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学校に着く頃には、もう日が傾く時間になっていた。夕方になっても暑い。高速に乗ったあたりから意識飛んでたから全然記憶ないや。
「あ、せんせ〜おまたせ〜」
「イレイザーおまたせ〜」
「……」
マイク先生と乙女チックウォークをしながら寮の外で待っていた相澤先生に近付くと、先生はマイク先生を見てチッ、と舌打ちしていた。この二人、学生時代から同期らしいし凄い仲良しだよね。そう言ったら前全身で拒否を滲ませられたけど。
「とりあえずご苦労だった。帰れ」
「ハイハイっと。ンじゃな緩名」
「ありがとーばいばいー」
おそらく教師寮の方へ去っていくマイク先生を見送って、先生の横に並んだ。おそらく爆豪くんもだろうけど、私の家にはずっと護衛のプロヒーローが付いていて、先生もたまに来てくれていたので久しぶりではない。行くぞ、と言う先生に着いていく。わあ、寮めっちゃデカ。すっごい綺麗。
「ねえねえジーニストに果物もらった」
「怪我人に集ってくんな」
「違うもん〜一人では食べきれないからみんなでお食べって」
数個だけ置いてきたけど、残り全部もらった。高級フルーツありがたい。
「一階は共同スペース、食堂や風呂洗濯はそこで。右が女子棟、左が男子棟だ」
「中庭で花火していい?」
「聞けよ」
「聞いてるよお〜。前も説明聞いたしだいたい知ってる」
「……ハア、荷物は部屋に運び込んでる。荷解きはまァ手伝ってもらえ。ベッドとか大きい家具はこっちで設置してある」
「はあい」
ガチャ、と扉を開けると、まずはロッカー。あ、スリッパ段ボールの中だ。今日サンダル履いてたから素足なんだけど。新築だしまあいいか。荷解きまじで面倒臭いから、前世では段ボールのまま長期間放置してたことが結構ある。段ボールもだいたい収納だしまあ許容範囲内でしょ。
「おまえの部屋は二階だ」
「せんせ荷解き手伝って」
「頑張れ」
「えーん振られたわ」
素足のままぺたぺたと廊下を歩く。エレベーター上がってすぐが私の部屋みたいだ。人数の関係で二階は私一人だけなんだって。寂しい。
先生はさっさと帰って行った。いろいろ忙しいだろうしね。ロックを解除し扉を開けると、ベッドとローテーブル、ソファ、ラグ、チェストは設置されていた。なんだ、だいたいオッケーじゃん。しばらく段ボール生活でも全然いい。とりあえず、制服と下着、当面の服の箱だけは開けといた。これ仕舞うの? やだ面倒臭い。服めちゃめちゃあるし。
「んー……探検しよ!」
新しいのスリッパをはいて、スマホだけ持って部屋を出る。っていっても共同スペースくらい? 靴のロッカーの所に果物も置いてきたし。重たかったから。皆ももう寮に入ってるはずだけど、全然姿見てないし誰かいないかな。
「おお、広い」
階段を降りて一階に。談話スペースだ。誰もいない。キッチンも広いしめちゃくちゃ使いやすそう。コンロいっぱいあるのいいな〜。共同生活だしね。マグカップとかここ置いとかないと。キッチンにも収納スペースあるし実家から自分用の食器持ってきとけばよかった。送ってもらおう。
奥にはランドリーとお風呂。もちろん男女別だ。チラッと覗いただけだけど、洗濯機がドラム式だった。まじ感謝。再び共有スペースに戻ってくると、誰かがエレベーターで降りてきた。わーい、第一村人だ。予想しよ、緑谷くん。
「あ、爆豪くんだ〜」
「……ハ?」
正解は、片腕に段ボールを抱えた爆豪くんだった。まあほぼ一緒。幼なじみだし。すごい、幽霊でも見たような顔してる。レアリティ高め。もう荷解き終わったのかな。
「……てめェ、生きてたんか」
「はあ? 喧嘩売られてる?」
私死んだ? 自分が死んだことに気付いていない幽霊が自我を持って暴れ回ってるみたいな存在だったっけ。私の返事に、爆豪くんがハア、と溜め息を吐いた。呆れ、とかそういうんじゃない。どっちかって言うと、安堵、かな。
「……あ! そっか、私連絡とかとれてないからか」
「気付くんおっせェ……」
「お」
近付いてきた爆豪くんが、ズン、と私の肩に身体をぶつけてきた。流行りの肩ズンだ。そのままポスリと肩に爆豪くんの頭が乗せられる。急なデレ。
「既読も付かねぇわ聞いても先生は「無事だ」としか言わねーし」
「それは先生が悪い」
責任転嫁しちゃえ。……先生も、私がヒーロー科に戻るか、まだ曖昧だったのかもしれないなあ。逃げ道を残してくれていたとも言う。うーん、これはみんなに心配かけたな。反省します。なんだかんだ、自分のことでいっぱいいっぱいだったせいで周りを見る余裕なかったんだなあ。
「ごめんね、合宿でスマホ壊れちゃって」
「……貸せ」
「あ」
見た目に反して意外にフワフワの髪を撫でる。これ次の、と真新しいスマホを見せると、爆豪くんが私のスマホを手に取った。頭を撫でていた片腕を取られて、勝手に指紋認証を解除される。縛った段ボールを端に下ろして、自分のスマホも取り出してなんかしてる。とりあえず友達追加してるのは確認出来た。まあ見られて困ることもないので好きにさせていると、不意にカメラを向けられる。カシャ、と一度鳴ったシャッター音。それからすぐ、ん、と突き返された。何したんだ。
「なにしたの?」
「知るか」
絶対知ってるじゃん。ロック変えられてたらどうしよ、と思ったらちゃんと解除出来た。爆豪くんはまとめた段ボールを再び持って、寮の外へと。ゴミ置き場に出しに行ったんだろう。私も一回部屋に帰ろうとしたら、にわかに上階が騒がしくなった。ドッタンバッタン大騒ぎ。
「緩名さん!!」
「おわーー、びっくりした」
ビュンッ! と緑谷くんが飛んできた。パチパチと弾ける緑の光。個性使ってまで急いできたのか。衝突しそうな勢いに少し後退ると、反射的、といった風に腕を掴まれた。逃げそうにでも見えたかな。実習以外での緑谷くんからのボディタッチ初めてなんだけど。爆豪くんがなにしたのか、だいたい察した。A組のグループにでも流したんだろう。スッピン他撮り外カメアプリなし写真を。鼻でかく映るからやめてほしい。
あの夜、あの場に私達を救出しに来たであろう緑谷くんが在籍してることに、ちょっと安心した。この状況下だから、そうそう除籍にすることはないだろうけど、確信ではなかったし。いろいろと言いたいことはあるけど、心配をかけたのはお互い様だ。泣きそうに見開かれた大きな瞳を、安心させようと頭に手を伸ばした。はずだった。
「磨ー!!!!」
「どふっ」
「ぅひゃあ!?」
背中から突進をくらい、構えていなかったこともあってそのまま目の前の緑谷くんに激突した。いろいろと痛い。緑谷くんの驚いた声が私よりかわいい。びびった。
「っぐ……三奈、」
「磨……磨……」
背中が濡れる。ぐすっ、と鼻を啜る音まで聞こえてきて、心配をかけすぎたことを痛いくらい実感した。もうひたすら反省しかない。
「磨ちゃん!」
「磨さん!」
「ぐふ」
ごめんね、と口を開こうとしたら、再び衝撃。透だろう。小走りで、他の女の子達も集まってきたのが聞こえる。心配かけて申し訳ない、すみません、抱き着かれるのは嬉しいんだけど皆後ろに連なっていくため、呼吸が苦しい。冗談抜きで死ぬって。
「緩名、……大丈夫か?」
「緩名さ……大丈夫?」
男の子達も続々降りてきた。皆お出迎えありがとう。助けて欲しい。あと目の前で女子が団子になってくっついているせいで、緑谷くんも死にそう。
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