クレープ賛歌、或いは愛のホリデー(10万打)



「さて、エリ隊員」
「たいいん?」
「そう、隊員。エリちゃんは今からクレープ作り隊の、一番隊隊員に命名する!」
「! はい!」

 少し屈んで、エリちゃんと見つめ合ってそう言うと、エリちゃんは真剣そうにコク、と頷いた。長い髪の毛は二つのお団子にまとめてある。休日のキッチン、イン教員寮。エプロンを付けた私たちの姿を、寛いだり仕事したりする先生たちが見守ったりチラ見したりだ。お手伝いの総監督兼保護者の相澤先生と、パソコンで事務作業をしつつ歌いながら私たちを見守るお手伝い助手のマイク先生もいる。お手伝いの助手ってもう末端の末端だな。

「まずは手を洗いましょう」
「あらいましょう」

 私に続いて、台に乗ったエリちゃんが手を洗う。材料は予め揃えてあるし、ある程度の予習もした。よし。今日の目標はりんごクレープだけど、他のフルーツも色々と取り揃えてある。根津校長が。高そうなやつだから、調理せずにそのままいきたい気持ちも正直あったが、それはそれこれはこれ。
 冷やす必要があるので、まずは生地作りだ。

「はい、これを、ふるふる〜ってして」
「ふるふる?」
「うん。ふりふりして下に落とすの」
「はい」

 ちょっとずつ薄力粉をふるいにかけながらボールに入れていく。それから、溶いた卵に、砂糖、塩と、牛乳をちょっと。

「混ぜ混ぜできる?」
「頑張る」
「よし、頑張ろう」

 初めに少し泡立て器の見本を見せて、弱にした泡立て器をエリちゃんに渡した。といっても、エリちゃんの握る上から先生が支えてくれてるけど。ボールの支えはマイク先生だ。視線をひとつ送るだけでサッ、とやってくるの、プロの黒子並だよね。プロのヒーローだぞ!

「はい、足してくから混ぜて〜ダマダマにならないようにね」
「おおおお」
「ふふふ」

 牛乳を注ぎ足していくと、初めての泡立て器の感覚が面白いのか、振動に合わせてエリちゃんから小さく声が盛れている。かわいすぎる。

「んじゃ、バター入れるから、ちょっと貸して〜」
「うん」

 エリちゃんと先生から受け取ったボールに、溶かしバターを入れて、軽く混ぜる。……うん、こんなもんかな。クレープとかそんなに作らないからよく分からんけど、まあこんなもんでしょ。悪いもん入ってないし不味くはならんならん。

「じゃ、少しこの子寝かせようね」
「ねっ、寝かせる……!?」
「そ、クレープの生地もね、お昼寝が大好きなの」

 新たな概念にエリちゃんの口が驚きでダイヤ型になっていた。たしかに、寝かせる、って日本語特有だよね。

「Sleepじゃないよね?」
「Ah、letかleaveだなァ。単純にin the refrigeratorでもいいぜ」
「なるほど」

 マイク先生のちょこっと英語コーナーだ。みんな、覚えたかな? 誰と喋ってんだろ。

「じゃ、次はリンゴのコンポートを作ります」
「はい。……?」

 コンポートってなに? という目をしてエリちゃんが先生を見上げて、コテン、と首を傾げた。先生の目が私を見る。あ、困ってる困ってる。

「あー……なんか、煮たやつだ」
「リンゴを……煮る?」
「ふふふふ」

 ちっちゃい頃って、果物に火を通す発想なかった気がするなあ。焼きリンゴとか結構美味しいよね。あと焼いたバナナにシナモンかチョコかけてバニラアイス添えるやつ。あ、バナナも後で焼こ。

「リンゴを切ります」
「はい!」
「切る係は先生に任せて、エリちゃんはお鍋にお水を入れましょう」
「はい!」
「俺か」

 流石にエリちゃんに包丁持たせるのは危ないので。……ガチの子どもって何歳から包丁扱っていいんだろ? 目安がわからん。

「八等分くらいに切れる?」
「……そんな綺麗にはできんぞ」
「いーよ、適当で」

 手を洗った先生が、いそいそとリンゴに向かい合った。包丁似合わないよね、先生。同じことを思ったのか、マイク先生が笑いを堪えながら先生にカメラを向けていた。
 エリちゃんにお鍋を渡して、中に水を入れる。それから砂糖も入れて、コンロにセットした。

「ここピってしてー」
「ぴ」
「で、ここもピピピ」
「ぴぴぴ」

 ボタンを押すのも調理の内だ。それを見ながらレモンを輪切りにして、はちみつと一緒にお鍋へ。エリちゃんにヘラを渡して、軽くかき混ぜてもらった。

「切れた」
「はい、ありがとう」

 皮も綺麗に剥かれたリンゴを先生が渡してくれる。先生のこういうの、ちょっと幼く見えて、普段とのギャップもあってかわいい。鍋の中にリンゴもいれて、あとは水分がなんかいい感じに飛ぶまで放置だ。エリちゃんは中の様子をずっと見守っている。

「すっごく甘いにおいがする」
「ね、美味しそうだよね」
「うん」

 小さな鼻がくんくんと動いて、甘い匂いを辿っている。鍋底が焦げないようたまに軽く揺すって、いい感じになったら火を弱めた。

「これ切るかぁ」
「手伝うぜェ」
「あ、ありがと〜」
「んーにゃ、見てたらやりたくなってきた」
「ああ、あるある」

 リンゴ以外にも用意した果物を切っていく。ホイップはもうお手軽に缶のやつだ。意外と美味しい。定番のいちごにバナナ、それから白桃缶。ぶどうにオレンジと、絶対この中で一番高いマンゴー。ちょっと固めだから切りやすいけどそのまま食べたい。……食うか。

「エリちゃんあー」
「? あー。……! おいしい!」
「あ、ほんとにめちゃウマ」

 一口サイズに切ったそれを、言われた通りに口を開けたエリちゃんの口に放り込む。それから私もひとつ。高いマンゴーうっま。最高。ハマりそう。凍らせてシャーベットっぽくしても絶対美味しいかもしれない。

「はい、先生たちも」
「お、サンキュー」
「ン」

 デザートフォークに差した果肉を差し出すと、大きな口がかぶりついた。人に物を食べさせるときってなんとなく幸福感あるよね。

「今のうちに焼いちゃうか〜」

 細めに切ったリンゴを、バターを溶かしたフライパンへ。火が通ったら砂糖をドバッと。いい感じに色がついたらひっくり返して、さらに砂糖をドバッと投入だ。砂糖の量にか、カウンターに肘を付いたマイク先生がうへェ、と声を上げた。



「よし、そろそろいいかな」
「あまいにおい……」
「んっふふふ」

 つまみ食いをちょこちょこしていたら、蒸し焼きにしていた焼きリンゴとコンポートが無事完成した。あとはクレープの生地を焼いて、盛り付けするだけだ。しょうみ焼くのが一番難しいまであるけど。
 寝かせていた生地を出して、フライパンの調子を整える。よっしゃ。

「焼いてくかあ〜」
「お姉ちゃん、がんばれ……!」
「は〜い、頑張ります」

 先生に抱き上げられたエリちゃんにエールを送られたので、期待には答えねば。お玉ですくった生地を、フライパンに流し入れて手早くぐるっと満遍なく広げる。……ん、量多かったかも。

「ちょっと分厚くなりそう」
「大丈夫大丈夫」
「食えば一緒だ」
「ふふふ」

 大人たちの雑な励ましに、エリちゃんまでコクコクと必死に頷くので少し面白い。そうね、食べちゃえば一緒だもんね。お箸で端っこを捲って、ペロンと裏返した。あ、端っこだけちょっと焦げてる。

「わあ」

 中腹の方が重みでちぎれかけたけれど、なんとか耐えた。優秀、やるじゃん。越前リョーマ出てきた? きつね色のクレープに、エリちゃんが感嘆の声を上げる。和む〜。

「まあ、まあまあまあこんなもんっしょ」
「オー、上手ェじゃん」
「正直ね、一枚目はほら、まだ馴染んでないからここからが本番って感じ」

 ちょっとだけ焦げたのも、ちょっとだけちぎれかけたのも、ほんのほんのほんのちょっと分厚くなったのもご愛嬌だ。IHだから難しいんよね。
 まだ熱い生地はお皿に休ませて、あと数枚焼いていく。とりあえず人数分に焼こ。

「ほら、見て。かんっぺき。美しい。ボーテ! 100点!」
「とれびあん?」
「トレビアンだねえ」
「どこで覚えたんだそれ」

 二枚目、三枚目と枚数を重ねる毎にめちゃくちゃ上手くなっていく。自分の才能が怖い。将来はクレープリエにもなれそうだ。天才なので。エリちゃんは私のある意味英才教育のおかげか、仏語までこなせるようになっている。天才。ボーテ! 100点! それしか言えん。
 ぺらり、と四枚目のクレープをお皿に乗せる。ふむ。全体的に、クレープ屋さんのクレープよりはちょっと分厚いけれど、家(寮)でのクレープならむしろこれくらいの方が趣あっていいでしょ。

「ほい、じゃラッピングしていこ〜」
「はい!」
「トッピングな」
「……? 私今なんっつった?」
「「ラッピング」」
「あへへ」

 キュートなマイマウスが勝手に口走っていたみたいだ。キュートだから仕方ない。一文字違いだからほぼ一緒。
 先生たちにもクレープの乗ったお皿を持たせると、ふむ、みたいな顔をした。多分傍観者のつもりだったんだろう。見守りんちゅ。でも生地いっぱいあるし、私とエリちゃんだけでは大量のトッピング類の山の一角も削れそうにない。まあ、お昼代わりにたまにはいいよね。

「こっちにしろ」
「ん?」
「上手く出来てんだろ」
「ん、まあ、でも食べたら一緒だよ」

 なんとなく最初に焼いた、ちょっと焦げた物を自分の分に取っていたら、先生が持っていた綺麗に焼けたクレープと取り替えっこしてきた。たしかに見た目はちょっと中の下くらいだけど、トッピング乗せちゃえばそんなに気にならないのに。と主張すれば、少しだけ目の縁が綻んだ先生に、ぽん、と頭の上に手を置かれた。……ぐう、甘やかされてる。むず痒い。
 むずむずしたところで、気を取り直してエリちゃんに向き合った。

「どれ乗せたい?」
「……」
「ん?」

 エリちゃんの隣に座ると、エリちゃんは一度クレープやトッピング類を見て固まった。それから、へにょんと眉を下げた困った顔で私を見上げる。

「あの……」
「うん、どしたの」
「あのね……」

 上目遣いで私を見つめたままもじもじと指先が擦り合わせられた。言い出しにくいことなのかな、と背中を優しく叩けば、少しだけ私に身を寄せて、小さく「どれがいいのか分からない……」と落ち込んだ様子を見せた。……なるほど。配慮が足りなかったかもなあ。
 今でこそ、笑顔を見せてくれる様にはなったけれど、少し前までのエリちゃんはずっと囚われて、自分の感情や意思の関係なく利用と搾取を繰り返されていた。雄英で保護されて、数ヶ月経つけれど、それでもほんの数ヶ月だ。劇的な出来事が起きた瞬間から性格が変わる! なんてわけはなく、小さな少女が前を向くには、結局時間に頼るしかないんだろう。私たち大人は、エリちゃんの傷を癒す手助けを、少しづつでもしていけるように手を尽くすことしか出来ない。自分を大人に含めていいのか、微妙なところではあるけど。

「ごめんなさい」
「んふふ、だーいじょうぶ」

 ぽそ、と謝ったエリちゃんの頭をぐりぐりと撫でる。勢いで頭が揺れると、あうあう、と声を上げた。

「じゃあ、私がクレープ屋さんしていい?」
「……うん」
「ふふふ、じゃ、約束通り、リンゴのクレープにしようね」
「うん……!」

 クレープ生地に、ホイップを少々。その上に出来たてのコンポートと、焼きリンゴを乗せる。

「エリちゃんシナモン食べれるかな」
「?」

 シナモン、多分そんなに食べさせたことがない気がする。一口サイズのちょろっとホイップにシナモンシュガーを乗せて、エリちゃんの口元へ運んだ。こくり、飲み込んでから、目を輝かせてウンウンと頷く。ふふ、かわいい。大丈夫みたいなので、トントンとシナモンシュガーを振りかけた。

「ん〜、これくらいかな?」
「うん」
「よし、じゃあお布団で包みます」
「おふとん……?」

 よくあるお店の、くるくる巻かれているクレープとは違って、四隅をパタン、と折っていくタイプの、お家クレープ、基オシャレカフェクレープにしてみた。その上から、キャラメルソースを真ん中から半分にかける。めっちゃ美味しそうに出来た。うわ、天才的。

「はい、出来た!」
「わあ」

 ぱちぱち、とエリちゃんが手を打つ。ついでに先生たちも手を打つ。ありがとう、盛り上げありがとう。窺うように見上げてくるエリちゃんに、コクコクと頷いて許可をだす。

「いただきます」

 キチンとセットした子ども用カトラリーを駆使して、エリちゃんがクレープを切り分ける。切りにくいのか眉間に皺を寄せていたが、なんとか一口サイズに切り分けられたようだ。パクリ、とひとくち。緊張の一瞬だ。ほわ、とエリちゃんの頬に赤が差す。

「おいしい!」
「あは、よかった〜」
「りんごの……? リンゴの味がね、するの」
「リンゴだもの」
「あのね、でも、ちがうの! 普通のリンゴよりもっと甘くって、……?」
「おいしい?」
「おいしい」

 おいしいならよかった。焼くと甘みが増すからね。さて、エリちゃんも実食したし、と見守っていた私たちもそれぞれトッピングを開始だ。

「絶対にチョコバナナ……いやぶどうクリームチーズ……いやイチゴ生クリーム……」
「絶対ってなんだよ」
「優柔不断だなァ」

 迷ってしまう。マジで。マイク先生は好きに乗せていっているけど、先生は一度トッピング具材に目を巡らせてから、スン、と元々ない表情を無くした。あ、迷ってる迷ってる。

「迷うから先生の作っていい?」
「頼む」
「HAHA、世話されてやんの」

 クリームチーズにヨーグルトソース、その上に二色のブドウを交互に並べる。間にブルーベリージャムを挟んで、パタンと閉じれば出来上がりだ。はい、と渡すとありがとう、と頷かれた。なんかね。

「先生ってブドウっぽいよね」
「……分からん」

 色合いかなあ。黒とか紫とか、そんな感じする。

「うわ、マイク先生のチカチカする」
「目が騒がしい」
「力作だぜ?」

 用意された果物が綺麗に整列されて、チョコ、キャラメル、ヨーグルトソースやジャムが散らされている。めちゃくちゃ綺麗なんだけど、なんかこう、派手だ。

「……よし、定番で行こ」
「迷ったなァ」

 結局ホイップにイチゴとバナナ、チョコソースを乗せた。もうね、迷った時は定番が一番ってばっちゃもラップしてた。大嘘。



 それから、数枚焼いて、そんなにいっぱい食べれる方ではないからエリちゃんと半々にして、数種類の味を楽しんで。途中顔を挟みにきたミッナイ先生とかブラド先生とか、根津校長とか、いろいろと入れ替わり立ち替わりしていったけれど、エリちゃんが楽しそうだったので全てヨシだ。
 ヨシ、なんだけど、クレープ生地が余った。しかもめちゃくちゃ。材料あるからって作りすぎ。日持ちしないので、全部焼いてしまってはいるけれど、さてどうしようか。

「ん〜、ミルクレープ作るかあ」
「ミル、クレープ……?」
「クレープをね、クリームとか具材と順番こにした、ケーキみたいなやつ」
「そんなものが」
「んっふふ」

 エリちゃんの口が三角になって、衝撃……! みたいな顔をするから、かわいくて思わず噴き出してしまった。そんなものが、あるんです。
 アホみたいにクレープ焼くのとカスタード作るのがめんどくさかったけれど、まあ、まあまあまあ許してやろうじゃないか。

「というわけで呼び出されたんだよね!」
「あの、お邪魔します……!」
「はい、助っ人の登場〜」
「ルミリオンさんとデクさん!」

 自分で作るのはめんどくさいけど、人に任せたらめんどくさくないっていうね。エリちゃんも二人に会えるしいいよね。私はソファでだらけさせてもらう。

「さて、エリ隊員」
「! はい!」
「二人のお料理得意度を聞き出すミッションです。よろしくお願いします」
「はい!」

 エリちゃんにミッションを与えると、エリちゃんは二人に、お料理得意ですか、と聞きに行った。

「おまえ、子どもの扱い上手いな」
「真面目に感心されるとちょっと照れんだけど」

 自室へ戻っていた先生が、のっそりと現れて珍しくお褒めの言葉をいただく。別にそんなこともないんだけどね。

「全然だめ、と、お手伝いなら、でした」
「ウワァ、あはは、了解です。ミッションクリア〜」
「うふふ」

 知ってた。二人とも別に料理しなさそうだし。まあ、難しい工程があるわけでもないし、大丈夫でしょ。雄英入れるくらいの頭の良さはあるんだから、だいたいやれば何でもできる、はず。

「じゃ、指示出すのでよろしく〜」
「オッシャ! 任されたんだよね!」

 二人に指示を出して、カスタードを作ってもらう。が、初手でつまずいた。卵黄と卵白分けて〜が難関だったらしい。

「卵割れる?」
「うん、流石にそれくらいはなんとか」
「ん、じゃ見てて」

 パカ、と割って、卵黄と卵白に分ける。おおー、と関心の声が四つ重なるから、よせやい、と照れてみた。……ん? 四つ?

「あら、オールマイトまで」
「やあ、なんだか楽しそうなことをしていると聞いてね」
「へっへ、今は緑谷くんと通形パイセンパシってるっす」
「パシ……アハハ」

 朗らかに笑われた。あははじゃねえ。まあいいや、人手増えたし。

「だいたいここに書いてるから、わからんかったら聞いて〜」
「緩名さんお手本のように投げやりだよね!」
「まあ……大男に優しくする趣味ないんで……」
「おっと、イレイザーには優しいのに?」
「ウワ」

 レシピサイトを開いたら、ニヤッとした目で通形先輩に見られた。先生に優しいっていうか、先生はなんか、ほら、ちゃんとしてるのに世話を焼きたくなる感じがあるんだもん。ね。チラッとエリちゃんと戯れてる先生を見たら、不思議そうに少しだけ首を傾げられた。ほら、ああいうとこ。懐かない猫……懐かない不審者? みたいな風貌してるのに、ああいう感じ出すとこ。かわいい。

「カスタードって……粉入ってるんだ……」
「たしかに……」
「あっは」

 ごめんおもろい。レシピで手順を確認する二人があまりにもしみじみと言うので、笑ってしまった。薄力粉のことを言ってるんだと思うけれど、砂糖だって粉と言えば粉だ。まあびっくりはするのかもしれない。知らないけど。

「はあ〜、んじゃ、メレンゲクッキーでも作るかあ」
「緩名少女は料理上手さんだね!」
「へへ、お嫁さんにしたくなったあ?」
「エッ!」

 料理上手、ってほどではないが今世では嫌な言い方をすると放置されていたし時間を持て余していたガキンチョだったので、自然と料理することが増えたからだ。お金はあったし。にいっ、と自分でも意地の悪い顔をしているとわかる顔で笑うと、オールマイトが小さく飛び上がった。

「オールマイトのお嫁さんにしてくれたら最高なんだけど」
「緩名少女!?」
「なっなっなっ、緩名さん!? なにを……!」
「ワオ! 緩名さんすげェや」

 一歩踏み出して、オールマイトのお腹あたりを服の上から撫でると、緑谷くんとオールマイトの動揺した声が聞こえた。まあ、オールマイトのお嫁さんにしてほしいのは間違いではないから。金目当ての女か? 全国のオールマイトフォロワーにボコられそう。
 自分の半分どころか、三分の一も生きていない小娘相手に慌てふためくオールマイトの反応がかわいくて眺めていると、緩名、と諌めるように名前を呼ばれた。はーい。

「おまえね、オールマイトで遊ぶな」
「だってさあ? オールマイトと緑谷くん、からかった時の反応一緒で面白いんだもん」
「エリちゃんの教育に悪い」
「えっへへ、そこまでぇ?」

 そんなことはない、と思いたい。



「緑谷くん……」
「はい、本当にすみません……」

 メレンゲクッキーはオーブンに放り込んで、カスタードも出来て、クレープ生地にカスタードや具材を重ねて、完成間近に起きた悲劇。

「ふっふふふふ、ショートケーキじゃん」
「はい、誠にすみません……」

 平謝りする緑谷くん。そう、緑谷くんは、生地を重ねきった上からルーティーンになってしまったようでクリームを塗ってしまったのだ。ミルクレープというものは、一番上はクレープ地で終わっているものが基本である。塗り終わってから、あ! と声を上げた緑谷くんに、私たちもあ、と気付いた。轟くんと飯田くんで隠れてはいるけれど、緑谷くんもわりとド天然なところあるよね。と言えば、物凄く恥ずかしそうにしていた。かわいい。

「まあまあ、後輩よ、元気出せやい!」
「は〜、笑った笑った」
「うう、お恥ずかしい……」
「まあほら、緑谷少年、きっと誰しもが間違いを重ねて強くなるんだぜ」
「オールマイト……」
「いいはなし風に締めんといてもらえます〜?」

 師弟愛が炸裂している。蜜月だ。

「エリちゃん、おいでおいで」
「?」
「緑谷くんがね、ミルクレープをショートケーキにしたから、リカバリーしようと思って」
「りか……バリー」
「あー、回復? 的な」

 リカバリー、幼女に伝えるにはちょっぴり難しい単語だ。まあ、あれだ。緑谷少年のやり直し。

「上に果物敷き詰めちゃえば一緒だからさ、果物を乗せる係に任命します」
「はい!」

 ミルクレープ作りは、私とエリちゃんがちょこちょこ手出しはしたけれど、基本的には緑谷くんと先輩に任せていた。生地焼けてるからすること単純だけど。なので、仕上げくらいはね。中に仕込むのよりも大きめに切ったフルーツを用意して、エリちゃんと共に点々と置いていく。素人作のケーキだし、ミルクレープは具材が多くてもいいやつだから、いろんな果物使うことにした。
 最後にちょこん、とエリちゃんが真ん中にイチゴを乗せる。うん。

「完成〜」
「わ、僕、ケーキって初めて作ったかも」
「俺もさ!」
「デクさんも、ルミリオンさんも一緒?」
「うん、エリちゃんと一緒なんだよね! おそろいだ!」

 おそろい、という単語に、エリちゃんがかわいく笑った。おもわずギュウ、と通形先輩と一緒になってエリちゃんを抱き締める。かわいい。
 それはともかく、作ったとなれば、実食だ。ミルクレープって作るとまあまあ大きくなっちゃうよね。パシャ、と数枚写真に収めておく。

「エリちゃん食べれる?」
「ちょっとだけ、食べたい」

 さっき食べたからどうかな、と思ったけれど、食べたいと言ってくれたので少し小さめに切り分ける。食が細かったから、いっぱい食べてくれるのはいいことだ。

「オールマイトは?」
「おや、私もいいのかい」
「もちろん。愛弟子のハジメテ頂いちゃって……イデッ」
「言い方」

 先生から愛のチョップが落ちてきた。オールマイト達は苦笑いだ。間違ってはないじゃんね。

「先輩どれくらいがいい?」
「そりゃあもうたくさんで!」
「おっけ、まかせ〜」

 通形先輩は背も高いし、いっぱい食べてくれそうだしイイ。大きめに切り分ける。

「ん、緑谷くんおまたせ」
「いやいやいや、むしろやってもらってありがとう……!」
「ふふ、どいたま」

 どれくらい食べれるか聞くと、結構食べれそうだった。成長期〜。次に自分の分だが、正直お腹は空いていないのでちょこっと切り分ける。エリちゃんと同じくらい。ま、別腹ってやつよ。

「俺もか」
「食べれるでしょ?」
「……ご相伴にあずかるよ」

 先生を手招きすると、わりと従順だった。飲んでるのブラックコーヒーだし、ちょうどいいんじゃなかろうか。これだけ切り分けても、まだ余りのあるのはクラスの寮に持って帰ろう。シナモンシュガーは砂藤くんから快く許可を貰ってパチってるし、砂藤くんには確実だな。

「こっち見て〜」
「?」
「おっ、ピース」

 スマホを構えて声をかけると、ミルクレープを食べたまま皆がこっちを見る。先輩だけが意図に気付いてピースをしていた。……ふふふ、大きい人達と小さい女の子がミルクレープ(ショートケーキ仕立て)食べてるの、かわいい光景だな。その写真と一緒にミルクレープたべるひと、とグループに流すと、立候補が多すぎたのでひとりあたりの食べる量は紐状になるかもしれない。まあ、そろそろ焼き上がりそうでいい匂いを漂わせているマカロンクッキーもあるので、足りるっちゃ足りるでしょ。
 口に含んだ甘みと共に、休日は幸福に溶けていった。



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