マイク先生に介抱される(マイク)
プロヒ軸、嘔吐表現
飲みすぎた。自分の限度は知っているつもりだったけれど、やっと長期任務から解放されて、少々ハメを外しすぎたのかもしれない。やっちゃった。気持ちの悪さに後悔するけど、飲み会は楽しかったからまあいい。これから吐くだろうな、って予感に、ただでさえ気持ち悪いのに、胃の中が更に重くなった気がする。吐くの、しんどいから嫌いだ。確定嘔吐ガチャ状態、恐怖でしかない。せめて居酒屋のトイレではなくて家で吐きたいけど、そもそも家まで帰れるかも分かんない。流石に失態。ヒーローなのに。
「オイオイ、緩名、ここで吐くなよ」
「ぅぐ……」
「アラま、随分飲みすぎちゃったのねェ〜」
なんでおネエ口調なの、と突っ込む気力もない。現在私の隣で支えてくれている人は、なんとも懐かしい、いや現場とかで顔を合わせることもあるからそこまで久しぶりではないんだけど、まあそんな感じの人だ。マイク先生は同じ任務ではなかったんだけど、金曜、深夜、ラジオ終わりにちょうど呼び出されたらしい。髪の毛もハーフアップで、ヒーローコスチュームは脱いだ完全なラフな私服だ。2軒目行く人〜! と現場が同じだったヒーローの活きのいい声が聞こえる。まじなんでそんな元気なの? もう無理、帰って吐いて寝たい。2軒目の誘いは断って居酒屋から出ると、夜風が冷たくて気持ちいいような気持ち悪いような。
「マジで大丈夫かァ?」
「ん……せんせ、いいよ行って」
一緒に付いて出てきてくれたマイク先生、申し訳がない。別に、ちょっと休めば一人で帰れるし、こんな状態でも襲われたら対処くらいは出来る。まあめんどくさくはなるだろうけど。マイク先生は来たばっかだし、私の分かる範囲では一滴も飲んでいないように見えたし。まだまだこれからお楽しみできるポテンシャルが残っているだろう。
「俺車なのよ」
「んぁ、そうなんだ」
「っと、アブね」
月刊そうなんだ創刊号290円。ふらついた身体を、腰に回った長い腕に支えられる。眠い。ふわぁ、と欠伸をすると、気ィ抜けてんなァと苦笑される。同業だらけのとこだとまだヒーローしよ、って意識が持つけど、マイク先生相手だとなんか学生時代の緩みが抜けない。現場ではそうでもないんだけどね。
「元とは言え教え子が、送り狼でもされちゃ堪んねェしなァ?」
イタズラげに笑った顔に、思わずぎゃあ、と小さく叫んだ。
バタン、と車のドアが閉まる音がする。いつの間にか寝ていたみたいだ。う、寝たら治るかと思ったけど胃のむかつきは余計に加速してる感じある。クソ、やっぱり吐かなきゃダメだ。
「Hey緩名、到着したぜ」
「うぁ……山田タクシー……?」
「Ah……間違っちゃねェな」
見覚えのある自宅マンション。ちょうど向かいのパーキングだろうか。うう、我が家だ。むり、我が家を見ると余計に吐きそうになってきた。足に力が入らない。
「せ、せんせ……」
「んー?」
「抱っこして……」
クイ、とマイク先生の服を引いて、子どものように抱っこを強請る。甘えている自覚は存分にあるけど、雄英時代の先生相手なんだもん。仕方ないよね。マイク先生が、カジュアルなサングラスの奥の目を見開いたけれど、気にしている余裕が無い。追撃のようにくいくいと胸元の布を引っ張った。
「ワガママなプリンセスだなァ」
「ぅわーい……」
どっこいせ、なんてわざとらしく声を上げて、抱き上げられる。部屋番号を告げて、鞄から鍵を渡した。ハァ、とマイク先生にしては珍しい溜め息が耳に触れる。甘えすぎちゃったかな。
「ごめんなさい……」
「んー? なにが?」
「甘えすぎちゃったから」
「Ah……」
私を抱えたまま、オートロックを潜って、停まっていたエレベーターへ。流石に降りよう、と思ったけれど、マイク先生の腕の力は緩まらない。うう、アルコールで目が回っている。長い脚がスタスタと私の部屋の前までたどり着いた。カシャン、と鍵の開く音がする。
「緩名、俺は別に怒っちゃいねェよ」
「ん、でも……」
「まァそうね。反省は大事だぜ」
鍵を開いて、中へ。自室に着くと、安心感がドッと襲ってくる。帰ってこれた。
「ぅ、ごめん……なんもおかまい、できない……」
「HAHA、気にすんな!」
「声でか……うるさ……」
「悪ィ悪ィ」
しゃがんだマイク先生の膝の上に座るような姿勢になって、パンプスのストラップが外される。パタン、と軽い音。お構いどころかこっちが世話されまくっている。申し訳ねえ。うう、気持ち悪い。寒気がするのに身体は火照って、でも体温は低い、わけわからん状態になっている。
「緩名?」
「ぅ、」
「吐きそうか?」
言葉はもはや出てこなくて、コクコクと小さく頷くしかなかった。上がるぜ、と声をかけたマイク先生が、靴を脱いで私を抱えたまま、私が指差すトイレの方へ。掃除しててよかった。カバーのついた便器に凭れかかると、水取ってくる、と離れて行こうとする人の腕を力なく掴んで引き止めた。
「どしたァ?」
「は、はけない……っ」
「あらま、そりゃ困ったな」
「ぅう、ごめ……、っ、」
吐きたい、のに吐けない。そう言えばお酒飲んで吐くのとか、多分前世ぶりだ。今世分まるまるのブランクがあるから、最早酒嘔吐処女と言っても過言ではない。馬鹿なことばかり頭を過ぎるのに、まじで吐けない。
しゃあねェか、なんて声が聞こえたかと思えば、後ろからお腹に腕が回って、ぐっと身体を持ち上げられる。
「ちょーっと苦しいかもしんねェけど、頑張ろうなァ」
「っ、ぅ゙、」
長い指が顎を支えて、パカ、と口を開かされる。そこから侵入してきた綺麗な2本の指が、舌の付け根をグ、と押した。うげぇ、まじでしんどい。冷たい指が、丁寧に慎重に口の中を蹂躙していくりひくひくと喉の奥が痙攣しているのが分かった。涙がとめどなく溢れていく。
「爪立てていいから」
「っひう、っく、ぐ、」
耳元に落とされた、いやに艶っぽい声。背筋がゾワゾワ震えて、高いところから突き落とされそうなこわい感覚に、お腹に回ったマイク先生の腕に爪を立てた。
「ぅ、っぐ、ぅえ、っ、ゲホッ、」
「うん、上手だなァ」
胃の中からせり上がってくる物が、ぼたぼたと音を立てて便器の中へ落ちていく。気持ち悪い。ほとんど液体だ、あんま食べてないからそりゃそうか。ああ、疲れた身体に空きっ腹、当たり前に酔いが回るよね。跳ねて動きそうになる身体を、後ろから押さえられて、吐きやすいように顎に手が添えられた。きちんとケアされた指を吐瀉物で汚してしまった申し訳なさが、ぼやぼやと頭に過ぎった。
「良い子だな、緩名」
「ぅ、う……ッ、!」
涙や唾液、汚いもので顔ぐちゃぐちゃだし化粧も落ちて、更に真っ青だろう酷い顔を向けているだろうに、ひどく甘い響きで良い子良い子、と褒められる。気持ち悪さはまだ残っているのに、倒錯感に変になりそうだ。
けほっ、と乾咳が出て、大きく深呼吸を繰り返す。死ぬ。もうこのまま寝たい、いやうそ、顔洗いたい。ぐちゃぐちゃで落ち着かない。吐ききったか? と言う確認に大袈裟な動作で頷くと、ぐったりと力の抜けた身体を抱えあげられた。水の流れる音が聞こえる。
「ぁ、よごれ、」
「そんなん気にしなくてイーの」
いや気にする。流石にここまで面倒見て貰った相手の服まで汚すのはやばい。いくら元先生とは言えど、だ。それでも、トイレを出てすぐの洗面所まで連れて行かれた。マイク先生が水を出してくれたけど、脱力しきって一人で立てない。もう、まじ放っておいてくれても多分時間経てば自力でなんとかなるので。まじ。さっきより、めちゃくちゃ気分もマシだし頭も冴えてきた。身体は言うことを聞かないけど。立たされてもふにゃふにやと骨が抜けたように崩れる身体を、足の間に長い脚が差し入れられて、凭れるように座らされる。ほんとに脚なげ〜。5mある。
「クレンジングこれ?」
「ん……マイク先生、大丈夫だよ、っわあ」
「へいへい、クローズユアアイズ」
絞ったタオルで軽く顔を拭かれて、クレンジングオイルを付けられる。なんとなく分かってはいたけど、やっぱり手慣れてるなあ。大人だわ。マイク先生モテそうだし……そういえば彼女とかいないんかな? 大丈夫だろうか。私はいないので大丈夫なんだけど、こういうの、拗らせる原因になるじゃん。だったら申し訳ない。なんて思いながらも、頭に当たる厚い胸板に身体を預けてしまっているんだけども。むり、寝そう。
「もう目開けていいぜ」
「ん……ありがとう」
「お礼の言える良い子だなァ」
クレンジングを洗い流されると、だいぶサッパリした。手を伸ばして、ベタつかない化粧水だけをパタパタと顔に浸透させる。あと口を念入りに濯いだ。サッパリ。マウスウォッシュの紫まじで口の中爆発しそうになるけど、こういう時はいい。にしても疲れた。吐いた後ってなんでこんな疲れんだろ。まじで疲れた。腰を支えられたまま、ヘロヘロの身体でリビングのソファへ腰を下ろした。隣にマイク先生が腰を下ろす。箱買いの水のペットボトルを引き寄せて、一気に半分ほど飲み干す。やっと一息ついた、気がする。
「せんせい、ほんと、なにからなにまで……」
「んー? ま、俺が進んでやったしな」
気にすんな、と頭に手が乗る。いい人、いい人だ本当に……。
「マイク先生、いい人だね」
「HA、そう思うか?」
「うん、めっちゃおもう」
「本当に?」
「う、ん……?」
くるん、と。それはまあ、見事に視界がひっくり返った。目の前には、端正な顔。ハーフアップになった長い髪が、カーテンのように私を囲む。え、ん……ん?
「な、なに……?」
「緩名なァ、ちょーっと無防備すぎんだよなァ」
「え、ん……」
それはそう。そうなんだけど、マイク先生だし。マイク先生だからだもん。別に、そんな親しくない人相手に、こうはならない。
「おまえのことだから、センセー相手だし、って思ってンだろ」
「んぁ、すごいね」
思考がバレバレだった。すご〜い。教科担当だったし、わりと仲良い方だったけど、ここまでお見通しされてるとは。なんか照れるな、へへ。説教されているのに、まだふわふわしている。アルコールは偉大なり。
「んみ゙、らにぃ?」
むぎゅう、と柔らかく頬を潰される。ハァ、とまた、マイク先生には似合わない溜め息。
「信頼は嬉しンだけどよ、緩名」
「?」
「どんだけ信頼してても、男は所詮男なのよ」
「、っ、!」
足の隙間に、マイク先生の身体が入ってきた。太ももに当たるジーンズ越しの硬い感触は、ベルト、とかではない、はず。
「この賢い頭で覚えとけ」
おでこをコツン、とノックされて、耳元で、ちゅ、とリップ音が鳴った。
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