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「グラントリノ!? それに……相澤先生!? 緩名さんまで!」

 グラントリノのおじいちゃんを抱っこしながら、バブルガールさんから話を聞いていると、聞きなれた声に名前を呼ばれた。振り向くと、緑谷くん、お茶子ちゃん、梅雨ちゃん、切島くん。その後ろにビッグ3の先輩たちもいる。インターン生って君たちか〜。そういえば、お茶子ちゃんと梅雨ちゃんってリューキュウさんのとこだったっけ。思い出すのが遅い。

「先生! 磨ちゃん!」
「先生達が何故ここに?」
「急に声かけられてな。協力を頼まれたから来たんだ。コイツは俺の手伝い」
「コイツで〜す」
「……。ザックリとだが事情も聞いてる……言わなきゃならんこともあるしな」

 親指を向けられたから先生の横から顔を出して二人と、それから切島くん達に手を振る。先生には呆れたように横目で見られた。なんで。気付いた切島くんが手を振り返してくれるより先に、隣の大きい人が豪快に振り返してくれた。え〜かわいい。トトロみたい。大きいもかわいいだよね。

「ビアンカ」
「はい」

 余所見をしていたら、すかさず名前を呼ばれて先生に続いて会議室へ。先生の隣へ腰を下ろす。私達は末席も末席だ。

「えー、それでは始めてまいります」

 そうして会議が始まった。



 会議の内容は、事前に先生に聞いていたことの詳細版、みたいな感じ。大きなトトロみたいな人は、切島くんと天喰先輩のインターン先らしい。ファットガムさん。チャーミングでかわいい。
 今案件の一番大きな議題、「個性を壊す薬」。どうも天喰先輩が実際に打ち込まれたらしい。一晩寝たら治ったというけど、だからと言って安心はできない品物だ。先生の「抹消」はそれぞれにある「個性因子」を一時停止させているけれど、どうもクスリの方は「個性因子」そのものに傷を付けているらしい。自然治癒で元通りになるなら、私の個性で治りを早くすることくらいは出来るのかな?
 撃たれた銃弾の一つを、切島くんが硬化で弾いて実物入手出来たようだ。お手柄〜。

「そしてその中身を調べた結果、ムッチャ気色悪いモンが出てきた……人の血ィや細胞が入っとった」
「うわ……」

 ドン引きだ。人の血や細胞……つまり、作られた薬物じゃなくて、誰かの個性由来ってことか。違法薬物の末端組織から遡っていって、確証ではないけれど八斎會へとたどり着いたらしい。八斎會の若頭、治崎の個性は「オーバーホール」。対象を壊して治すことが可能だという。

「治崎には娘がいる……出生届もなく詳細は不明ですが、この二人が遭遇した時は手足に夥しく包帯が巻かれたいた」
「まさか……そんなおぞましい事……」
「おに最低じゃん……」
「超人社会だ。やろうと思えば誰もが何だってできちまう」

 推測される内容。娘の身体を抉って、銃弾にして捌いていたのか。マジで猟奇的だ。人の心がないのか。出生届もなく、身体も傷だらけ。どう考えても虐待どころでは済まない。話を聞く分に、まだその娘ちゃんも大きくはないんだろうし。つくづく胸糞悪い話だ。

「実際に売買しているのかは分かりません。現段階では性能としてあまりに半端です。ただ……仮にそれが試作段階にあるとしてプレゼンの為のサンプルを仲間集めに使っていたとしたら……」

 今のところ、クスリの効果は一日で元に戻る程度だけど、それが完成品とも限らない。完成形になれば、個性を完全に破壊出来るとしたら。ヒーローは「個性」を武器に戦う職業だ。今の社会は、私の生きた前世とは違って「個性」に完全に依存している。それが破壊されるんだから、大パニックになるだろう。

「想像しただけで腸ワタ煮えくり返る!! 今すぐガサ入れじゃ!!」
「こいつらが子ども保護してりゃ一発解決だったんじゃねーの!?」
「全て私の責任だ。二人を責めないで頂きたい。知らなかった事とは言え……二人ともその娘を助けようと行動したのです」

 緑谷くんと通形先輩は、その女の子と接触して、確実に保護するために一度見逃してしまったらしい。事情はどうあれ、そりゃあ悔しいだろうなあ。

「今度こそ必ずエリちゃんを……!」
「保護する!!」
「それが私たちの目的になります」

 その女の子を保護してしまえば、例のクスリは作れなくなる可能性が高い。とはいえ、意気込むのはいいけれど、二人とそのエリちゃんと言う女の子、治崎は遭遇してしまっている。核となる子を、学生とはいえヒーローに見られてしまってそのまま同じ場所に置いておくか、という問題が上がった。一度失敗すると、ガードはもっと固くなって保護のハードルが上がるから、この一回で叩いて起きたいだろうし。
 サー・ナイトアイは、八斎會の関連する土地を洗い出し、その地のヒーロー達にまで協力を仰いでいたらしい。どうりでめちゃくちゃヒーローが多いわけだ。慎重すぎる、今すぐにでも助け出さないと、と言う意見と、慎重に行かなければ仕損じる、と言う意見が飛び交う。侃侃諤諤。ちなみに私も慎重に行った方が良い派だ。ただのインターン生の身なので、発言は控えているけど。

「会議は踊るって感じ」
「あのー……一ついいですか」

 隣の先生が、スッと挙手して、サー・ナイトアイに予知をしてはどうか、と提案した。そういえば、あの人の個性は「予知」らしい。めちゃくちゃ便利だよねえ。しかし、先生の提案は出来ない、と断られる。「死」を見てしまうかもしれないから、だって。個性の詳細を知らないから、あんまり納得はいかないんだけど、とりあえず駄目らしい。うん、分かんない。考えても分かんないことは一先ず置いておいて、まずはその、エリちゃんっていう子の救出が一番だ。ま、まだ参加できるか、分からないけど。

「ご協力よろしくお願い致します」

 サー・ナイトアイのその一言で、一先ず会議は終了した。



「自然治癒で治るものなら治りは早められますけど、完全に破壊されたら私にはもうお手上げですね」
「そうか」
「すみません、お力になれず」
「いや、構わない」

 会議後、先生と個別にサーの元へ呼び出されて、色々と説明、それから質問を受ける。個性を消す薬に対して、私の個性で対処出来るか、という問だ。うーん、難しいよね。身体の回復と一緒で、私に出来るのは回復を早める、くらいだ。無くなった物を取り戻すことは出来ない。
 にしても。ジッとサーを見上げる。うん。

「どうかしたか」
「や〜、大きくてかっこいいなあって」
「ありがとう」
「おまえな」
「だって初めて見た時からタイプだったんだもん」

 サー、背高いし細いけどヒーローらしくガッシリしてるし、出来るビジネスマン風でめちゃくちゃ顔がかっこいい。最高じゃん。鬼畜眼鏡っぽいし。最高じゃん。何言ってんだ、と先生にチョップをされるけど、かっこいい人には素直にかっこいいと伝えるのが一番良いじゃんね。

「あ! 先生もかっこいいよ。嫉妬しなくても大丈夫」
「嫉妬じゃねえ」

 ハァン、と思い当たった。なるほどね。フゥン。先生もかっこいいし、なんなら当面の推しだから安心して欲しい。ヤキモチかわい〜、と言うと無言で頬を伸ばされる。やめてやめて、ほっぺが餅になっちゃう。私達のやりとりを見ていたサーがフッ、と笑った。バブルガールさんも、後ろでニコニコしている。

「ナイスユーモアだ」
「なんか知らないけど褒められたあ。やったあ」
「もうおまえ黙ってろ」
「あい」

 それから二つ三つ、先生とサーがやり取りして、解散になった。

「……どうするの? せん……イレイザー」
「そうだな……本来ならインターンの中止を勧めるべきなんだが」
「あら、じゃあいいんだ」
「駄目だっつっても飛び出して行くだろ、アイツは。まァ意思確認をしてからにはなるが……おまえはどうしたい」
「私? 行くつもりだよ。……ダメ?」
「……いや、いい。ただ、突撃することになってもおまえはおそらく警官や数名のプロヒーロー、救急隊と待機になるぞ」
「うん、大丈夫」

 本来なら私も突撃隊の殿に入って、戦闘はせずに負傷者の手当をして回れた方がいいんだろう。けどまあ、連合が関わってもいるし、念には念をだ。一回拐われてるんだから、私の居場所は把握出来る場所にいた方がいい。私のお仕事は、前線に出る人達の強化と回収された負傷者の治癒だ。
 エレベーターに乗って、階下に降りる。チン、と鳴って開いた扉の向こうには、めちゃくちゃ暗い雰囲気が漂っていた。



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