天喰先輩とキュウソネコカミ(天喰/10万打)



 放課後、購買でおやつを買い込んで教室まで戻る途中で、知っている姿を見かけた。場所は渡り廊下、の外、の隅っこ。校舎の影からチラチラと見え隠れする姿は、なんとなく困ってそうな様子だ。廊下の柵をピョンと乗り越えて、音を立てずに忍び寄った。

「なにしてんの?」
「ヒッ!」
「そんな怯えんでも……」
「あ、緩名さん……?」
「うぃす〜」

 ビクビクしている天喰先輩に近寄ると、足元からギンッ、と視線を感じた。あ。

「ねこちゅわんじゃん」
「ああ……そうなんだ」

 ブルーアイズホワイトキャットが二匹、天喰先輩の足元にいた。一匹はズボンの裾をはむはむしている。はぁん、これでどうしよう、ってなってたのね。二匹ともまだ小さくて、赤ちゃんではないけど子猫だ。かわゆい。かわゆすぎる。雄英には地域猫ならぬ雄英猫がそれなりにたくさんいるけれど、多分その子たちだろう。

「絡まれてんの? ウケる」
「うん……離してくれなくて、困っていたんだ」
「きゃわゆ〜い」
「うん……聞いてないね……」

 天喰先輩のズボンをガジガジしている。美味しいんかな? かわいい。先輩ネズミだとでも思われてんじゃないの。プルプル震えるし、ヒロスのマントグレーだし。
 ゴソゴソと買い込んだお菓子を探るけど、残念ながらねこちゃんにあげれそうなものは持ってない……嘘、先生の机からくすねたチュールがあるわ。豪運〜。ラッキードッグだわ。キャットだってば。

「先輩、助けてあげよっか」
「助け……あ、うん、ん……?」
「みて、チュール」

 子猫たちとは視線を合わせないようにしゃがんで、指でつまんだチュールをぷらぷら揺らす。揺れるものに気を取られたのか、二匹の猫の視線がこっちに集中した。うわ、かわいい。かわいいな〜。かわいい。ペリ、と封を切って中身を押し出す。ゆらゆら近付いてきた猫たちが、クン、と匂いを嗅いで、それからチュールに飛びついた。あ〜、かわいい。天喰先輩も私の隣にしゃがんで、チュールを貪る猫たちを眺めている。

「緩名さん、よくそんなの持ってたね」
「ね、先生からパチッた」
「パチ、……」
「ファインプレー私〜」

 それは、いいのか……? と呟きながらスペキャになっている先輩。ウケる。たまにしか怒られないからいいんだよ。もう好きにしろ、と許可を得ているようなものだ。先生、猫と私には甘いから。実質私も猫なんよ。

「ねこちゃんかわいいねえ」
「うん」
「住処どこかな」
「よく、この辺りで白い成猫を見かけるから、その子の子どもじゃないかな」
「え〜、親猫と知り合い?」
「知り合い……というのかは分からないけど」

 先住猫じゃん。雄英居住歴私より長いし。ぺちぺちと舌を鳴らしながらチュール食べてる子猫、かわいすぎる。吸いたい。とはいえ、一応野良なので流石に吸えないけど。じわじわチュールを押し出していたら、出すのが遅かったようで、小さな前足の猫パンチを喰らった。

「いたたた、ごめんごめんて」
「あ、大丈夫……?」
「出すの遅ェ! って文句言われちゃった」

 子猫の爪細くて痛いんよね。爆豪くんなみにキレんじゃん。チュールを押し出すと攻撃が止んでまた夢中で食べ始める子猫たち。あーあ、袋噛まれすぎてガビガビ。ウケる。先輩はあわあわしていた。子猫相手にもビビりなんだねえ。私ともさっきから全く視線が合わない。いつもだけど。

「うし、お〜わり」

 中身が全てなくなってペラペラになったチュールの袋。捨てようと持ち上げると、みゃあおん、と鳴かれる。

「みゃあおん言われてもねえ、ないの」
「うわぉん」
「わぉんじゃなくてね」

 ぽい、と近くにあったゴミ箱ロボットに空袋を捨てると、諦めたのか子猫たちは連れ添ってじゃれあいながら茂みに走っていった。あ! おい! 撫でさせろ! チュールの食い逃げだ!

「ね〜えチュール食い逃げされたんだけど!」
「まあ……、猫だから……」
「え〜、撫でたかった〜毛玉〜」

 くそ、チュールギャングめ。次会ったら撫で回したるからな。ふわふわもふもふが恋しい。ふわもふを撫でる機会なんて、最近じゃ雄英猫か校長くらいしかないんだもん。不完全燃焼〜。想像の毛玉を手の中でエアわしゃわしゃするけれど、当然そんなことで満たされるはずもなく。

「あ!」
「ヒッ! な、なに?」

 いいこと思いついた。大袈裟に声を上げると、ビクッと肩を揺らす先輩。まじビビりすぎ。

「先輩さ、猫にもなれるの?」
「……えっ」
「ドン引きじゃん、ウケる」

 まあそりゃいきなり猫食える? みたいなこと聞かれたらドン引くよね。私でもドン引く。人でなしだ。そうではなくて。

「もこもこ触りたいんだけどさ〜逃げられたし」
「ああ……」
「じゃあもういっそもこもこの先輩でもいっかなって」
「ああ……え?」

 え? となんだって? と言うように顔を上げた先輩に、ぐいっと近付いた。小さく息を飲む音が聞こえて、天喰先輩が後退る。とはいえ、すぐ後ろは校舎の壁だ。すぐにトンっ、と背中をぶつけた先輩ににじり寄ると、顔を逸らされたので少し……かなり背伸びをして逃げた視線の横に手を付いた。完璧な壁ドンだ。普通は逆だけど。にしても。

「先輩背高くない?」
「え……」

 今ソレ? みたいな目で見られた。先輩ちいかわ並に会話してくんないな。人見知りの人は人見知りだもんね。当たり前体操〜。普段猫猫猫背なのと、超ドデカファットさんが横にいる姿を見ることが多いので気付かなかった。結構背伸びをしないと壁に手が付けない。

「腕と足しんどい」
「じゃあ……やめれば……いいのでは」
「囲いこまないと壁ドンじゃなくない?」
「君はなんでその、壁ドンしてるんだ」
「先輩の反応が面白いから」
「悪魔だ……」

 ンだと? 後輩からの愛に対してなんてこと言うんだ。じい、と見つめるとう、と視線を逸らされはするものの、流石に慣れてきたのかさっきほどモゾモゾはしていない。落ち着かなさそうではあるけど。ヒーロー科にも、私の周りにもここまで内気な人はなかなかいないので、もう少し困らせてみたくなっちゃうよね。先輩の困り顔、面白かわいいんだもん。

「緩名さん、そ、ろそろ、離れて……」
「ねえ、顔近いね」
「さっきからそう言って」
「このままキスしちゃおうか」
「ッ、!」

 身動ぎをすれば鼻先が触れてしまいそうなくらい距離を詰める。三白眼気味の鋭い瞳が見開かれて、息を飲む音がさっきよりも大きく鳴った。もちろん冗談だし、まああわよくばキスしちゃってもいい。天喰先輩、顔がキュートなので。足疲れてきた。息を止めたまま動かない先輩。フリーズしちゃった。流石にやりすぎたかもしれない。セクハラ、ダメ、絶対。ふ、と息を緩めると、先輩の肩がビクリと跳ねる。ふふふ、生娘みたいな反応するじゃん。かわいい。そのまま少しだけ距離をとって、ニヤッと笑って見せた。

「なんてね、冗談〜」
「……え、あ、」

 ポカン、としたまま惚けている先輩の肩を、ぽんぽんと叩く。は〜足疲れた。背高い人に壁ドンもうしないでおこ。やるならお茶子ちゃんくらいにしよ。ジャストサイズ。キツネにつままれたようにぼんやりしている先輩に、ごめんね、と声をかける。

「やりすぎちゃった」
「うあ……」

 ジワジワと顔を赤くする先輩、かわい〜。若干の反省はしているが、この調子だとまたやっちゃいそう。かわいいんだもん。私の本性を知って若干の警戒をしているクラスの男の子達相手にはこんな風に化かせないし、してもこういう反応じゃないだろうし。ちょっと面白そうではあるけど。

「……緩名さん」
「ん、どうしたの。怒った?」
「怒ってはない……けど、こういうこと、あまりやらない方がいい」
「んー……そうだね」
「その、……男は単純だから、こういうことをされると勘違い……する人もいるだろうし」

 怒る、というより、私のために窘められている。後輩にからかわれてるのを理解しているのに良い人だ。私だったらどつき回してる。とはいえ、別に私だって誰にだってしているわけではない。ちゃんと相手を見てやってるつもりだ。

「……先輩にだけなら?」
「えっ」

 私の少しの小悪魔心がひょっこり顔を出したので小首を傾げてみたら、またフリーズした。離れた距離を、詰め直す。指先同士が、触れるか触れないかの距離。見上げると、しっかり目が合ってちょっと嬉しくなる。やっと私を見てくれた。

「先輩となら、キスしてもいいよ」
「な……っ!」

 ボッ、と火が灯ったように、今度は尖った耳の先まで赤く染まっていく。照れてる照れてる。そんな反応されると、かわいくて仕方ないんだけど。ふ、ふふ、と込み上げる笑いを抑えるために、口を手で覆うと、再びからかわれたのだと気付いたようで緩名さん! と珍しい大声で名前を呼ばれた。

「……ッ、君は、本当に質が悪い……!」
「ふふ、ふへへ、ごめんって。でもあながち嘘でもないよ?」
「きみ、っ、君……!」
「お、」

 手首を長い指にがっしりと捕まえられた。僅かに力を込めて引き寄せられると、額が先輩の鎖骨あたりにぶつかって、軽い衝撃。真っ赤な顔、だけど、つり目がちの瞳はヒーローらしい意思の強さがある。

「俺だって男だ……!」

 そう言う先輩の声が、目が、さっきまでの内気な態度とは全然違って。
 うん、と返した自分の声が、灯り始めた熱を帯びていた。




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