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 結果、服が滑り落ちた先輩に、わあと思っている間に即腹パンされてノックダウンである。ぐふ。「ヒーラーは先に潰しておくべきなんだよね!」と意気揚々と眼前に現れた先輩に、だいぶ手加減してくれてるんだろうけど、ガッツリしっかり腹パン入れられてしまった。グロッキーだ。ちんちんは見えた。
 近接隊以外が全員秒でやられてしまった。個性のおかげで回復は早いので、グロッキー状態は引き摺りつつ戦線離脱する。

「ちんちん見えた……デカかった……」
「どこ見てんだおまえ」
「……誰と比べてんだ?」
「え……」

 お腹を抑えつつ先生と見学していた轟くんの間でしゃがむ。ちんちん、デカくてびっくりした。体格デカいとデカい割合増えるけど、この世界でもその通りなんだろうか。異形の人もいっぱいいるしな〜。ロマンがあるよね。誰と、っていう轟くんの悪気ない突っ込みに、しらっと目を逸らした。なんか生々しいじゃん。今の私、高校生なので。
 誰も口を開かないまま、近接主体の子達も通形先輩に腹パンで沈められて行くのを眺める。緑谷くん、いい観察眼してるなあ。長年に渡るヒーローノートを付けてヒーローをよく見ていたからだろう。ヒーローオタクは伊達じゃないね。

「ん〜」
「どうした」
「や、こういう時真っ先に沈められたら駄目だよねって思って」
「ああ、緩名近接あんま強くねぇしな」
「はっきり言うね轟くん」
「……まァ近接も課題ではあるが……おまえはそもそも射程圏内に入らないように務めた方がいい」
「んー……課題がいっぱいだ」

 安全圏からが私の仕事ではあるけど、当然敵も潰しに来る位置だから、安全圏っていうのもなかなかない。個性の使用距離もそこまでめちゃ広なわけでもないし。視界の中に相手の姿を確認できないと、バフもデバフもかけれない。近接は授業以外にも先生の指導の元、たまに心操くんとの訓練に混ざって磨いてはいるんだけど、やっぱり筋力的な問題が追いつかなくなる。こればっかりは体質なのでどうしようもない。
 全員がヤられたのを見て、ジクジク痛むお腹を抑えながら立ち上がった。



「俺の“個性”強かった?」
「強すぎっス!」
「ずるいや私のこと考えて!」
「すり抜けるしワープだし! 轟みたいなハイブリッドですか!?」

 先輩が個性と、「ワープ」の原理を説明する。へええ、正にゲームのバグ技だ。ちょっと楽しそう、と思ったけど、続く説明を聞いてゾッとした。個性の発動中はあらゆる物がすり抜けて、空気も、光も音も届かない。え〜こわこわ、私だったらむりむりむりむりかたつむりだ。服落ちるのも色々ヤバいから無理。

「俺はインターンで得た経験を力に変えてトップを掴んだ! ので! 怖くてもやるべきだと思うよ一年生!!」

 おお、凄く上手い自己啓発サロンみたいだ。でも確かに、経験こそ力だろう。「予測」が大事だと先輩が言っていたけど、私の個性もこうしたらこうなる、って言う予測がわりと必要だから、めちゃくちゃ納得だ。パチパチと拍手をする。個性も使い方次第だなあ。
 そろそろ戻ろう、という先生の声に、体育館を後にした。

「磨ちゃん!」
「ねじれちゃん先輩」

 ぴょん、と先輩の手が両肩に。相変わらずかわいいな。ねじれちゃん先輩は、お友達の付き添いで保健室に来た時に初めましてをした。ヒーローネームが「ネジレチャン」らしく、ねじれちゃん先輩と呼ぶとキャッキャと喜んでもらえたので、以後そう呼んでいる。

「有弓先輩元気〜?」
「元気だよ! 磨ちゃん、なんだか雰囲気変わった? なにかあったの? 不思議!」
「フッ、大人になったんですよ……」
「それってどういう意味? 子どもだったの? 私達まだ高校生だから子どもかなあ? ねえねえ天喰くん、どう思う?」
「……」

 私の峰田くんレベルの下ネタっぽいボケは華麗に受け流されて、私と目線を合わせず震えている先輩へ。何? 面白いんだけど。いいな、弄りたくなる。

「あれ? 天喰くん、オーイ、聞いてる? 不思議〜! 固まっちゃったみたい! なんでかな?」
「なんででしょうね? ……こんにちは、天喰先輩。初めまして?」
「ひっ……あ、っああ、の、はじ、」
「磨ちゃんはインターンどこ行くか決まった?」
「や〜学校からの連絡待ちかなあ」

 ねじれちゃん先輩、興味がいろいろと移り変わるので天喰先輩の声をかき消してスルーだ。華麗すぎる。インターン、まだ行けるかも分かってないんだよね〜。天喰先輩を下から覗き込むと、サッと目をそらされた。へえ、ほお、ふふーん。緑谷くんとは違うベクトルで弄りたくなる人だ。いい反応。

「緩名磨です。よろしくお願いしますね、先輩」
「う、……うん、よろしく……ヒイッ!」

 サッと一歩分距離を詰めると、大幅に私から距離を取って、通形先輩の後ろに隠れた。私は腹ペコの肉食獣かなにかか?

「通形先輩近接鬼強ですね」
「よせやい!」

 へへっ、と鼻の下を擦る通形先輩。面白人間だと思っていた節はある。ごめんなさい。ムキムキだしちんちんでかいしね。
 通形先輩のお腹をつんつんしようとすると透過が発動して、通形先輩越しの天喰先輩に指先が触れた。すげ〜! 楽しい。見る人が見ればなかなか奇妙な光景だ。天喰先輩が悲鳴を上げている。

「ぬわっ」
「緩名〜あんま先輩いじめんなよ〜。すいません先輩!」
「い、いや……大丈夫だ……ありがとう……」
「いじめてないも〜ん」

 瀬呂くんのテープが私の身体に巻き付いて、切島くんに回収される。お世話係? バイバイと手は振れないので頭を横に振ると、ねじれちゃん先輩と通形先輩は大きく、天喰先輩は凄くものすごく控えめに手を振り返してくれた。先輩達、かわい〜。



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