夕暮れに捧ぐぼくらのアリア



※夢主の靴箱に夢主のパロディAVが入ってるネタです

 珍しく少し早く授業が終わった日だった。普通科や経営科はもう帰っている校舎で、それでも他のヒーロー科よりは少し早い帰宅に大喜びで駆け出して行く三奈や上鳴くんたちを見つめながら、寒さからだるだると足を進める。轟くんが気を使って右側に来てくれているからまだマシだけど、それでも冬真っ盛りだ。寒い。

「帰ったらおこたでおもちだ〜」
「デブんぞ」
「ンだと〜」

 冬はおこたでおもちが一番でしょ。最近七輪も導入されたし、今A組内では空前の餅ブームである。お茶子ちゃんがよく狂喜乱舞しているのを見かけるし、体重計を見つめて顔を青くしている姿もよく見る。この前はとち狂った女子数人が体重計をぶっ壊そうとしていた。止められてたけど。

「もう自動で靴履き替えさせてほしい」
「怠惰すぎンだろ」
「靴出すか?」
「えっ神〜」
「甘やかすな! 本気でデブんだろォが!」

 轟くんの提案は爆豪くんによって力ずくで却下された。でもだってさあ、靴履き替えるのって若干めんどくさいじゃん。意外と真人間の爆豪くんが正論でキレてくるので、渋々ひんやりする靴箱に手をかけて、開いた。

「わあ、なに?」
「っあぶねェなボ、ケ……」
「んえ?」

 ら、雪崩のように何かが落ちてきて、自分の靴箱を開けるためにしゃがんでいた爆豪くんの隣に落ちる。軽くて固めの音が鳴った。少なくとも手紙とかではないんだろう。視界の端にリボンのようなものがひらついたから、プレゼントだろうか。たまにあるんだよね。そう思って視線を下にやると、爆豪くんが自分の鞄をその上にドンッ! と叩きつけるように置いた。

「見んな!」
「え、え、なに」
「どうした爆豪」
「え、なになに」

 寮制になってから、ある程度クラスでまとまって帰りがちになった。そりゃそうだ、だって行先も下校の時間もほぼ同じなんだもん。その中で、私たちは最後尾を歩いていたから、みんなはもう既に靴を履き替えて校舎を出ようとしてる人が多いわけで。そんな友達たちも、爆豪くんの大声に帰宅の足を止めてなんだなんだと寄ってくる。

「来んな!」
「それ私宛の、」
「るせェわ……!」
「ええっ、理不尽」

 理不尽である。わけがわからない。鞄の下に、赤いリボンが見えるから、多分プレゼント系なんだろう。私宛の。爆豪くんはしゃがんだまま辺りを見渡していた。どうした? と寄ってくる切島くんの姿を見て、一度喉を鳴らす。

「切島ァ! 先生呼んで来い」
「はえ、まじでなに?」
「エッ、あ、お、オウ! 分かった! 誰でもいいのか!?」
「あー……出来れば担任かミッドナイト、いなけりゃオールマイト以外なら誰でもいい」
「なんか知らねェが分かったぜバクゴー!」

 あ、これはなんかあるやつだ。担任の相澤先生ならわかるけれど、ミッドナイト先生ご指名はなんかもう、そうじゃん。私だって馬鹿じゃないから何かあるのは察する。そのなにか、は分からないけれど。

「轟、ソイツから離れんな」
「ああ、わかった」
「しょうゆ顔、……蛙!」
「ハイハイっと、マジでどうした爆豪」
「お呼びかしら?」
「……耳かせ」

 指示を出していく爆豪くんは梅雨ちゃんの顔を見て一瞬だけ考えるように止まったけれど、二人に何かを端的に伝えると、二人の顔色が変わった。本気で何? 私の少しの不安と爆豪くんのただならぬ様子を感じ取ったのか、轟くんが私の肩に手を置いてくる。離れんなって言われたもんね。

「磨ちゃん、少し私たちとお話しましょう」
「んぅ、んん。……なんか、大変?」
「……そうね。でも、爆豪ちゃんが対処に当たってくれているから、大丈夫よ。心配しないで」
「ん……そっか」

 梅雨ちゃんに手を取られて、靴箱の前から少しだけ遠ざけられた。轟くんも、私の肩を抱いたまま着いてくる。肩は抱かんでいいんよ。

「どしたん、何事?」
「いや、私もわかんない」

 お茶子ちゃんや三奈達、女子勢が寄ってきた。梅雨ちゃんは困ったように眉を下げて、出来れば一緒にいて欲しいとお願いしてくる。それはもちろんだけど。爆豪くんに近寄る男子たちは、瀬呂くん以外シッシッと追い払われていた。とっとと帰ってろボケ! と追い払う様はちょっと面白い。

「呼んできたぜバクゴー!」
「どうした」
「何かあったのかしら」

 切島くんが呼んで来たのは、相澤先生とミッナイ先生の二人だった。爆豪くんの命令通りだ。超優秀じゃん。ミッションポッシブル。だと言うのに、爆豪くんからはご苦労と労られもせずに追い払われている。犬か?
 先生は一度固まっている私たち女子with轟くんを見て、それから爆豪くんの元でしゃがみこんでなにやら話していた。鞄が退けられたけれど、ここからは何も見えないし、話している内容も聞こえない。ただ、先生たちの顔色が変わるのが見えた。さっきの梅雨ちゃんや瀬呂くんと同じ反応。……なんか、よっぽどのものなんだろう。本当に想像が付かない。爆発物とかじゃないよね? なら爆豪くんがあんな風に扱わないか。第一、それなら見ても無問題だろう。カミソリレターとか? 昔のバンギャかよ。あとはなんだろ……爆豪くん、瀬呂くんはともかく梅雨ちゃんには実物を見せないようにしていたし。だとすると、うーん……盗撮写真とかかな。え、私の? うわあ、それならちょっと引くかも。

「緩名」
「あ、はい」
「……ちょっとおいで」
「うん」
「蛙吹も、いいか」
「ええ、もちろんよ」

 先生の口調が、少し優しい。それだけで、今、私は、一人の仮免ヒーローとしてではなく、おそらく普通の、未成年で被保護者として扱われているんだろうな、と悟る。それから、私の周りにいる女子には帰宅を促して、なるべく一人にならないように、と注意して、轟くんや他の数人の男の子には、その子達と一緒に帰るように任せていた。瀬呂くんを含む数人は、この靴箱のところで待機させるみたいだ。なにがなにやらわからないけれど、想像よりも大きくなっている事態にドンドン冷えていく指先を、梅雨ちゃんの大きな手がぎゅっ、と励ますように握ってくれた。



 先生と梅雨ちゃんに挟まれて廊下を歩き、通されたのは応接室だった。フカフカのソファがあって、隣には職員室がある。道中も、ここに来てからも、二人とも無言のままだった。険しい思案顔をしていて、この重苦しい雰囲気をどうにかしようにも、流石の私も空気を読んで黙ってしまう。……まじでなに入ってたんだろう。爆豪くんは、梅雨ちゃんにも見せていなかった。女子の嫌がるもの……本気で盗撮の線が濃厚だ。あとは虫とかかな……だったらキツイ。ひぃってなる。ああ、でもやっぱり盗撮とか、最悪エロコラだったりするのかも。落下音的に重さのほとんどない固形物だったと思うんだけど。女子を集団で帰らせたあたり、やっぱりソウイウのだよねえ。
 ぼー、っと私も正体を考えていたら、コンコン、とノックが響いた。

「ヘイヘイ、お呼びだぜイレイザー」
「緩名さん、蛙吹さん、ちょっとお邪魔します」

 職員室に繋がる扉から入ってきたのは、マイク先生と13号先生だった。そういえば、職員室が少しザワついている気がする。13号先生はコスの頭部分を脱いで、素顔になっていた。

「ああ。……緩名、すぐ戻る」
「うん」
「任せたぞ、蛙吹」
「ケロ」

 一声かけて相澤先生が部屋を出て、入れ違いに二人の先生が入ってきた。マイク先生は対面に、13号先生は私の隣へ腰を下ろす。

「ア? なーによ、茶の一つも出してねェなんて気ィ効かねーよなぁ? 緩名」
「え、ん、ふふ、そだね」
「緑茶でいいか、レディース?」
「ええ、ありがとう先生」
「うん、ありがと〜」

 備え付けのポッドで、マイク先生が私と梅雨ちゃんにお茶を淹れてくれた。マイク先生と緑茶、似合わなさすごいな。ブラックコーヒーのイメージがある。

「ま、ち〜っと退屈だろうケドよ、悪いようにはなんねェから」
「……うん」
「僕もいるので、緩名さんに危害を加えられる可能性は万に一つもないからね」
「うん、大丈夫」

 なに、の説明はされず、心配するな、大丈夫だ、と安心させるような言葉をくれるのは、多分、何をどこまで私に伝えていいか、迷ってるからなのかな、と思う。全部憶測だけど。お茶を啜ると温かくて、少しだけ安心した。危害はね、流石に、加えられないだろう。学内の事だし、多分敵連合とか、その辺が絡んでるわけでもなさそうだ。だったらもっと大騒ぎになってるはずだから。自分の身に降り掛かっていることなのに、なんにも知らされない、という不安はあるけれど、胸のザワつく嫌な感じは全くしなかった。だって、めっちゃ守られてるんだもん。

「寮に帰ったら、」
「うん?」
「帰ったら、お餅を食べましょう。さっき爆豪ちゃん達と話していたの、聞こえていたの」
「うん、たべよ」
「お茶子ちゃんがね、磨ちゃんの作るバター餅が食べたいと言っていたわ」
「ありゃ、そら作らなじゃん」
「ええ、とっても楽しみにしていたから、たくさん作ってあげてちょうだい」

 たくさん、作ったらまた体重計を視線で壊しかねない目付きになるんだろうなあ。ふふふ。

「A組は七輪持ち込んだんだったか?」
「あ、そうなの。私の実家から送られてきて」
「わあ、風情があるね」
「でしょ? 最近毎日誰かしらおもち焼いてるよ」

 みんな寒くて寮から出たがらないけれど、七輪を使うとなればそうも言ってられない。火起こしは専ら轟くんか切島くんがやっている。

「ああ、それでみなさん丸く」
「エッ」
「……あ! ごめんなさい! そういうつもりじゃなくて!」
「ヒュ〜、失言だぜ13号」
「違うんです! 女子高生らしくてかわいいなあって意味で!」
「……私たち、丸くなったかしら」
「え〜ん、また爆豪くんにデブって言われる〜」

 13号先生の失言に、梅雨ちゃんが頬に指を当て首を傾げる。そういえば、鏡を見た時心なしか、ほんっとうにちょっっっとだけ、ぷにっ? としてかわいらしくなっちゃったような気がしないでもない。……え、餅食べすぎて太った? でも運動してるし……。

「まァ、お年頃だから気になるだろうけどよ。オジサンからしたらガールズは太ってもねェしそんな気にすんな」
「あはは、ありがと」
「ケロ、大丈夫よ、先生」

 ホントにすみません! と慌てる13号先生を、逆に三人で宥める。本気にしてはないから。ほんとほんと。全然気にしてないから。まじで。

「13号先生こんど寮来てよ。フルコース出すから」
「……緩名さんほんとに怒ってません?」
「ははは、怒ってない怒ってない」

 一人だけスマートなのはずるいと思うの。



 二十分程、先生たちと梅雨ちゃんと雑談していると、再びコンコンコン、とノックされた。マイク先生が扉を開くと、相澤先生が。ちらりと私を見て、少しだけ表情を和らげ、すぐにまた険しい顔になってマイク先生と話し込んだ。内容までは聞こえてこないし、さっきほど、緊迫した雰囲気は感じないけれど、なんだろう、なんか、めっちゃ怒ってる、気がする。

「せんせー、めっちゃ怒ってない?」
「そうかしら?」
「うん、なんかちょー怒ってる」

 隣の梅雨ちゃんにコソコソと耳打ちする。梅雨ちゃんは口元に指を当ててこてん、と首を傾げるけれど、あれは絶対怒ってる。しかも呆れが混ざったガチ怒り。

「緩名」
「ぅあいっ!」

 悪口、ではないけれど、噂話をしていたせいで大袈裟に反応をしてしまった。梅雨ちゃんがくすくすと小さく笑っている。かわいい。

「な、なに?」
「蛙吹さん、行きましょうか」
「ええ、わかったわ」

 振り向くと、先生が訝しげな目で見てくる。別に先生の悪口は言ってないよ。ほんとだよ。なにかに気付いたのか、13号先生が梅雨ちゃんを連れて席を立った。ありがとう、梅雨ちゃん。じゃーな、とひらりと手を振るマイク先生と入れ替わるように、相澤先生とミッドナイト先生が入ってくる。忙しいな。

「悪いな」
「ううん」

 向かいの席に二人が腰を下ろす。ピリピリした雰囲気が幾分か和らいでいるから、なんとなくの解決、に至ったんだろう。ここらへん、空気読める自分に助かった。

「……なんか、やばいの入ってた?」
「……まァ」
「ちょっと、イレイザー」

 素直に頷く相澤先生を、ミッナイ先生が肘で小突く。相澤先生が戸惑うような物……ん〜、盗撮が有力候補。

「盗撮とか?」

 推測をあげると、少し驚いたような顔をするふたり。当たらずとも遠からず、って感じだろうか。

「そうね、緩名さんには、知る権利があるわ」
「うん」
「でもね、知らなくてもいい事でもあるの」

 ミッドナイト先生が、少しだけ身をかがめて、穏やかに私に語りかけた。

「先に犯人から話しておく」
「あ、見付かったんだ」
「ああ。騒ぎに気付いて自首してきたよ」
「はえ〜」

 ブツはわからないけれど、犯人は教えてくれるらしい。
 犯人、というか犯人たちは、普通科の女子生徒数人だった。面識のない……少なくとも名前を聞いても全然思い当たる存在じゃなかった。ちょっと安心。年上の彼女たちは、まあかわいくて目立つ私が気に入らなくて、“それ”を靴箱に入れ、仲間内で笑いものにすることで溜飲を下げていたらしい。ちょっとした遊びだ。ところが、A組の授業が、年に数回あるかないか、ってぐらいに早く終わってしまい、彼女たちが”それ“を回収するよりも先にA組の生徒数人が降りてきた。慌てた彼女たちは身を隠して、回収するタイミングもないまま、その内に私が靴箱を開けて……っていうのが、一連の流れだ。くだんね〜。

「アイツらは緩名本人に危害を加えるつもりも、直接伝わるよう嫌がらせをするつもりもなかったようだが、そんなことは関係ない。こうなってしまった以上雄英側も然るべき対処をするつもりだ」
「はえ〜」

 まじでくだらなさすぎる。しかも、結局私は“それ”がなにかも知らないし、実害と言うほどの害も出てない。ただこうやって、生徒の数人と職員室を騒がせただけだ。

「一応、本人たちは貴方に直接謝りたい……と言っているようだけど、緩名さんはどうしたい?」
「ん? あ〜……」

 どうしたい、と言われてもなあ。正直思ったよりどうでもよかったから、もう好きにしてもらっていいんだけど。あなたを殴ろうと思ってしまった! ごめんなさい! ってことでしょ? 実際そんな気にもならないよねえ。まあ、不快なことは不快ではあるけれど。

「正直言っていい?」
「ああ」
「なんかねえ、めちゃくちゃどうでもいい」
「まァ、だろうな」

 そう伝えると、先生も気が抜けたように肩を少し落とした。ね。顔も知らない……いやもしかしたら知ってるかもしれないんだけども。相手に対して、こう、怒りようがないというか。

「ていうか結局なんなん?」
「あー……」
「そうねえ」

 ミッナイ先生が、ひょいっと細い眉を下げた。

「自分に起こったことなのに、知らない、知らされない、というのは不安よね」
「ん……っていうか、単純に気になる」
「そうよね」

 コホン、と一つ咳をして、ミッナイ先生が真っ直ぐに私を見た。

「まず、未成年に見せるものではない、ということを念頭に置いてちょうだいね」
「はい」
「そして、特に本人に、見せることは躊躇われる物なの」
「うん」
「勿論そうならない人も、少数いるかもしれないけれど、知ったらまず確実に不快になると思うわ」

 それでも知りたいかしら? というミッナイ先生に、逆に好奇心が出てきてしまった。うん、と控えめに頷くと、分かったわ、と頷き返される。

「パロディAV、って知ってるかしら」
「……ああ〜……」

 察した。察してしまった。真剣な顔のミッナイ先生の横で、相澤先生が頭が痛い、とでも言うように頭を抱えた。ははあ、なるほど。

「はあ〜……なるほど……」
「ごめんなさいね、上手く濁す方法が思いつかなかったわ」
「いや、いや、全然大丈夫……なんだけど、」

 ここで一つ疑問が。私はまだ未成年で、仮免許はあるけれどヒーローとして活動したことも職場体験やインターンの少数、そのため、世間一般にそこまで名の知れた存在ではない、と自負している。パロディAVといえば、有名女優やアイドルから、ヒットアニメの設定を持ってきてもじったようなやつだ。そんな存在の私の、パロディAVが果たして存在するのか。もしくは、全く他人の……ワンチャン、あんまり想像したくないけど母親のとか……だったりするのかな。

「あの……私の?」
「ええ、緩名さんの」
「はは〜〜〜」

 ははあ。へええ。

「発売元へは校長が抗議文を送っているから、間もなく回収処分されるはずだ」
「ああ、うん。……いや、なんか、気持ち悪いとか嫌悪よりも、世間のニッチな需要に感心が上回っちゃってる」
「おまえね……」
「まあでも分かるわよ。私もそうだったもの」
「ね。なんか、なるよねえ」

 もう少し取り乱すかと思ったけれど、人間って思ったより冷静になるようだ。確かに私はとびっきりかわいいし、個性にも恵まれて、女子高生の中では目立つ存在ではあるけれど、なにも芸能人だったりするわけではない。そんな存在にも需要が存在するあたり、世間ってすごいなあ、と思ってしまった。いや、気持ち悪いは気持ち悪いんだけどさ。

「ね、ていうかちょっと見てみたいんだけど」
「アラ」
「何言ってんだおまえ」
「や、ねえ、気になるじゃん。ねえ?」

 ねえ、と言われても困るだろうけれど、気になるものは気になる。

「……未成年に見せるものじゃありません」
「やあ、でもほら、当事者だし。あ、先生見た?」
「見るか馬鹿」
「バカはひどくない!?」

 我被害者ぞ!? 先生の目は完全に呆れだ。それと、ちょっぴりの安堵。私の反応が想像よりも軽かったのだろう。女の人ってね、意外とそんなもんなんだよ、先生。

「そうねえ、私や女性ヒーローが、一応確認の為に目を通す予定よ」
「あ、やっぱそうなんだ」
「成人すると稀に本人に確認するよう回ってくるわよ」
「うげ、いやな仕事〜」

 ミッナイ先生とかそういうのめっちゃ出されてそう。……百、将来大丈夫かなあ。私よりも百倍くらいピュアだし。なるべく傍にいてあげよう、と心に誓った。

「パッケージだけでも」
「おまえね、緩名に隠し通した爆豪の意思も汲んであげなさい」
「あ! そうだ爆豪くん!」

 爆豪くんのあの反応も、梅雨ちゃんには見せなかったのも、人払いして轟くんや女子を一箇所に固めたのも。めちゃくちゃしごできスパダリ対応じゃん。絶対私に見せないよう、悟られないようにしてたもん。めちゃくちゃいいやつ。

「うわ〜! 爆豪くんイイヤツすぎる……好きじゃん……」
「あの子もやっぱりヒーロー志望よねぇ……青いわあ!」

 あまりにも爆豪くんがイイヤツすぎて、感動で机にガバッと突っ伏した。え? 優しい。

「なんかさあ、爆豪くん、出来れば相澤先生かミッナイ先生で、だめならオールマイト以外って切島くんに頼んでたんだよね……」
「適切な判断だな」
「オールマイトだめだと思われてんのウケる……」
「……アイツ、人を見る目はあるからな」
「ふふっ」

 オールマイト、この問題に向いてないって爆豪くんに判断されてるのめちゃくちゃおもろくなってくる。瀬呂くんと梅雨ちゃんの、クラス内で臨機応変に対応出来て、取り乱さないための人選チョイスなのもめちゃくちゃなんか……こう……くるものがある。多分轟くんとかに見せたら、轟くん、私に超懐いてるから怒りが溢れちゃう可能性もあるし。ハイ自過剰。

「ま、それはそれとしてちょっとだけ見せてよ。似てるかだけでも」
「ハア……表面だけだぞ」
「わあい」

 あ、わあいはおかしいか。まあいいや。渋々先生が取り出したパッケージは、なるほどなるほど。確かに私のヒロスに似たコスを着て、私に似た背格好の女がなんかボロボロになっている姿が写っている。ってか、うわ、福岡でのあれじゃん。趣味悪。リョナ系なのか?

「……私の方がかわいいしスタイルよくない?」
「なんで張り合ってんだ」
「いや、勝たねばと思って……」
「……まァ、おまえの方がずっとかわいいよ」
「!」

 えっ。幻聴……?

「アラ! あらあら!」
「えっええっ、え〜!? 今のなにィ!?」
「うるっせェな」

 相澤先生らしくない台詞に、私もミッナイ先生も大盛り上がり、なんなら今年一番の特大フィーバーだ。ひええ〜!? かわいいって!? 相澤先生が、ねだられたわけでもなく、自発的に!? かわいいって!? エエ!?!?!?
 大混乱スーパーハッピー祭り開催しかけた。きっと、相澤先生は被害者である私にめちゃくちゃ気を使って、平気ではあるけれど全くダメージを受けないような案件でもないから、励ますためのサービス……なんだろうけど、そんなん関係ないよね。嬉しいものは嬉しい。口元を両手で覆ったまま、ふふふふふふ……と少し低く笑えば、気持ち悪ィ、と吐かれた。ひど!



 結局、犯人である女子生徒たちとは顔を合わせることなく終わった。ただ、私が一方的に彼女たちの写真だけは見せられた。要は「この顔は一度おまえに危害を加えたから注意」ってことらしい。今の雄英は、寮体制になった背景上、学校側からの退学は要請出来ない。私の出方次第ではいろいろと罪に問われる可能性もあるものではあるけれど、私本人がその場で直接見ていないこともあり(見せてとせがんだのでノーカン)、まだ学内でのことで、生徒で関わったのも少数だから、大事にはしないでいいよ、とおおらかな私のおおらかな判決に、学校側もある程度納得してくれた。寮内謹慎の停学処分、また私への接近禁止や、監視が付く、それから保護者への報告。……一時のイタズラとタイミングの悪さで、100ゼロであっちが悪いとはいえちょっと可哀想にはなるかな。あと嫌いな同性のパロディAV持ってるの、親の責任になるのもちょっと可哀想。よりにもよってパロディAV。趣味が悪いんじゃあ。

「おさわがせしましたあ〜」
「気ィ付けて帰れよ!」
「送っていくわ」
「送っていかれるのでだいじょぶで〜す」

 相澤先生とミッナイ先生がそのまま寮まで送ってくれることになった。ちなみに、犯人の生徒たちは未だに事情聴取からのお説教コースらしい。ドンマイ。

「出来る限りの接近禁止は呼びかけているが、逆恨みしないとも限らんからな」
「A組の生徒数人にも、いくらか事情を省いて説明するから、いざという時守ってもらいなさい」
「ええ、私も一応ヒーロー科だよ?」
「ヒーロー科でも、だよ」

 ぽん、と先生の手が頭に乗る。そうかあ。自分の身を守れるのがヒーローだけど、こういう、敵犯罪の絡まない場所だったり、たとえ敵と対面した時でも、頼れそうな者には頼った方がいい、ってことらしい。たしかに。パロディAVのくだりは省いて、タチの悪いものが嫌がらせで入れられていた、という説明でいくらしい。まあ、クラス内でも詳細を知ってるの、爆豪くんと梅雨ちゃんと瀬呂くんだけだしね。峰田くんには特に念入りに注意するらしく、相澤先生が珍しく意気込んでいた。あの人、言っても聞かないと思うの。

「あ、磨!」
「緩名」
「ただいまあ」
「大丈夫だったか?」
「も〜! 心配したよ〜!」

 寮が見えてくると、三奈や轟くんが出迎えてくれた。そんなわざわざ外で待っててくれる程のものでもないのに。ありがてえ。

「大丈夫大丈夫、ほら、先生たち説明してくれるって」
「全員いるか?」
「はい」

 いつもは自主トレだったりで夕方のこの時間寮を出ている生徒が多いけれど、今日に限っては寮内待機を言い渡されていたのでみんな揃っているらしい。

「磨ちゃん、おかえりなさい」
「梅雨ちゃ〜ん! ありがとねえ」

 先生たちを引き連れて寮に戻ると、共有スペースに勢揃いしている。梅雨ちゃんに抱き着くと、大きな手がポンポンと背中を撫でてくれた。梅雨ちゃんしゅきい……。
 それから、男女に分かれて今回の件の説明を受ける。共有スペースの端と端、女子はソファでお茶をしながら、男子は床だ。格差のおうち? わいせつ物が、と聞いた時点で、梅雨ちゃん以外の顔色が変わり、険しい顔付きになる。ワァ、みんな怒ってる怒ってる。かわいい顔が怒りに染まっていた。

「と、いうわけで、あなたたちにはしばらく緩名さんの身の回りに気を配って欲しいの」
「もちろんですわ! 本当に、なんて卑劣……!」
「嫌がらせとか……許せないね」
「ほんっと許せない! 磨なんもしてないんでしょ!?」
「やあ、ほら、加害者側もいろいろ罰されてるしさ」

 私以外の女子が怒り心頭すぎる。まあねえ、私もこの中のだれかが、ってなった場合そりゃあ怒ると思うから、気持ちはわかる。磨は優しすぎる! と珍しく三奈に褒められてしまった。どうどう。ぎゅうっと抱き着いてきて、私のお腹に顔を埋めるピンクの頭をぽんぽんと撫でた。

「なんでそんな他人事なのさ……」
「んん、だって、爆豪くんがいろいろやってくれたからさ、私実物見てないんだもん」
「ああ、なるほど」

 まあ見たのは見たんだけど、それは置いといて。

「あん時の爆豪くん、凄かったねぇ」
「ケロ、頼もしかったわ」
「ホント! 爆豪もヒーローなんだなって思ったよ」
「ってかさてかさ、バクゴー超必死だったよねえ〜?」

 私のあっけらかんとした態度に、少し怒りも覚めたのか、爆豪くんを褒め称える流れへ。そこから、三奈お得意のガールズトークへの変遷を感じる。あれは爆豪くんのヒーロー精神だと思うけどなあ。

「磨ちゃん、愛されてるねえ」
「ふふっ」

 そんなしみじみと言うことか? ちょっと面白くなっちゃったじゃん。

「ケロ、磨ちゃんが無事でよかったわ」
「うん、ありがとう」

 本当に、私よりも周りが怒ってくれるから、思ったよりもかなり平気だ。周りに恵まれてるなあ、と改めて環境に感謝した。

「あ、そういえばさ、13号先生が─……」

 暗い話題から転換させよう。生贄、13号先生の失言。「丸くなった」発言が色々と物議を醸すなか、今度おもちフルコースを振舞おう! とメニュー談義まで発展するのであった。



「ばーくごうくん」
「……ンだよ」

 女子勢のわいわいきゃっきゃから一転して、男子の空気は重い。どういう説明がなされたのかわからないけれど、相澤先生からの説明だし、峰田くんいるし、特にじっとりと、なんも悪いことしてないのにお説教に近い雰囲気だったのはちょっと申し訳ないなと思った。私が悪いわけじゃないけど。誰も口を開こうとしない中、ひょこっと爆豪くんをお呼び出しする。男子の視線が一斉にこっちを向いて、私を通した誰かへの強い憤りだったり、心配だったり、安堵だったり、とにかく感情を一気に浴びたのでちょっとウッとなった。流石に視線こわいわ。
 こっちこっち、とゆっくり立ち上がって近付いてくれた爆豪くんの腕を引いて、柱の影に入る。

「ありがとう」
「……別に、礼言われるようなことなんざしてねェよ」
「ツンデレだ」
「ア゙?」
「ふふ」

 爆豪くんの優しさだよなあ。壁に凭れた爆豪くんとは、視線こそ合わないけれど。心配してくれているのを知ってるから。

「優しいよね、爆豪くん」
「……チッ」
「なんで舌打ちすんのー」
「るせェ」
「あ! もう!」

 顔を覗き込もうとすると、頭に手が乗って、ぐしゃぐしゃと掻き乱していく。もー、すぐ人の髪ボサボサにしてくる。なんなんこの人。

「もう平気なんか」
「ん? うん。っていうかわりと大丈夫」
「そォかよ」
「ふふふ、そおだよ」
「真似すんな」
「しちゃうもんねー」

 すっ、と手が離れて、自分で乱した髪を整えるように一筋撫でていく。優しい手付きだ。気遣わしげな赤い瞳が向けられて、にこっと微笑んでみれば、大丈夫だと伝わったらしい。よかった。今日の功労者って、絶対爆豪くんだし。

「なんかね、してほしいこととか、ある?」
「あ?」
「今日のお礼にさあ、なんかお願い叶えるよ。なんでもいいよ〜」
「……アホかおまえ」
「デッ」

 ガツン、と額を小突かれた。いったいなもう。なんでやねん。

「……そういうこと言うなやバカ女」
「あ、それがお願いごと?」

 そう言うと、バァカ、と吐き捨てられた。うそうそ、わかってるって。あんま軽率な発言してたら〜みたいなやつでしょ。わかってるわかってる。でも、爆豪くんはそんな成年向けコミックみたいなお願いごとしてこないのも知ってるし、安心と信頼をしてるから言える台詞だ。いくらなんでも私も峰田くんとかに言おうとは思わないし。

「……今度なんか作れや」
「ん、わかった」
「アホバカ緩名」
「アホもバカも余計だ〜!」

 爆豪くんは、意外と私の料理がお気に召してるらしい。甘いものも嫌いではない人だから、今度のお休み、さっそくなんか作ろうと思った。

「さ、じゃあ、あの空気どうしたらいいと思う?」
「知らね」
「ええ、薄情だなあ」
「俺ァ部屋帰る」
「ん、ありがとね」

 おー、と間延びした返事をくれる爆豪くん。やっぱり、今日はちょっとだけ素直だ。さて。お通夜モードの男子チームをどうしようか。チラ、と柱から覗くと、やっぱりどんよりしてる。うーん。

「三奈ァー!」

 ほぼ部屋の端にいる三奈まで届くように、声を張り上げた。ビクッ、と跳ねる男子たちの肩。ビビりすぎ。

「磨ー! なにぃー!?」

 三奈も負けじと声を張り上げて返してくる。さすが我が友、レスポンスが早い。

「バター餅つくろ〜!」

 授業が早めに終わった今日の、本来の目的。おもちパーティだ。もう困ったら甘味に投げちゃえ。お茶菓子のお煎餅を齧っていたお茶子ちゃんだけが、やったあ! と声を上げた。



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