喜劇に縋れよ失楽園(敵if死柄木/10万打)
※ふわっと主人公敵ifです
※後半とても下ネタがあります
※TPOをわりと考えていません
たとえば、私と両親が普通の親子関係を築けていたら。たとえば、誰か、ヒーローが助けに来てくれていたら。たとえば、お父さんが、お母さんの後を追わなければ。そして、たとえば。……私が、転生者ではなく、まっさらなただの子どもだったら。緩名磨も、そこらへんにいる普通の女の子として、平凡な青春を送っていたのだろうか。
な〜んてクソみたいな妄想は死ぬほどどうでもいいんだけど。雄英インターン生大活躍! とかわいらしい女子高生二人が写っているネット記事を、履歴ごとかき消した。あ、ソシャゲイベント走らないと。
「ね〜弔くん、重い」
「……」
返事はない。ただのしかばねのようだ。とは上手く言ったもので、死人のような肌色をしているし、不気味な手でほぼ顔全体を覆っているから、眠っている弔くんはまじでしかばねっぽい。うける。膝の上から早く退いて欲しい。
「仁くんクッション取って〜」
「いいぜ! ヤダね」
「アリーヴェデルチ〜」
「そりゃサヨナラだな」
ミスターから修正が入るが無視した。さよナランチャ〜。仁くんが取ってくれた私のかわいいふかふかマカロンクッション定価2980円、盗品なので元手タダは、めちゃくちゃ優秀だ。抱き枕としても優秀だし、抱き枕にも使える。天才。それをぼふっと膝……に乗ってる弔くんの顔の上に置いて、音ゲーするための肘置きにしようとしたら、下からオ゙イ゙……、とどす黒い声が聞こえてきた。
「殺すぞ」
「せめてなにすんだくらい聞いてよ」
「殺すぞ」
「無視かい。も〜、わがままちんめ」
「殺すぞ」
今日の弔くんはなかなか殺意が高い。眠りを妨げられてご機嫌ナナメかしら。仕方ないので塵にされない内にクッションを退かすと、一瞬眩しそうに目を細めて、それから4本の指が私の首へ回った。殺意の波動〜。ま、弔くんは私にゲロ甘ほの字なので本気で殺されたりはしないんだけど。でも待って、言い訳はさせて。
「音ゲーするのに邪魔だったんだもん」
「……親指でやれよ」
「人差し指派なんだなぁ〜」
「だからって人の顔面にクッション置くやつがいるか」
「ええ、ここに」
「殺すぞ」
「殺意強〜」
殺すぞボロンbotな弔くんにトガちゃんがきゃいきゃいと笑っていた。なんでだよ。かわいいけど。
「なんのゲームなんですか?」
「カァイイ女の子が歌って踊るゲームだよ〜」
「面白いですか、それ」
「まあ……課金すれば脳内麻薬がドバドバかな……」
「別の楽しみ方だろそれ」
後ろからソファの背もたれ越しに首に抱き着いてきたトガちゃんの頭を撫でた。頬を爪の先でグリグリされている。痛いって。
「ニキビ出来ちゃうでしょ〜」
「ニキビはかわいくないです……」
「そ、だからやめようね」
「! 首ならちうちうしてもいいですか?」
「ダメに決まってンだろ」
「あら、起きるの?」
「え〜、弔くんのイケズ」
のっそりと私の膝から起き上がった弔くんが、トガちゃんを一睨みした。睨まないの。
「人のモンに手ェ出すな」
「いつから私は弔くんの物になったのか」
「お熱いねえ」
「ちょっとチクってするだけなのに」
「人権〜」
弔くんの腕がトガちゃんを押しのけるように首に回されて、そのまま引き寄せられる。ぐえ〜、と倒れ込めば、骨の浮いた胸板に頭をぶつけた。ごちんこ。
いつの頃からか、わからない。アノ人に連れてこられて、弔くんと過ごすようになってから、気付いたら私は弔くんのものだったらしい。ま、アノ人は最初から私を弔くんの傍に置こうとしていたようだけど。掌の上でころころされているのは気に食わないが、とはいえ現状に特別不満もないので、享受していた。
「今日晩ご飯なにたべたい?」
「あー……肉じゃが」
「オッケー、オムライスね」
「決まってるなら聞くなよ、殺すぞ」
「真っ赤なケチャップいっぱいかけます!」
「オジサンは卵固めでよろしく」
「俺も! 半熟以外カスだ……」
注文が多い人達だ。
「ん、まだ眠いの?」
「……別に」
アジトの内装はほとんど廃墟そのままだが、私専用のスペースは比較的綺麗に飾っている。前は家から通ってたんだけど、最近はこっちにいることがほとんどだしね。せっかくいい高校に入ったけれど、全寮制になっちゃったから結局ほぼ不登校の休学状態だ。まあ、全寮制になった原因は、後ろから私に抱き着いて、肩口に顔を埋めている男なのだけど。
セミダブルのベッドの上で、ウマを必死に育成していた私を抱き枕に、ぼーっとジャンプを読んでいた弔くん。ぐりぐりと艶のない髪を擦り付けられるけれど、まだ眠いんだろうか。さっき私が睡眠の邪魔したからな。
「磨」
「なーに」
「……こっち見ろ」
「ん〜?」
顔だけを振り向くと、思ったよりも至近距離に顔があって、ちょっとびっくりした。オトウサンで覆われていない、そのままの弔くん。顔を寄せてくるのは、多分、甘えたいんだろう。弔くんは、たまに……いや、頻繁にこうして、甘えてくる時がある。まあ、刷り込みのような物でもあるが、世間に知られる「敵」にも、安らげる場所があった方がいいんだろう。なんともアノ人の考えそうなものだと思う。くる、と弔くんの腕の中で身体を反転して向かい合うと、少しカサついた頬を両手で包んだ。
「……キスする?」
「……ん」
「ん、」
唇を押し付けあうと、乾燥してガサガサと荒れた感触。ぺろ、と潤そうと出した舌は、弔くんの長い舌に攫われてしまった。しかたない、後でリップクリームを塗ってあげよう。
角度を変えて、深さを変えて、何度もキスを繰り返す。段々と熱を増していく吐息に、少しだけ目を開くと、短いまつ毛が震えて、すぐに弔くんも薄く目を開けた。澱みくすんだ赤い瞳が、じっとりと私を見据えている。その瞳の暗さに、ぞくぞくした。
「とむらくん」
名前を呼ぶと、返事こそないけれど、先を待つように私から視線を外さない。……だから、弔くんの側は、居心地がいい。だって、弔くんは、私を可哀想だと、私を、救ってあげよう、なんて思い上がったことも、考えないから。他人の善意や、ヒーローの正義は、たしかに正しくて「良い」ことなんだろう。けど、そういうのが欲しくない時だってある。目にかかる白髪を掬って耳にかけると、眉間に皺を寄せて、目を細めた。いつもより無防備で、少しだけ子どもじみた表情。かわいい。
「かわいいね、弔くん」
「んだそれ」
「ほめたのに……あ、っ」
しょうもねェ、とでも言うみたいに鼻を鳴らした弔くんが、カーディガンを肩からずらして、現れた鎖骨へ唇を寄せてきた。ほら、噛むじゃん。がぶがぶべろべろされるので、もうほぼ犬だ。
「も〜、っ、おいしい?」
「……オムライスよりは」
「まだ食べてないじゃん!」
「前食った。あれ以外にしろ」
「ああ、たんぽぽいやなんだったね」
「ぐじゅぐじゅして気持ち悪いだろ」
じゃあ弔くんのは固焼きでくるんと包んであげよう。まあ、弔くんは基本的にポテチ以外不服そうだけど、文句を言わず食べるものは美味しいと思っているんだと長い付き合いで分かってきた。そこらへんもちょっとかわいいよね。今度は吸い付いて、すぐに消える痕を残していく弔くんの頭を撫でていたら、キャミソールの裾から不埒な指先が侵入してきた。間違えて触れてしまわないように、指のひとつだけが完全に布で覆われた手は、感触が少し違ってゾワゾワする。
「……シたいの?」
いつの間にか押し倒されたような体勢になっていた。見上げながら聞くと、額にくちびるが優しく触れる。
「嫌ならしない」
弔くんは、世間では凶悪な敵だし、実際にやってることも、目指すものも、この社会の大多数に取っては歓迎できないものだろう。でも、私と向かい合う弔くんは、こんなにも優しいんだ。みんなそれを知らないなんて、可哀想。きっと、弔くんの優しさなんて、だれもなんにも知らないまま、この世界は崩れていくんだろう。私以外の、だあれも。
弔くんの頭を柔く引き付けて、胸元にぎゅうと抱いた。必然的に上目遣いになる弔くんがかわいい。首を曲げて、お返しのように額にキスをした。
「いやじゃないよ」
「……磨」
「ふふ、おいで、弔くん」
弔くんとなら、地獄も崩せるだろうから。
「はい、トガちゃんの」
「わあ、ねこの出久くんです! カァイイ!」
「へえ、磨ちゃん、上手に描くねぇ」
たんぽぽオムライスに、ケチャップでそばかすの生えたねこちゃんを描いて、トガちゃんに渡す。どうせベチョベチョにするんだろうけど、かわいい子が喜んでいる姿はかわいいので許した。
卵を固めにしっかり焼いて、ケチャップライスをくるんと包む。うん、いい感じ。いや、かなりいい。私天才かもしれない。もう一つも同じように……あ、ちょっと破けた。ま、ま、包めば見えないし。
「荼毘くんいらないの?」
「いらねェ」
「まあ荼毘くん好き嫌いっていうか嫌いしかないもんね」
そういえば、いつの間にか荼毘くんが生えていた。焦げた匂いがする。またなんか燃やしてきたな。そんでその後処理にスピナーくんが追われてる、ってところだろう。彼もこの中では常識人すぎて苦労してるな〜。どうでもいいけど。
オムライス二つとケチャップを持って、ソファへ。ローテーブルに私と弔くんの分を並べて置いた。
「天才的に綺麗に出来た」
「天才だな! 俺でもできる」
「出来ねーよ」
既に私たち以外は食べ始めているので、ケチャップを手にして、神絵師磨、頑張ります! くるっと丸を描いて、その中に中身を……あれ、あれなんか、あれ、おかしいな。神絵師のはずなんだけど、うーん、あれ?
「金玉か? 金玉だな!」
「オイなに金玉描いてんだおまえ」
「いや、磨ちゃん、それはオジサンでもちょっとアレよ……」
「クッ、食いもんに金玉描くとかどんな嫌がらせだよ」
上から仁くん、弔くん、ミスター、荼毘くんである。いや、違う。違うの、本気で違う。トガちゃんから若干冷めた視線が飛んでくる。これが一番キツイ。
「金玉じゃないんだって、まじで」
「金玉だろ」
「女の子が金玉って言わないの」
「飯時に金玉描くとか敵より敵だなァ……」
「そんなところで!?」
めちゃくちゃ敵や荼毘くんに敵認定されてしまった。ひどい。私は一般人の華のJKなのに。不登校だけど。
「ちがうの、まじ、アノ人なの」
「あー……」
「……」
「……先生は金玉じゃねェ」
「知ってるよ!」
ひー、顔が熱くなってきた。荼毘くんは何がツボに入ったのか知らないけど、会ってから初めてくらいの静かなる大爆笑をかましてくれている。まじかよ。金玉で笑えるんだったらもうそれは世界平和になっちゃうのよ。いや、仮にも悪の親玉的な、巨悪的な存在であったアノ人を金玉金玉言うのがもうやばいんだけども。
「……おまえ、金玉見た後によく金玉書けんな」
「ウワ」
「だからあ、ちがうの!」
弔くんの発言に、違うんだって! と主張した。涙目になってる気がする。流石の私でも羞恥が強い。隣に座る弔くんを見つめると、数秒してから、ハア、とため息を吐いて、それから弔くんの手が私の頭に乗った。そのまま左右に数度、優しく動かされる。
「先生だな、わかってるよ」
「う〜……」
「唸るな、犬か」
抱き寄せられて、頭のてっぺんや目の縁、鼻の先に弔くんが宥めるように唇で触れてくる。からかわれていたのはわかるんだけど、臍を曲げてしまいそうだ。
「ほら、冷めねェ内に食うぞ。天才なんだろ」
「うん」
最後に唇にちゅ、と一度触れて、オムライスに向き直る。そうだ、さっさと食べよ。弔くんが、ケチャップで描かれた金……アノ人を、スプーンの平で潰した。ふう、これで安心全自動。いただきます、と手を合わせて私も食べ始める。うん、やっぱり天才だ。
「ハイハイ結局惚気エンドね」
そう呟いたミスターの一言が、綺麗にオチを付けた。今日も敵連合は過激にわりと平和だ。
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