う方面に変わるよなあ。それが恋なのかわかんねーけど、うちのクラス、多分ほかのクラスの男どもも、着実に緩名に惹かれていってるとこあるし。轟なんかもーメラメラじゃん。あの独占欲が、友達だって言い張ってるみたいだけどどうなんかねー。あーヤダヤダ、クラス内痴情のもつれとかおこったらまじどうすりゃいいんだ俺は。ま、今まさにうちのツートップに取り合われてる緩名は、あんまどうでもよさそうなのが救いか。

「緩名〜、俺ともツーショ撮ろうぜー」
「おっ、まかせえー」

 ウェイ、とカメラを構えると、緩名も俺の隣に並んでうぇ〜い、とポーズをとった。巻かれた髪が、俺の腕に触れてくすぐる。ふにゃっと笑ったその顔は、綺麗よりもかわいくて、やっぱり俺はこっちの緩名の方が好きだな、と思った。



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