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「大変ご心配をおかけしました」

 ははーっ、とソファに正座し、合掌して頭を下げる。背中は三奈の涙でびしょびしょだ。勲章である。

「まあ、何はともあれ無事でよかったよ」
「めちゃくちゃピンピンしてました。反省してます」
「連絡くらいしてよばかばか磨」
「スマホ、壊れちゃったんだよ〜ごめんね」

 決壊したように私の膝で泣きじゃくる三奈の頭を撫でる。くせっ毛がふわふわで手触りが良い。百が首に、透が胴に抱き着いてきている。身動きが取れないが、よっぽど不安にさせたみたいだし、甘んじて受けいれた。一種のハーレムみたいな図になってる。全員女だけど。

「連絡どころか既読も付かないし、今日来たら会えると思ってたのにいないし、先生はなんも教えてくんないし……」
「マジなー! 緩名よっぽど状態やばいのか辞めんのかって覚悟したもん」
「一人だけ入寮が遅れたのも何か事情があったんだろう?」

 プンプンする響香と上鳴くんを障子くんが宥めてくれる。が、障子くんも普段より少し……怒ってる? ような。 説明してくれるよな? っていう威圧感めいたものを感じる。

「障子くん怒ってる?」
「……怒ってはいない。が、心配した」
「ストレートだ」

 いつもよりちょっと子どもっぽくなってる。申し訳ないんだけどちょっとかわいい。

「今日はね〜ちょっくら病院に用事で」
「どっか悪いの!?」
「あっごめん大丈夫大丈夫。定期検診的なあれだから」

 ガバッ、と顔を上げた三奈に詰め寄られた。大丈夫です。そうだよね、爆豪くんは緑谷くん達が迎えに来たから様子分かるけど、私は全くだもんね。

「あとちょっとお見舞い。果物もらった」
「おまえが見舞われてたの?」
「や、私が持参したやつ」
「病人に集んなよ」
「みんなそれ言う! ちがうし!」
「これてめェのか」

 そう言えば果物、玄関に置きっぱだ。と思ったら、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた爆豪くんが持ってきた。ラッキー。

「ありがと〜」
「放置すんなカス」
「持って上がるのめんどかったんだもん」
「てかお見舞いの量じゃなくね?」
「高そう」
「費用はオールマイト持ちだからね」
「えっ!」

 ほぼ気絶していたオールマイトオタクが反応した。オールマイトが出費しただけで選んだの私だよ。提示された額がお見舞いのレベルじゃなさすぎてわりと困った。トップヒーロー、儲けてんなあ。

「おまえら、そろそろ緩名解放してやれよ」

 足震えてんぞ、と今まで静かだった轟くんが。ずっと同じ姿勢だとね、どうしてもね、痺れるよね。ソファの上とは言え正座だし。
 いそいそと名残惜しげにくっついていた子達が離れて、空いた隣に轟くんが座った。ジッと見つめられる。イケメンにそんな顔ガン見されると照れるんだけど。なんか変な雰囲気になってるせいで、みんな見守り体勢に入ってるし。
 轟くんの片腕が上がって、ゆっくりと私に伸びてくる。何をする気か、と固唾を飲んで見られている。指先が、ふに、と私の頬をつまんだ。

「……ふぁに?」

 そのままむにむにと揉まれる。揉まれている。めっちゃ揉まれる。轟くん、天然だからいまいち理解出来てないんだよね。謎人種。意図がよく分からない。

「前、緩名が言っただろ」
「ぁにを?」
「心配させたら、頬摘むって」

 ……? そんなこと言ったっけ。全く記憶にない。それよりもっと周りを気にしてほしい。さっきまで泣いていた三奈まで、女子勢は頬を染めて口元に手を当てて興奮している。イケメンがやるだけでなんでも様になっちゃうから。

「んなこといっらっけ」
「ステ、……職場体験の時、電話で」
「……ああ!」

 そういえば、学校で会ったら頬つねったるとか言った気がする。まさかの伏線回収なんだけど。抓ると言うより摘むだし。むしろ揉む。

「おまえ、忘れてたろ」
「うん」

 素直に頷くと、ム、と唇が尖った。なんだ、かわいいな。ひよこのくちばしみたいになってる。

「ごめんね」
「……楽しみにしてたから、すこし……」
「……寂しかった?」
「さみしい……そうだな、寂しかった」
「ギャー!!!」

 ふ、と納得したように笑みを零した轟くんに悲鳴が上がった。この悲鳴は私の悲鳴ではない。恋愛ドラマでも鑑賞するように私たちのやり取りを見ていた女子陣+上鳴くんによるものだ。うるさい。でもそのリアクションは分かる。

「轟アレで素なのがすげぇな」
「俺もあれやろっかな。モテると思う?」
「上鳴がやったら逆効果だな」
「瀬呂許さん」

 男子もひそひそと話している。内容は丸聞こえだ。轟くんの面が良くてかつ天然で下心がないからこそ許される行動だろう。にしても、寂しかったのか。そうか。

「お」

 轟くんの頬をむぎゅっと抓る。そのまま手を縦に動かした。

「たってたってよっこよっこまーるかいてちょんちょん」
「いてえ……なんだそれ」
「知らない?」
「あー子どもの頃やったよな」
「え俺も知らない」

 轟くんのほっぺ、柔らかいけどあんまり伸びないな。不思議そうな顔をしてる。昔やったよね。そんなに力は入れてないけど、つねられた自分の頬を、嬉しそうに轟くんが撫でた。マゾロキくんだ。ほわ、と和む雰囲気になったところで、後ろからぐいっと顔面を掴まれた。顔面て。輪郭の骨がミシミシ鳴ってる気がするんだけど。

「いたたた顔割れる」
「てめェら鬱陶しンだよベタベタとよォ……!」
「いたい! 小顔になる!」
「アァ!? 良かったじゃねェか感謝しろボケ!」
「これ以上小顔になったら消えてなくなっちゃう!」
「かっちゃん嫉妬か〜?」
「気色悪いこと言うな違ェわアホ面ァ!」

 こんなことするのはクラスに一人くらいしかいない。爆豪くんが私の顔面を掴んだまま轟くんにメンチ切っている。ヤンキーか。

「おい、離してやれ」
「命令すんな舐めプ野郎!」
「緩名が痛がってる」
「あぁ? てめェに指図される覚えはねえ」

 私を挟んでバチバチしないで。やだ、逆ハーレム? 顔面ミシミシ言ってるけど。普通ここは肩とか抱き寄せられるシーンじゃないの。上鳴くんと瀬呂くんが私の顔を見てゲラゲラ笑ってる。は? キレそう。ていうかガチで顔の形変わるって。

「ガウッ」
「って……なに噛んどんだ非常識女ァ!」
「大丈夫か緩名」
「えーん、顔変になってない? ミシミシ言ってた」
「大丈夫だ。かわいいぞ」
「ぅお……ん」
「轟アイツわざとやってんのか?」

 爆豪くんの指に噛み付くと、やっと手が離れていった。痛かった。轟くん、デレすぎて怖くなってきた。うそ、照れた。



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