はっぴ〜ちゃいるどせんせ〜しょん(相澤/幼児化/10万打)
肩を滑り落ちそうになるブラウスを、慌てて支えた。目の前には、青い顔をする知らない友達グループらしき雄英生数人と、頭を痛そうに表情を崩す相澤先生が。ハアアア、と深いため息を吐いて私を見た。
「……緩名」
「あい。あ、声かわい」
「中身は」
「そのまま」
「怪我は」
「なあいよ」
「調子は」
「ん、今のところ大丈夫〜」
「あ、の……ヒイッ」
目の前にしゃがんだ先生が、一通り私に確認した後、震える声で恐る恐る声をかけてきた生徒をギロッと睨んで立ち上がった。こらこら、気持ちはわかるけど怖いから。
事情を聞くに、友達同士でふざけていたところで、先生と一緒に通りがかった私にその内一人の個性が直撃した、って感じだ。まあだいたい想像通り。名前、クラス、個性の詳細を確認した先生が、携帯でなにかメッセージを送ってから、先に職員室へ向かって担任へ自首するよう、怒気の籠った声で威圧している。真っ青になっている普通科の子たちがまあ、ちょっと可哀想。いや、個性事故起こしてる時点で同情は出来ないけれど。しゃあなし助けてやるか、今度いろいろ奢らせたろ、と計画を立てて、くい、と先生のズボンを引っ張った。
「せんせ、服重くてしんどい」
「……ああ」
「ん、だっこして」
「……ハア」
ちいさな両手を伸ばすと、軽く屈んだ先生が、ほぼずり落ちている服ごと私を抱き上げた。胴に回された手がしっかりと支えてくれている。わあ、結構高くて怖いな。先生に抱えられたことは何度かあれど、普通に高校生の姿だったから……エリちゃんいつもこんな高いとこにいるんだな。捕縛布まあまあ邪魔なんだけど。白い布をていっと掻き分けて、黒いコスチュームの肩あたりをぎゅっと握り締めた。ぽす、と横向きに頭を預けると、ぽかん、とした顔の原因たちと目が合う。ふふ、間抜け面だ。キーンコーン、と予鈴が鳴った。あらま。次はヒーロー科は授業だけど、普通科はもう下校、なはず。まあ、授業とはいえ幸い担当が相澤先生なので、手間はひとつ省けた。
「なに見てんだ。……さっさと行け」
「ハイィ……!」
先生に再度凄まれて、くるっとUターンして走り出す軍団。廊下は走るな、という声が聞こえていたのかは怪しいところだ。
「半日くらいだって」
「ああ。……ったく、おまえは本当に巻き込まれ体質だな」
「え〜、私のせいじゃないもん」
「そうだな」
ぽん、と頭に乗った手がいつもよりも更に優しく頭を撫でてくる。うう、気持ちいい。安心する。ふわあ、とあくびが漏れてしまって、先生が呆れたように目尻を下げた。
「……エリちゃんのでは大きそうだな」
「ああ、ねえ。個性発現したてくらいかなあ」
「四歳程度か」
「たぶん」
正直見た目で子どもの年齢を判断できるほど詳しくはないけれど、自分のことなのでなんとなく、多分これくらいかなあ、と予測ができる。なんせ子ども時代を二回経験しているからね。どうするか、と教室へ向かって歩きながらも考える先生に、ちょっとズルいけど提案しちゃうことにした。
「雄英に子ども服なんてないもんねえ」
「ああ」
「ちょっと反則だし悪いけど、もう百に見せちゃお」
そう言うと、先生は少しだけバツが悪そうに眉間に皺を寄せた。百の『創造』は、大変便利な個性だ。なんたって、生物以外を構造を理解していれば作り出せる代物なんだもん。それゆえ、百がもし、その気になってしまえば、想像元の脂質がある限りいくらでも価値のある品物を作ってしまえるため、取り扱い厳重注意なのだ。宝石とかね。あまり作りすぎてしまえば雇用とか、流通とか、様々に影響があるから、百自身で使う物やヒーロー活動の一環で必要な物以外は、やっぱり普通に買う方が色々と都合上いい。そのため、百に頼るのは苦肉の策、と言ったところだ。半日程度で戻るらしいので、寝てる間だろうから寝る時は自分のでかいシャツでも着ればいいけど、それ以外は流石に少々支障が出るから。うん、仕方ない。先生が重々しく、そうだな、と頷いた。
「誰その子ー!?!?」
「先生の隠し子!?」
「いや、見覚えが……緩名さん!?」
「ハア!?」
「うぎゃー!!! 磨!?!?」
「かっかっかわいー!!!」
「うるさ」
先生に抱えられたまま教室に入ると、一瞬の沈黙の後、叫び声が響き渡った。思わず耳を手で塞ぐ。うわ、ぷにぷに。すぐに先生のひと睨みで静寂を取り戻した。
「見たら分かるだろうが、個性事故だ」
「じゅぎょ〜ちゅ〜なので、喋ったら死にます」
「急に物騒すぎだろ」
ツッコミに命をかけている瀬呂くんが突っ込んでくれた。先生は私を抱っこしたまま手早く自習の内容を告げ、そして百を呼んだ。
「八百万、ちょっと」
「はい」
「頼めるか」
「! ええ、もちろん!」
頭の回転が早い百は、私の服装と自分だけ呼ばれた意味を察したのだろう。キラキラと輝いた目で、小走りで寄ってくる。かわいい。ぽす、ちょうど同じか、少しだけ目線が下の百の頭に手を乗せてよしよしした。
「かわいいねえ」
「まあっ、ありがとうございます!」
「え、磨中身も小さくなってんの? ……ですか?」
「いや、そのままだ」
「そのままなんかい」
三奈の疑問に、先生が答える。そのままだよ。とはいえ、思考が若干身体の方にひっぱられてはいる。転生した時とおんなじ感じだ。いくら前世や今世高校生まで生きた分の記憶があったり根付いた思考があったとしても、脳みそは子どもの小ささなんだから、さもありなん、って感じだろう。経験の蓄積がなくなるわけではないけれど、脳の働きや思考力は劣る。
「ただ、記憶はあるがどうやら中身は若干幼くなっているようだ」
「だっこ〜」
百に手を伸ばすと、相澤先生が私の身体を百の腕に置いた。
「緩名の場合普段からがきんちょだからあんま変わんねーなー」
「言えてる」
「だれが普段から子どもやねん!」
ノリツッコミをすると、ドッ、と朗らかに場が湧いた。閑話休題。
廊下で着替えるわけにもいかないので、職員室に向かって廊下を歩く。更衣室は使用しているクラスがあるかもしれないし、目指しているのは職員室から繋がる応接室だ。といっても、百に抱っこされているので私は歩いていないけれど。百の身体は柔らかく気持ちいいし、ヒーローらしく筋肉もあるので安定感があるけれど、うーん。うん、少し……違うかもしれない。
「あら、磨さん、どうかされました?」
「なんでもなあい」
ぷくり、と拗ねたように頬を膨らませると、気付いた百がオロオロとしはじめた。かわいい。百の頬を両手で挟むと、もちもちする。百は終始頭の上にハテナを浮かべていて、でもそれがかわいかった。
「あら! あらあら」
「みっないせんせえ〜」
「アラ〜! ちょっと、かわいいじゃない!」
職員室へ入ると、真っ先にミッドナイト先生に見付かった。顔を向けると、直ぐに私だと思い当たったようで喜色満面、すっ飛んできた。流石、女性はこういう観察眼が優れている。
「さっき怒られてた子達はこれだったのね」
「ああ、アイツらちゃんと来ましたか」
「ええ。それはもう怯えていたわよ。アナタなにしたの?」
「何もしてませんよ」
「睨んでおどしてたよ」
受け持ちの私たちは慣れっこだけど、そうじゃない普通科の生徒にあの気迫はなかなか怖いものがあるだろう。自業自得だけど。ぷにぷにと頬をつつかれるのをイヤイヤして払い除けた。ミッナイ先生、触り方が邪気あるんだもん。
「じゃ、さっさと着替えて来い」
「うーいっ」
「……こら、俺は入らん」
「磨さん、相澤先生は男の方ですので……」
「やーだ」
応接室へと促されて、ガシッ、と先生の二の腕あたりの黒い布を掴む。
「やだじゃない」
「やだやだやだ! 自分できがえれないよう」
「八百万がいるだろ」
瞳をうるうるとさせてかわいこぶってみた。子どもに対しても正論ティー。
「こら、緩名、あんまりわがまま言うな」
「ううう〜!」
「ぐずんな。おまえ、中身そのままなんだぞ」
「チッ」
ならば、とぐずってみたけどこれもダメ。思わず舌打ちが漏れる。
「……いつもなら一緒にきてくれるのに」
「おい、誤解を招くだろ」
「どうしてもだめ?」
「ダメ」
「百ぉ、先生がいじわるする……」
「いくつだおまえ」
「まあまあ、磨さん」
百があやす様に抱えた私をユラユラさせる。こらー! 眠くなるだろ!
「磨さんは相澤先生がとてもお好きなのですね!」
「うん」
「あらあら」
「ヒューヒュー」
「うるせェぞ外野」
百のぽやぽやした発言に、うん、と素直に答えるとここぞとばかりに先生が同僚たちに弄られている。ふふふ、ウケる。幼女に好かれる先生かわいくない? かわいい。ちなみに先生の服は握ったままだ。ダメだ、と言うわりに振り払わないあたり、見た目の年齢に助けられているんだろう。こんな姿になっちゃったんだから、甘えれるだけ甘えとかないと損だもんね。困ったように眉を下げていた百が、ハッ、と何かを閃いたようでキリッとした。
「……出てから抱っこしてもらう、というのはどうでしょう」
「……ふむ。よかろう」
「ではそれで!」
鷹揚な王様のように頷く。まあ仕方ない。常識的に考えて先生を引きずりこむの、難しいし。ふむじゃねェ、と先生は口元を歪めたけれど、どうせなんだかんだ言うこと聞いてくれるでしょ。私、知ってるもん。
着替えには若干一悶着があった。百がね、それはもうキラキラしい目でいろんな服を提案してくるものだから……。あんな期待のこもった目で見られてすげなく断れるはずもない。とはいえ、先生を待たせすぎるのもあれなので、程々の所で手を打った。
フリルやレースのたくさんついた、セーラーワンピース。フードには猫の耳が着いている。SNSで4歳 服 かわいい で検索して良さげなのをパクったのた。これは秘密ね。あとはジュニア用のパンツと、その上に履くドロワーズくらい。まあかぼちゃパンツだ。ここらへん、百のお嬢様感が出るよね。それから、小さい靴下。
「なんてかわいらしい……!」
「はい、はい」
頬擦りでもせんばかりの勢いに、私も頷くばかりだ。そのまま百に抱っこされて、応接室を出た。
「お待たせ致しました!」
「キャー! かわいいじゃない〜!」
「目は死んでるけどなァ」
「やっとか……オイ」
百の手をぺしぺしして下ろしてもらい、先生の足にしがみついた。ジッ、と先生を見上げる。離れて欲しそうに見られるけど、負けずに見つめ返す。見つめる。見つめる。見つめる。……。ハア、と息を吐いた先生が、しゃがんで私の両脇に腕を通した。はい私の勝ち〜。
「なんっか既視感あンだよな」
「きしかん〜? エリちゃんじゃなくて?」
頭の後ろで腕を組んだマイク先生に、首を傾げる。
「いや、そういうんじゃなくて……あ、子連れ狼」
ちゃーん、と声を上げると、近くにいたエクトプラズム先生がぶっ、と噴き出した。
「磨〜、こっちおいで〜」
「やーんほんまにかわいい!」
「や」
ホームルーム後。私を抱っこしようと女子が殺到した。けれど、先生の服にしがみつく。えー! と残念そうな声が上がった。いや、別に友達が嫌いとか嫌なわけじゃないんだけど、先生がいいだけだ。先生は離れて欲しそうではある。知らん知らん。
「緩名、俺はどうだ」
「や」
「そうか、いやか……」
「ぐっ」
轟くんの声を断ると、寂しげに眉を下げられる。うわ、ずるい。そんな、子犬のような顔をされたら良心がチクチク傷んでしまう! くそお……! 幼女に対してなんたる卑怯な、と思いながらも、仕方が無いので轟くんの方に手を伸ばした。
「! いいのか、緩名」
「ちょっとだけだよ、まったく」
「ああ、ありがとう」
先生もこれ幸いとばかりに私を轟くんに譲渡する。もっとありがたがって欲しい。おそるおそる抱き上げてくる轟くんの腕は、安定感はあるものの慣れていない感がある。
「すげェ、軽いな」
「普段の私がおもいみたいじゃん!」
「いや、いつもの緩名も軽ィよ」
「そうでしょう」
「ドヤ顔の幼女すげー」
「かわいいいいい」
お茶子ちゃんが私のかわいさに狂っている。カメコまで大量発生だ。かわいいからね、仕方ない。攫いたくなるほどの美少女力なのは自覚している。
「丁度いい、子どもの抱え方の練習してろ」
「そんな人を教材みたいに!」
「合理的だろ」
「たかし」
確かに、実際の子どもサイズで、中身は高校生な私は教材にピッタリだろう。子どもの抱え方の練習はなかなか難しいからね。ロボット相手はあるけれど、ロボットと実際の人間相手だとどうしても意識が変わってしまう。先生がそう言うので、居残り授業が開始だ。全員(峰田くん以外)が私を抱っこして、大人相手との違いや気の付け方を軽くまとめて来い、だそうだ。私は免除だけれど、戻った時に子どもの目線での危険をレポートに課された。追加課題とは、なんたる災難。
「クソッ! オイラも普段のムチムチボイン緩名を抱きてェよ……!」
「むちむちじゃないわい!」
「そこなんだ」
「峰田くんサイテー」
「終わったら帰っていいぞ」
「「はい!」」
19人に抱っこされるの、疲れた。
「つーかーれーたー!!!」
「お疲れ」
「心がこもってなーい!」
「抱えてやってんだろ」
「あ、これご褒美的なあれなんだ」
飯田くんに肩車されて、百と一緒に全員分のレポートを提出しに来た。帰っていいぞ、と言われたけれど、疲れたので先生にしがみついてコアラになっている。今は片膝の上だ。生徒相手への身体接触にしてはアウトだけど、そもそもが普段から対人距離バグの私だし、今は幼女だし、ヒーローは元々救助や訓練などで対人距離が近い人が多いので現状セーフなのだ。ギリギリ。
先生は私を膝に乗せたままパソコンに向き合っているし、私は先生の方を向いたまま、少し手に余るスマホを弄る。他にすることないし。晩ご飯はエリちゃんと一緒に教員寮の予定だ。子供用のカトラリーが揃っているためである。あと、みんなが構いすぎるから私が落ち着けない、っていうのもある。仕方ないね。
「あ」
「いら……む」
イチゴのチョコを手に出す。クラスメイトや、職員室にやってくる他科の生徒、先生たちが私の姿を見てきゃわゆ〜い! となりいろいろくれるのだ。僥倖僥倖。先生の口にぽいっと放り込むと、微妙な顔をするけれどありがとね、と言うあたりかわいい。
しばらくキーボードを打つ音を聞きながらほぼ子持ちししゃものように先生にくっついていたら、気付けば日もいい感じに傾いていた。安心する体温と匂いに、うとうと目を瞑りかけたところで、ギ、と椅子の軋む音。
「帰るか」
「……ん」
「こら、目を擦るな」
「あぁい」
目を擦る手を軽く取られて、おしりの下に回った腕に持ち上げられる。やっぱり安定感が段ちだ。現役ヒーローの経験の差だろうか。
「すっかり親子だなァ」
「うるせェ」
「マイクせんせばいばい。またあとでね」
「おー、気を付けて帰れよ」
マイク先生や、周りを見ると結構な先生たちがまだまだ残っている。教師に定時はないと言うけれど、更にヒーローも兼業している雄英の先生たちは本当に凄い。多分、私がこんなだから、先生も早めの帰宅をキメてくれているんだろう。やっぱり優しい。首元に擦り寄って、捕縛布の中へ頭を突っ込む。んしょ、と捕縛布をくぐって顔を出すと、普段は隠されている素肌が近かった。白。
「ほばくふってさあ、硬いよねえ」
「素材が素材だからな」
「もっと、冬仕様だともふもふにしない?」
「機能性に欠けるだろ」
「え〜? 気持ちいいじゃん、もふもふ」
「敵を快適にしてどうすんだ」
「ふふふ、それはそう」
もふもふの捕縛布、私と校長先生しか喜ばないやつだ。笑いながら布の先を指で遊ばせると、気を付けろよ、と注意された。はい。
「なんかさあ」
「ん」
「抱っこって、いいよねえ」
「……」
今世では、あんまり抱っこされる機会がなかったから。ヒーロー科入ってからは、怪我したり拐われたり、いろいろと抱えられる機会が増えたけれど、今世の私はちょっと寂しい子ども時代を過ごしているのだ。大人の記憶を持って生まれたこともあってそれに不満はないけれど、子どもの身体と脳は寂しさを感じていたんだろう。少しだけ強くしがみつくと、背中をポン、と一撫でされた。くぅ、とすぐ傍にある喉が、低く鳴った。
「先生、お父さんみたい。あ、世間一般の方の」
「……まァ、今のおまえくらいなら居てもおかしくない年齢ではあるが……」
「ね、いい人いないの?」
「どこの親戚のおばさんだ、おまえは」
「ふふ」
女っ気のひとつもないから、先生のそういう姿があんまり想像出来ないけれど、子どもに対する姿勢を見てるとなんとなくお父さんに向いてそうな気がする。少なくとも、今世のうちの父よりはいい。
「まあ、先生にとったら私たちが子どもみたいなもんだしね!」
「なら、もう少し従順になって欲しいもんだな」
「え〜? 子どもはワガママなもんでしょ」
「最たるがおまえだろ」
「こんな思慮深いレディになんてことを」
「はいはい」
「はいは一回〜!」
「はい」
感情のこもってない声で言われた通り頷く先生に、ふんす、と満足気に鼻を鳴らして、撫でようと手を伸ばした。頭までは微妙な距離なので、近くにある頬を撫でる。チクリ。……え、痛。
「せんせ〜。子ども目線のね、レポートそのいち」
「ん、なんだ」
「子どもの肌には、髭が結構狂気」
真っ白な手の一部が、髭に擦れて赤くなっていた。そっか、子どもって肌が柔らかいから。
「……気を付ける」
そう言った先生の髭は、三十分後、綺麗に剃られていた。
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