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「あ! 緩名さん! お疲れ様っス!!」
「わあ、うるさい」
控え室に着くと、中にはまだ一人だけ。後ろから人来てるけど。声でけ〜。
「名前なんだっけ、えーと」
「夜嵐イナサっス! よろしくお願いします!!」
「はい、夜嵐くん、お口にチャック」
「ん!」
背の高い夜嵐くんの口元に指を伸ばして、チャックする仕草をする。ん!!! とチャックした口を見せてくる。うるさい。
「120人脱落夜嵐くん?」
「ん!!!! んんっん!」
「あ、ごめん、普通に喋っていいよ」
律儀か天然かよ。ウケる。
「そうっス!」
「おーしおし、ちょっと声小さくできる?」
「はいっス……!」
本当にちょっと小さくなった。声量なくてもうるさい。
「すごいね」
「ありがとうございます! 緩名さんもすげぇっス! 俺、雄英体育祭観てました! 雄英の人達、緩名さんもめちゃくちゃ熱くって、感動したっス!!」
「わあ、うるさい、ありがとう」
駄目だわ。お口にチャック失敗。これはもう無理だ。大音量か無しかないわ。さっきから控え室に着いた人たちも声量にびっくりしてるもん。分かる〜。雄英の推薦トップって言ってたけど、お勉強の方大丈夫なのかな? 偏見だけど国語の記述問題の語尾全部「〜っス!」そう。
「なんか食べない?」
「あ! 俺持って来るっス! 何がいいっスか?」
「じゃあね〜常温の水と適当につまんできて」
「分かったっス!」
出会って5秒で即パシリみたいな。私が命令したわけじゃないし好意には甘えとくべきだよね〜。その間にターゲット外しとこ。
「マジっスか!? 自分もスタンプマン好きっスよ! 彼は熱いヒーローっス!!」
「あ、轟くん」
「轟……?」
夜嵐くんに連れられて全く知らない人と歓談と言うなのほぼ夜嵐くんの一方的な捲し立てを聞いてたら、やっと見知った姿が控え室に。轟くん、助かった。じゃあね、と一応夜嵐くんにバイバイしたら、彼は一瞬凄く冷たい目で轟くんを見ていた。……なんかあった?
「緩名、お疲れ。早いな」
「お疲れ轟くん。二番目だったの〜すごい?」
「ああ、すげぇな」
「へへへ」
轟くんがすごいすごいと私の頭を撫でた。並んで椅子に座る。
「緩名以外まだなのか」
「うん、まだっぽい……ところで、なんかした?」
「いや……推薦なら入試ん時見かけてるハズだが……」
「覚えてない?」
「……ああ、悪ィ」
「謝らなくていいよ〜よしよしよしよし」
「緩名、くすぐってえ」
わしゃわしゃとツートーンの髪をかき混ぜる。入試の時なら、轟くんは拗らせ絶好調期だっただろう。事情を知る私なら、覚えてないのも仕方ないと思ってしまう。轟くんが何かしたとも限らないしね。紅白饅頭嫌いだからとか、イケメンやだ! みたいな理由の人もいるかもだし。知らないけど。
「ケータリングいっぱいあるよ〜飲み物も」
「何飲んでんだ?」
「え? 水」
水、最高。味気なくていい。常温の水と白湯に目覚めるのはだいたい社会人になってからな気がするけど。
「なんか取ってくるか」
「私もう食べちゃった」
「そうか……どれがうまかった?」
「ん〜ローストビーフ! あとね〜手毬寿司みたいなのもあった。かわいいやつ」
ケータリングに手毬寿司あるのめちゃお金かかってない? 美味しかった。肉寿司が優勝です。小さく親指と人差し指で丸を作る。手毬寿司のハンドサインだ。今作った。
「そうか。かわいいな」
「え? まだ見てないじゃん」
「いや、緩名が」
乱れていたのか、私の髪をサラリと一撫でしてふ、と笑みを溢し、適当に取ってくる、と轟くんが席を立った。思わず顔面を抑える。いや、急なそのソレ、破壊力。は? やば。今の何? 乙女ゲームのスチル? まじで。は? 言語野破壊攻撃受けたわ。
「あら、磨ちゃん」
「つっ!」
「……? どうしたの、顔が赤いわ」
「梅゙雨゙ちゃん〜!」
呼びかけられた声に顔を上げると、梅雨ちゃん、その後ろに百、響香、障子くんがいた。この四人で分断されたのかな。無事でよかった合格おめでとうとか色々言うことはあるけど、とりあえず梅雨ちゃんに抱き着いた。あ、身体が冷たい。
「磨さん、どうされました?」
「ああ、八百万達も来てたのか」
「轟」
「あ、轟。磨どーしたの」
「? ……どうしたんだ?」
困惑する四人が皿を持って帰ってきた轟くんに何があったのかを聞いているけど、いや、元凶〜。轟くんあれ天然で無意識にやってるのかなりタチ悪くない? 主に私の心臓に悪い。男性経験がないわけでも、免疫がないわけでもないけどあんなのは飛び道具だもん。ゔお゙おおん、とニャンちゅうになっていると、みんなしれっと会話を続けていた。あんなに優しいA組なのに私の行動に慣れすぎてツッコミも心配もなくなっている。唯一私の顔を見た梅雨ちゃんだけはケロケロと笑いながら背中を撫でてくれた。え〜ん。別に心配されるようなことじゃないけどみんなが冷たい。
「轟くんが怖い……」
「俺なんかしたか」
「無意識がこわい……」
「いつもの磨さんですね!」
無事でよかった! と悪意のないピュアセレブによる笑顔が眩しい。ウッ、目が……! 私の邪心が殺されてしまう。
「あ、私二人目の通過者なの〜きいてきいて〜」
「磨……あんた切り替え早すぎるからみんな心配しないんだよ」
「まじ? 反省した」
イェイ、とピースをすると響香に指摘される。はぁん、そういうことね。完全に理解した。
「あ、第三陣だ」
「皆さんよくご無事で! 心配していましたわ」
「ヤオモモー! ゴブジよゴブジ! つーか早くね皆!?」
「俺たちもついさっきだ。轟と緩名が早かった」
障子くんの取ってきたケータリングをちょっとだけ摘んでいると、爆豪くん上鳴くん切島くん、緑谷くんお茶子ちゃん瀬呂くんが一気に控え室に来た。賑やかメンツ〜。残りの子達大丈夫かな。もうだいぶ枠が狭まってきてる。
わちゃわちゃする集団から、一人少しだけ距離を取った爆豪くんの隣に腰を下ろす。一瞥。アイマスクで隠れてるけど、眉間に皺が寄っている。なんかあったのかな。
「ぁンだよ、触んな」
「いーやっ」
グリグリと眉間の皺を押す。めっちゃ嫌そ〜。下唇突き出してるし。
「それ癖?」
「あ?」
「下唇突き出すの」
「……気にしたことねェわ」
むにむにと爆豪くんが自分の下唇を触った。無くて七癖ですな。
「……食べないの?」
「ほっとけ」
「そう言われると構い倒したくなる」
えいえい、と肩に頭を押し付けても、ケッ、と呟いてその後は反応がない。最近の爆豪くん、不機嫌とは違うんだけど、なんか、うん……そんな感じ。言語化ムズいなあ、と思いながら、ジッと何かを見つめている爆豪くんの横顔を斜め下から見る。少し背伸びをして、肩の上に顎を乗せた。爆豪くん、やっぱり静かだと整ってんな〜。色素が薄い。緑谷くんによるとお母さんにそっくりらしい。ちょっと見てみたい。
「おわ」
「視線がうぜェ」
何にも言われないのをいいことにガン見を続けていると、後ろから回された手に両目を覆われた。手袋越しの手のひら、甘い匂いがする。美味しそう。
「爆豪くんの手っていい匂いするよね」
「あァ? ……個性の影響だ」
「ニトロに似た汗だっけ」
本物のニトロを嗅いだことはないが、ニトロもこんな匂いするのかな。甘い。
「舐めたら怒る?」
「ぶん殴る」
「じゃ手離して」
「チッ」
舌打ちをして、目元を覆う手が外された。うえ、目の周りじんわりしてる。ホットアイマスクかっこ汗なんだけど。別に良いけど。
「ピザ食べる?」
「タバスコ」
「い〜やっ」
「うぜェ。さっさとよこせや」
お皿を引き寄せて、なんだかんだ手を伸ばした爆豪くんにタバスコを取ってくださいとお願いされたから、タバスコを大事に大事に抱え込んだ。最近イヤイヤ期かもしれない。幼児? パコン、と後頭部をはたかれたので舌打ちしながら渡した。感謝しろ。爆豪くんとか相澤先生とか、私の頭を打楽器だと勘違いしてない? この二人に脳細胞めちゃくちゃ破壊されてるもん。
「やだ酸っぱい匂いする、辛い」
爆豪くん、タバスコかける量異常。ちょっと韻踏んじゃった。隣の私にまでタバスコの匂いがしてきた。くっさ。タバスコくっさ。
「オラ」
「なに?」
「一口」
「え〜……」
タバスコがバカの量乗った食べかけピザを向けられる。まじでバカの量なんだけど。ちょっと悩んだけど、好奇心で一口、小さめにかぶりついた。
「ングッ、」
「ハッ、だっせ」
「んくっ、クッ、」
やっぱりめちゃくちゃ辛い。ハ? この後の試験に影響出るわ。ガチやばいときなんか喉クックッ鳴るよね。慌てて水を飲むけど、本当は水じゃない方がいいらしい。牛乳とか。
「ケホッ、爆豪くんやっぱ味覚死んでるじゃん」
「てめェが雑魚なんだわ」
べえ、と舌を出す。ヒリヒリする。暑くなってきた気がする。ゔぅ、と唸ると、爆豪くんが鼻で笑った。
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